グリーンブリーズ村の図書館(前編)
そろそろ、またどこかの図書館に行きたいと思う、今日この頃。
ダイアナは結婚準備で忙しいから、恨まれ……もとい、拗ねられないような図書館を探そう。
以前、ひとりで図書館めぐりをしたのがダイアナにばれたとき、大変だったからなあ。ご機嫌を直してもらいたくて、一緒にジャポールに行ったっけ。あれはあれで、楽しかったからいいんだけど。
「あのときは有名な図書館だったから、今回は無名だけど素敵な図書館を探して欲しいの」とナビにお願いした。
『〝素敵〟の基準を明確にしてください』
「えーっと……国内にある小さな図書館で、景色がきれいなところがいいな。アルプス山脈みたいな、って言ってもわかんないか。高い山とか草原とか、とにかく壮大な景色が眺められたら最高なんだけど……さすがに、そんなところに図書館なんてないか」
『山岳地帯にあるザイガー山のふもと、グリーンブリーズ村に該当する図書館があります』
「え、あるの⁉ よく見つけたねえ。山のふもとの村かあ……。どんな本が置いてあるんだろう」
なんだか、わくわくしてきた。これはもう行くしかないよね。
いざ、グリーンブリーズ村へしゅっぱーつ!
***
こうして、いつものように図書館に転移すると、「あれまあ」と背後からハスキーな女性の声が聞こえた。
(見られちゃった?)
おそるおそる振り向くと、その人は豪快に笑った。
「いつ来たんね? うとうとしてたから、気がつかんでびっくりしたわ。がはは」
どうやら転移した瞬間は見ていないようだ。
背が高く、体格のいい女性で、花の刺繍をした白いエプロンをつけている。
「あ、すみません。黙って入ってしまって」
「いいのよう。ここはいつでも開いてるから、ゆっくり見てって」
「はい、ありがとうございます」
エプロンをした女性は入口の近くにある揺り椅子に座り直し、静かに本を読み始めた。
改めて、室内に視線をめぐらせると――
天井は六角形で、木の梁がいくつも渡っている。
部屋の真ん中に木でできた階段があり、その先にカフェにあるような椅子が見える。休憩所だろうか。
壁際には二段の低い棚がぐるりと置かれていて、そこに本が並んでいる。
「可愛い図書館だなあ……」
思わずつぶやくと、エプロンさんが「くふっ」と小さく笑うのが聞こえた。
本棚をのぞくと、この土地らしい題名が並んでいた。
『高山の動植物』『山歩きの極意』『食べられるキノコ』
かと思えば、哲学や心理学などの専門書があったりと、面白い品ぞろえだ。
「へえー」「ほおー」と、うなずきながら見ている私に、エプロンさんが教えてくれた。
「この図書館にあるのは、ぜんぶ領主様から譲り受けた本なんよ。山歩きが好きな方やから、よくここにも立ち寄られるの」
「ああ、それで……」
王都でも珍しい図書館が、なんで山のふもとにあるのかと思ったら、領主が本好きだったんだ。納得。
しばらく読書に集中していたら、いつのまにか人が増えていた。
皆、足元に大きな荷物を置いている。
あれ? もしかして……みんな旅行者?
