グリーンブリーズ村の図書館(後編)
――なにそれ? 図書館から本を転移できるの!?
私がそわそわして見えたのか、セレスさんが奥を指さした。
「トイレならあっちだよ」
「え? あ……じゃあ、ちょっとお借りしていいですか?」
「ええよ。ゆっくり行っといで」
トイレに駆け込み、誰もいないのを確認してから、焦ってナビに問いただす。
「本を転移するってどういうこと? そんなことできるなんて初めて聞いたんだけど」
『質問されたことがありませんので』
「ぐぬぬ……じゃあ、〈ウサギとカメ〉を一冊、私のカバンに送ってちょうだい」
『了解です。貸出手続きを実行しますか?』
「あー……ううん。私の部屋にあるから、それを転移できる? 私物なら手続きしなくても問題ないよね?」
『ハイ。では、〈ウサギとカメ〉をアンの部屋から転移します』
すぐに、カバンが重くなった。
中を見ると、確かに〈ウサギとカメ〉の本が入っていた。
「すご……。ありがとう、ナビ」
私はセレスさんのところに戻り、修理する本を預かる代わりに〈ウサギとカメ〉を差し出した。
「あれまあ、こんな新しい本、預かっていいのかね」
「はい。どうせなら、預けているあいだ本棚に並べておいてください。文字が読める子がいたら喜ぶと思います」
「ああ……そうやね」
セレスさんは誰かの顔を思い浮かべたようだった。
預かった本をカバンに詰め、転移するところを見られないよう、帰るタイミングをうかがった。
――よし、今ならいけそうね。挨拶もせずにごめんなさい。
セレスさんが他の人の相手をしている隙に、そっと自分の図書館へ転移した。
***
ボロボロの本を見たララとルルは、今まで見たことがないくらい真剣な顔をしていた。
「これを全部修繕して欲しいんだけど……無理かな?」
「ムリジャナイ!」
「シューゼン スル!」
一頁、一頁、丁寧にめくりながら、慎重に魔法で修繕していく本の妖精たち。
絶対直すぞという意気込みを感じる。
どの本もかなり状態は悪かったけど、セレスさんがきちんと補修していたのが良かったのだろう。新品のようにとはいかないが、ちゃんと読めるようになった。
「セレスさんが見たら、きっとびっくりするわ! ララもルルも大変だったでしょう。きれいに修理してくれてありがとう」
「エヘヘ」
「ウヘヘ」
体をくねらせて喜ぶ妖精たちに、たっぷりとご褒美の魔力をあげた。
次の休館日。私は修繕し終わった本を持って、再びグリーンブリーズ村の図書館へ転移した。
***
激しく窓を叩く雨音がする。どうやら外は土砂降りのようだ。
薄暗いせいで、一瞬どこにいるかわからなかった。
「あ、ここトイレだ。そっか、他に隠れるとこないもんね」
トイレを出てセレスさんを探したが、一階にはいなかった。
「二階かな。……すみませーん。どなたかいますかー?」
階段の下から大きな声で尋ねると、セレスさんが上からひょこっと顔をのぞかせた。
「あれまあ、アンちゃんかい。こんなに雨が降っとるのに来たんね! ちょっと上がっておいで」
「はーい」
階段を上がると、セレスさんが眉を下げてこちらを見た。
「寒かったやろ。あんた、タオルタオル!」
「いえ、大丈夫です」
「そんな遠慮せんでも……?」
私が濡れていないのを見て、不思議そうな顔をするセレスさん。
何か聞かれるかと思ったけど、そのまま窓際の席に案内してくれた。
「今、うちのひとがワインを温めとるけね」
「ありがとうございます」
雨のせいか、少し寒かったので、おふたりの好意に甘えることにした。
窓の外には、雨粒でゆがんだ景色が見える。
こんな日は牛たちも牛舎で休んでいるのだろうか。
「そういえば、放牧をしていて魔物に襲われることはないんですか?」
「この辺は魔素が薄いけえ、今まで魔物が出たことないんよ」
「へえー」
「まあ、たまに害獣が出ることはあるけど、この村の住人ならそれくらいは仕留められるけえ」
「すごい。皆さんお強いんですね」
「冒険者や騎士団を引退して戻ってくるもんもおるから、この村では子どもん頃から戦い方は身につけとる」
「ええー、かっこいい」
「うちの旦那もクマ一頭くらいなら仕留められるけえ」
「本当ですか⁉」
(この細い体で?)
