エル・アテナの店主と妖精(後編)
ジョスランさんを特別室に案内したあと、私は通常の業務に戻った。
ひとりにしてあげたほうが、ゆっくり読めるだろう。自分もそうだから、その気持ちはよくわかる。
妖精たちの姿も見えないから、たぶんみんなで特別室にこもってるんだろう。
知らない人があの部屋に入ったら、たくさんの本が宙に浮いたり、勝手にページがめくれたりするのを見て、驚くだろうな。
想像したら、自然と笑いがこみ上げてきた。
閉館後、私はジョスランさんを連れてラピスラズリに向かった。
「ハリー、レオン。こちらがエル・アテナの店主のジョスランさんよ」
「閉店後にすみません。今日はこちらに泊めていただけるそうで、助かります」
「お気になさらず。その代わりと言ってはなんですが、舞台上にあるというカフェの話を聞かせてください」
「もちろんです。興味を持ってくれて嬉しいです」
*
ジョスランさんの手紙には、泊まれる宿を紹介して欲しいと書かれていた。
けれど、この近くにホテルはない。考えた末に、ラピスラズリの空き部屋を利用することを思いついた。
ハリーに話すと最初は戸惑っていたが、ジョスランさんの本屋にあるカフェのことを聞くと、目の色が変わった。
「舞台の上にカフェが⁉ はー、すごい発想ですね……話を聞いてみたいな」
「ジョスランさんは話好きだから、聞けば色々と教えてくれると思うよ。戯曲の題名から取った料理なんかもあったし」
「え、どんな料理ですか⁉」
「よく覚えてないから、ジョスランさんに聞いてみて。部屋の準備は私がするから、ハリーたちは夕食と朝食をお願いね」
「わかりました。レオンには俺から話しておきますね」
ハリーの許可を得たあと、ラピスラズリの空き部屋にインベントリから家具を運び込み、ベッドメイクも済ませておいた。
*
高い材料を使っていいから、ご馳走を用意してねとハリーに頼んでおいたので、テーブルの上には高級そうな料理がずらりと並んでいる。
……うん。いくらになるか考えるのはやめておこう。
「うわ……このお肉、噛むと旨みが溢れてくる。焼き加減も最高ですね」
「この野菜サラダ、瑞々しくてすごく食感がいい。専用の畑でもあるんですか?」
「なんですか、このチョコレートケーキは! 濃厚なのに甘さ控えめで美味しい……うちのカフェでも出したいなあ」
出てくる料理すべてを褒めちぎるジョスランさんに、ハリーの口元が緩み、レオンはニマニマしていた。
食後のコーヒーを味わい終えてから、私は席を立った。
「そろそろ失礼しますね。ジョスランさんは、どうぞごゆっくり。ハリー、あとはお願いね」
「わかりました」
「アンさん、今日は色々とありがとうございました」
ジョスランさんも立ち上がって、丁寧にお礼を言ってくれた。
「どういたしまして。明日は休館日なので、遠慮なく読書を楽しんでください」
「はい! 朝一番にお伺いします」
フィリップは夜遅くにジョスランさんのところへ戻ったみたい。
ララとルルも久しぶりにフィリップに会えてご機嫌だし、明日もいい日になりそうね。
***
翌朝、開館時間に合わせて、ジョスランさんがやってきた。もちろん、フィリップも一緒だ。
私が帰ったあと、ジョスランさんはしばらくハリーたちと話をしていたらしい。カフェや食べ物の話で盛り上がったと嬉しそうに教えてくれた。
今日はもう案内はいらないだろうと、ジョスランさんに図書目録を渡して、自由に過ごしてもらった。私も妖精たちも好き勝手に本を読んで過ごし、ランチには日本食を作って、受付奥の部屋で一緒に食べた。
「うわ……このコカトリス肉、柔らかくて、すごくジューシーですね。淡泊な白身魚も、こんな複雑な味になるなんて……どちらもすごく美味しいです!」
味噌漬けの魚、コカトリス肉の塩こうじ漬けなど、エメラルド王国にはない味付けに驚いていた。
食後に紅茶を飲みながら、ジョスランさんはほっとしたように微笑んだ。
「とても楽しい二日間でした。ここに来て本当によかったです。最近、エル・アテナで問題が起きていたもので、ずっと憂鬱な気分だったんです」
「問題って、何があったんですか?」