そっか。図書館があっても、この村の人たちが読むとは限らない。ここを利用しているのは、村人ではなく旅行者なんだ。
やっぱり、この村も文字が読めない人が多いのかな。
村の様子が気になったので、いったん外に出ることにした。
エプロンさんに「また戻ってきます」と告げると、「行ってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれた。こういう挨拶って、嬉しいけどちょっと気恥ずかしい。
ドアを開けると、
緑の甘い匂いが風に乗って流れてきた。
「わあ……!」
目の前には、牧歌的な風景が広がっていた。
なだらかな牧草地に点在する家々。
その後ろにそびえる、巨大な壁のようなザイガー山。
反対側にも山脈がどっしりと連なっているが、広々とした斜面のおかげか、閉塞感はなく明るい。
ユリに似た黄色い花や、たんぽぽの綿毛のような白い花を眺めながら歩いていると――
カラン、カラン……コロン……。
どこからか、カウベルの音が聞こえてきた。
青く高い空の下、たくさんの牛がカウベルの音を響かせながら、のんびりと移動していく。
私が思い描いていた通りの景色に、じわじわと感動がこみ上げてきた。
「ナビ、ありがとう……」
図書館の外にいるから聞こえないとわかっているのに、無性にお礼を言いたくなった。
景色を十分に楽しんでから図書館に戻ると、「おかえりなさい」とエプロンさんが出迎えてくれた。
「……ただいま」
少し照れながら返事をすると、
「のど、渇いたやろ。二階でなんか飲んでけば? うちのひとが趣味でやってるようなもんやけどな。がはは」
豪快に笑って、背中を押された。
「はは……じゃあ、一杯いただいてきます」
踏み板だけが並んだ木の階段を上がると、「いらっしゃい」とほっそりとした男性が出迎えてくれた。この人が旦那さんかな。
窓際の席に座ると、すぐにメニューとお水がテーブルに置かれた。
喉が渇いていた私は、グラスの水を一気に飲み干した。
「はあー……冷たくて美味しい」
山の湧き水なのかな。いつも飲んでいる水とはなんか違う。
少し期待しながら、メニューに目を通した。
地元のミルクも気になるけど、知らない果実のジュースも飲んでみたいな。おかわりすればいいか。
「この、〈季節限定ドノベリジュース〉をください」
「はい。読みたい本があれば、ここで読んでもええですよ」
「え、いいんですか?」
「こぼさないように気をつけてくれればええです」
まさか、この世界の図書館でこんなことを言われるとは。
嬉しくなって、すぐに本を取りに行った。
「何を読もうかなあ……あ、これにしよう」
さっき見た花の名前が知りたかったので、『高山の植物図鑑』を手に階段を上がった。
テーブルに戻ると、すでに飲み物が置かれていた。
グラスの中は毒々しいほど赤い。
ひと口飲むと、濃くて甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がった。
「ふわあ、美味しい……!」
思わずご主人を見ると、嬉しそうに微笑んでいる。
その笑顔が奥さんによく似ていて、仲のいい夫婦なんだろうなと思った。
飲むたびに、体が元気になっていく気がする。さすが、高地でのみ取れるというドノベリの果実ジュース。
あっという間に飲み終わったので、ミルクも頼んだ。
うん、これも当たり!
まろやかな口あたりで、甘みとコクがある。
ついでにミルクプリンにも手を伸ばし、時間をかけて味わった。
牧歌的な景色を眺めながら、美味しいものを飲んだり食べたり。
「はあ、最高……帰りたくなくなっちゃう」
図鑑も読み終わり、満足して一階に下りると、エプロンさんが本を修理していた。
そういえば、破れたり汚れたりしている本が結構あったわね。古いものばかりだから、修理が追い付かないのかしら。
私の視線を感じたのか、エプロンさんが顔を上げた。
「ここはボロボロの本が多いやろ? 専門的な知識がないんで、こうやって適当に修理することしかできんのよ。この本も、そろそろ寿命やろなあ……」
彼女は手元にある本を残念そうに見つめた。
「あの、私が本を預かって、修理してみましょうか?」
「へ? あんたがやるのかい?」
「えっと、私じゃなくて、修理の専門家がいるので……実は私、図書館の館長をしてまして」
「あれまあ、そうだったのかい」
私たちはそこで初めて名乗り合った。
エプロンさんの名前はセレスさん、ご主人の名前はダンさん。ふたりともこの村の住人で、図書館ができた二十年ほど前から管理を任されているそうだ。
互いに簡単な自己紹介を終えてから、話を続けた。
「さっきの話ですが、うちには本を修繕する専門家がいるので、よければ任せていただけませんか?」
「そりゃあ、ありがたいけど……あまり予算がなくてねえ」
「お金はいりません。私は本が捨てられるのが嫌なので、その……自己満足みたいなものですから」
「がはは、面白いこと言うねぇ。……だったら、お願いしようかな。他にも何冊か頼んでええかい?」
「もちろんです! あ、でも、全部ちゃんと修理できるかは……」
「それは気にせんでええ。もう、本棚にも並べられんようなボロボロやし。プロにも修理できんのやったら、諦めもつくわ」
「わかりました」
返事をしてから、はたと気づいた。
私、身元を証明できるものを何も持ってない!
どうしよう……知らない人に大事な本を預けるなんて不安だよね。
「代わりに渡せる本があればよかったのに」
そうつぶやいた瞬間、ナビが思いもよらぬ提案をした。
『図書館から本を転移しますか?』




