エル・アテナの店主と妖精(前編)
「エル・アテナ」は王都にある元劇場の書店。本の妖精フィリップは店主ジョスランの契約妖精です。(四話前の「エル・アテナ」参照)
エル・アテナの店主ジョスランさんとは、あれから何度か手紙のやり取りをしている。内容はたいてい、本のことか、お互いの妖精のことだ。
本屋の店主と図書館の館長という似たような立場。おまけにジョスランさんも私も本の妖精と契約しているので、書くことはつきない。
ところが――ここのところ、彼からの手紙が途絶えている。
あんな大きな書店を経営しているのだ。忙しくて手紙を書く時間もないんだろう。わかってはいるが、何かあったんじゃないかと気になってしまう。
心配なので、思い切って手紙に書いてみた。
『よかったら、図書館に遊びに来ませんか?』
あまり期待せずに待っていたら、なんと泊りがけで来るという返事が来た。
「ララ、ルル、フィリップが遊びに来るって!」
思わず声を上げると、本の妖精たちがピュッと飛んできた。
「フィリップ クル?」
「イツクル?」
「えーっと、あと三回寝たら来るよ」
「サンカイ!」
「サンカイ!」
「ふふ、楽しみだね! 私がジョスランさんを案内するから、ララとルルはフィリップのことよろしくね」
「イイヨー」
「イイヨー」
そうして三日後、ジョスランさんとフィリップが図書館に現れた。
メガネがよく似合う穏やかな雰囲気の男性のそばで、薄いピンクの羽の妖精が目を輝かせてこっちを見ている。
「お久しぶりです、アンさん」
「いらっしゃいませ、ジョスランさん。フィリップもようこそ。会えて嬉しいわ」
「ボクモ ウレシイヨ」
「コッチー」
「コッチコッチー」
ララとルルが、さっそくフィリップを図書室へ連れて行った。
「あの子たちも心待ちにしてたんですよ」
「フィリップもです。もちろん、僕も楽しみにしていました」
ジョスランさんはにこやかに笑っているが、少し頬がこけ、目の下には濃い隈が見えた。
「じゃあ、館内を案内しますね。エル・アテナに比べたら規模は小さいですけど、本が好きな方には楽しんでいただけると思います」
「入口も凄かったですもんね。あんなドア初めて見ましたよ。くー、ワクワクするなあ」
その期待に満ちた顔を見て、なんとしても楽しんでもらおうと決意した。
「一階には大人向けの本が置いてある〈図書室〉と〈祈りの部屋〉があります」
「祈りの部屋?」
「あ、ここです」
ちょうど〈祈りの部屋〉の前にいたので、軽く説明した。
「この部屋に本は置いてないんですよ。フレイア様の像を飾ってある祈祷室のような部屋なので、興味があるなら後で案内します」
もし具合が悪いのなら、少しは効果があるだろうし。
「そうですね……。気にはなりますが、先に本のある部屋からお願いします」
「わかりました」
私は館内の説明を続けた。
「二階には、子ども向けの本が置いてある〈こどもの部屋〉と、読み書きや計算を教える〈教室〉があります」
「手紙にも書かれていましたね。図書館に子どもが入れるだけでも珍しいのに、教室まであるというので驚きました。うちも少しずつですが、子ども向けの本を置くようになったので、参考にさせてください」
「では、まず二階から案内しますね。ただ、少しにぎやかなので……」
階段を上りながら、さりげなく心づもりを伝えておく。普通の図書館に慣れている人は、うるさく感じるかもしれない。
「にぎやかな図書館なんて初めてです」
ジョスランさんは声を弾ませる。なんだか面白がってるみたい。
〈こどもの部屋〉には十人くらいの子どもたちがいた。皆、思い思いの場所で本を読んでいる。
「ダイアナ、ちょっといい?」
「はい、大丈夫です」
声をかけると、ダイアナが受付カウンターから出てきた。
「彼がエル・アテナの店長のジョスランさんよ」
「こんにちは。こどもの部屋の担当をしているダイアナと申します」
「こんにちは、ダイアナさん。お邪魔でしょうが、少し見学させてください」
「全然大丈夫ですよ。どうぞごゆっくり」
「ここが、子どもの部屋ですかあ……」
ジョスランさんは興味深げに部屋を見渡し、何かを見てはっとした。
「あの本は……!」
彼はマガジンラック型の本棚に駆け寄り、楽器のイラストが表紙の本を手に取った。