「……実は、店内の本が立て続けに盗まれているのです」
「ええ……ひどい。営業中にですか?」
「そうなんです。こちらも気をつけてはいるのですが、店内すべてに目が行き届くわけではないので……。気づくと、高価な本がいつのまにか消えている。ほぼ毎日のように……」
ジョスランさんは、次第にうなだれていった。
「もう……いい加減、嫌になってきました。このままでは、うちは潰れてしまいます。いったい、どうすればいいのか……」
ジョスランさんは頭を抱え、ソファに力なく身体を沈ませた。
なんてお気の毒な……本泥棒、許すまじ。
あの素敵な店が潰れるなんて、あってはならないことだ。どうにかして捕まえないと。
「エル・アテナはバリアを張ってないんですか?」
「バリア……?」
「ええ、悪人が入れないように」
「それは無理です。そんな高等魔法を頼んだら、破産してしまいますよ」
「え? あ、ああ、そうですよね……」
前にアルベールさんもそんなこと言ってたっけ。すっかり忘れてた。だったら、本が戻るように回帰魔法をかけるのも、きっと無理よね。
前世でも万引きは後を絶たなかったから、店のほうも防犯カメラや万引きGメンなどの対策を講じていた。
万引きのせいで本屋が潰れたという話を聞くたびに、怒りが湧いたものだ。
ジョスランさんの言う通り、あの広い店内すべてに目を光らせるのは難しいだろう。なんとかして店を出る前に捕まえられないかな……そうだ! 出口で荷物チェックをすれば――いや、駄目だ。あの店の客はほとんどが貴族だから、下手に刺激したら大変なことになる。
そういえば、図書館でも手続きしていない本を持って出ると――。
「ゲート……! 出入口にゲートを設置すればいいんだ! ジョスランさん、エル・アテナの出入口は一か所ですよね⁉」
ジョスランさんは、はっと顔を上げた。
「は、はい。従業員用の出入口はありますが、お客様が通るのは正面の出入口だけです」
「だったら、そこにだけ設置しましょう。専用のゲートで未精算の本の持ち出しを探知して、本泥棒を捕まえればいいんです」
「なるほど……。確かに店内で犯人を見つけるより、ずっと効率的ですが……どうやって探知するのですか?」
「私も詳しくはないのですが、本に電波……いや、電気のエネルギー? 電気魔法ってあるのかしら……。とにかく、そういう特殊な魔法か、砂鉄のような金属片を埋め込んだタグを本につけておいて、会計時にそれを消すんです」
「そうか……会計していない本は、ゲートを通ったときに魔力や磁気に反応するから、探知できるんですね」
「そうです! その際、警告音が鳴るようにしておけば――」
「現行犯で本泥棒を捕まえられる!」
ジョスランさんの興奮した声がかぶさる。
「凄い……! アンさん、それは凄いアイデアですよ!」
「まあ、実際に作れるかどうかわかりませんけど……」
「僕も魔法のことはよくわかりませんが、知り合いに魔道具士がいるので、帰ったら相談してみます」
「これからも私で役に立てそうなことがあれば、なんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます。アンさんのおかげで、前向きに頑張れそうです」
その目には、絶対店を守るという強い決意が見えた。
***
その後、ジョスランさんは知り合いの魔道具士と一緒にタグとゲートの開発に取り掛かった。
反応が悪かったり、タグが剥がれたり、想定していたより大きな警報音が鳴り響いてクレームがきたり――。
試行錯誤を繰り返し、ようやく『盗難防止ゲート』が完成した頃には、エル・アテナから本泥棒の姿は消えていた。
『盗難防止ゲート』は、本泥棒に悩む書店や図書館から注文が殺到した。
ちょっとアイデアを出しただけなのに、気づけば私にも特許料のようなものが入ることになっていた。
いりませんと言ったのだが、ジョスランさんと魔道具士さん、二人がかりで説得されてしまった。
その代わり、今後も相談には無料で応じることを約束したので、彼らとは長い付き合いになりそうだ。
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