ダンさんと目が合うと、苦笑いが返ってきた。
「僕は弓を使わないと無理だけど、セレスは斧でいけるよ」
「斧っ!」
「がははは」
豪快に笑うセレスさん。ふたりとも素敵です。
「お待たせ」
「わあ、ありがとうございます」
テーブルにホットワインが置かれた。
てっきり赤だと思ってたのに、白ワインだった。
グラスの底に果物が沈んでいる。
「いただきます」
火傷しないように、そっと口をつけた。
「あ、リンゴだ……!」
立ちのぼる甘い香りが鼻をくすぐる。まろやかな味わいが口の中に広がり、喉の奥へ心地よく落ちていった。
「はあぁ……。体の芯から温まりそう……」
「中のリンゴも食べられますよ」
「じゃあ、最後の楽しみにとっておきます」
どうせ今日は誰も来ないだろうと、三人でチーズをつまみながらワインを飲んだ。
トマトとモッツァレラチーズのサラダも美味しくて、自然と頬がほころぶ。
「これも食べてみて。僕のおすすめ」
「これは……!」
とろとろに溶けたラクレットチーズをかけたベーコン。
じゅわっとしみ出た脂とチーズが絡まって……うーん、たまらん。苦手なはずのワインが驚くほど進む。
だんだん、頭がふわふわしてきた。
――あれ? 私、何しに来たんだっけ……。
「あ、そうだ! 忘れないうちに渡しておきますね」
修理した八冊の本をセレスさんに渡した。
「あれまあ、こんなにきれいにしてもらって……。ちょっと、あんたも見てごらんよ」
「ほお……たいしたもんやなあ」
「みんなが頑張ってくれたのれ」
セレスさんとダンさんが、なぜか顔を見合わせた。
「あれまあ……」
「ちょっと飲ませすぎたかな」
「だいじょぶれふ。いつもビールしか飲まないから、ちょっと酔ったみたいれふ」
「あんた、家まで送ってやってよ」
「そうだな。ところで、この子の家はどこなんだ?」
「さあ……」
なんだかふたりが困っているようなので、私は高らかに宣言した。
「わらしの家、図書館なのれ、すぐに帰れまふ」
「そんなこと言っても、外はすごい雨だよ?」
「へーきへーき。転移すれば、あっというまでふから」
***
記憶は定かではないが、こんなやり取りをしたあと、私はその場から姿を消したらしい。後でナビに聞いて、頭を抱えてしまった。
今まで記憶をなくしたことなんてなかったのに、まさかワインでこうなるとは……。
後日、お詫びのために図書館を訪れると、セレスさんもダンさんも笑って許してくれた。
「死ぬほどたまげたけどね。がははは」
「うう、本当にすみませんでした」
「これからは堂々と来ればええ」
「……はいぃ」
〈ウサギとカメ〉は読んでいる子がいるというので、そのまま寄贈した。
いつか私の寄贈した本で、ここの本棚の一角を埋めるのもいいかもしれない。
お読みいただき、ありがとうございました!
村のイメージはスイスのグリンデルワルト。山岳の谷間にある美しい村です。
(画像検索すると山ばかり出てきますが)
図書館のイメージは軽井沢にある「絵本の森美術館」。
少しでも観光気分を味わっていただけたなら嬉しいです♬
面白いと思われましたら、いくつでもいいので☆をお願いします!