「もしかして、これが音の出る本ですか⁉」
目を見開いて、本を私に突き出した。
うなずくと、ぱあっと表情が明るくなった。
「嬉しいなあ。ずっと読みたいと思ってたんですよ」
表紙をじっと見つめてから、大事そうにページをめくるジョスランさん。本当に本が好きなのが伝わってくる。
この人をインベントリに連れて行ってあげたら喜ぶだろうな。まあ、よその店の店主と契約するわけにはいかないけど。
「わ! 鳴った! 音が鳴りましたよ、アンさん!」
「ふふ、そうですね」
子どものようにはしゃいでいるのを見て、つい笑みがこぼれる。
そんなジョスランさんが気になったのか、小学校高学年くらいの女の子がふたり、近づいてきた。
「すごいでしょ。こっちに違うのもあるよ」
「これは花。こっちは動物だよ」
「おお、本当だ。教えてくれてありがとう」
彼がにこにこと礼を言うと、女の子たちは満足げにうなずき、離れていった。必要なことは教えるけど、読書の邪魔はしない。なかなかしっかりした子たちだ。
「こんな本、初めて見ました。いったい、どんな仕掛けなんだろ……気になるなあ」
ちらちらと私を見るジョスランさん。
「ふふ、それは秘密ですよー」
「わかってます。これはこの図書館にしかないんですよね。はあ……でも、いつかは本屋でも販売できるようにしてください。僕はこの本をエル・アテナで売りたいです」
私は答えを返さず、曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。
音の出る本はナビの能力を借りているから、これを販売するのは不可能だ。
だけど、似たようなしくみの魔道具を開発するのは、そう難しいことではないような気がする。
そう考えて、『コナイサンス出版』のゾシメ氏には、レコードのしくみ――溝に音を刻んで再生すること――を教えてあげた。
何かヒントをくださいって、しつこかったしね。
ヒントだけでも喜んでいたから、いつか開発してくれるんじゃないかとひそかに期待している。
いくつかの音の出る本を楽しんだ後、ジョスランさんが見学をしたいというので、教室のドアをノックした。
「パトリックさん、見学の方がいらしてるので、少しだけいいですか?」
「わかりました、ご自由にどうぞ」
先生も生徒も動じることなく授業を続けた。パトリックさんの言葉に真剣な顔でうなずき、わからないところは積極的に質問している。
見学を終えたあと、ジョスランさんが「感心しました」と褒めてくれた。
「とても集中して授業を受けていましたね。それに、教え方が上手なので驚きました」
「一時期、教会の人たちがよく見学に来ていたので、慣れたみたいです。あと、パトリック先生は元教授なので」
「なるほど」
私たちは階段を下りて図書室に向かった。
「そうだ。もし珍しい本を見つけても、できるだけ声を抑えてくださいね。二階と違って、ここは大人の利用者ばかりですから」
「アンさん、僕は本屋の店主ですよ。図書館で大声なんて出すわけないじゃないですか」
ジョスランさんは少しむっとした声で言う。
(だといいけど……)
図書室に入るとジョスランさんの目が鋭くなった。
そっか。本好きであると同時に、この人は商人なんだ。ただの本好きと同じように考えたのは失礼だったわ。
ジョスランさんは本の特集コーナーに目を留めた。
今は〈ネコが出てくるお話〉特集で、ジャンルは多岐にわたっている。
「これは面白い……」
静かにつぶやき、しばらく興味深げに見つめていた。
図書室を一周するあいだも、「……っ」「う……!」と必死に声を抑えているのがわかった。
最後に特別室に案内すると、ジョスランさんは目を見開いたまま固まっていた。
「な、な……っ!」
声を抑えて身悶えしている。
「あの……今なら誰もいませんし、少しくらい喋っても大丈夫ですよ」
「そ……それはありがたいです。ちょっと、いや、かなり想像を超える本を目にして、叫びたい気分でした」
ジョスランさんは、大きく息を吐いた。
「いやあ……凄いですね。よくぞここまで集めたというか……特にこの部屋! 王立図書館でも見たことのない本が、これほどあるとは……。本当に驚きました」
エル・アテナの店主に、ここまで言われるなんて……!
やっぱりこの図書館は凄いんだと、誇らしさがこみ上げた。




