↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
60/67

大聖堂の子ども教室(後編)

「シリル神官、あの父親はいつもああなんですか?」

 つい、問い詰めるような口調になった。


「いえ、いつもは穏やかな方なのですが、三か月くらい前からあのような状態で……しかも、酔っていたときの記憶がないので、こちらとしてもどう対応するべきか悩んでいます」


「それはたちが悪いですね。本人は覚えてなくても、言われたほうは忘れませんから。頑張ってるのにあんなこと言われて、あの子は傷ついてるに違いありません……まさか、暴力を振るったりしていませんよね?」


「母親に話を聞く限り、そういったことはないようです」


「よかった……。でも、安心はできませんね」


「ええ、あれだけ酔っていれば、理性が働かなくなることもあるでしょう。コレットさんは勉強熱心な子なので、父親に止められてもここへ通うのをやめないと言っていますし……」


「困りましたね……」

 

 この世界にアルコール依存症のリハビリ施設なんてないだろうな。あったとしても、庶民が払えるような金額じゃないはず。


 私は礼拝堂で正式にお祈りをしてから、フレイア様に聞いた。


「フレイア様、コレットちゃんのお父様のこと、何とかならないでしょうか?」


 ……返事がない。


「コレットちゃんのような勉強熱心な子が、授業を受けられないなんてかわいそうです。どうか、父親のアルコール依存症を治していただけませんか? お願いします!」 


 ――神がひとりの人間に介入するのは、禁じられているのですよ。


 大聖堂に澄んだ声が響き、まぶしい光の中からフレイア様が姿を現した。


「フレイア様! やっぱり聞いてたんですね」


「アンの問いかけを無視するわけにはいきませんから」


「あの、さっき言ってたことって、本当なんですか?」


「ええ、事実ですよ」


「でも、私はずいぶんフレイア様に助けてもらってますよね?」


「あなたが特別な存在なのはわかっているでしょう」


「それは……でも、このままだとコレットちゃんが……」


 私がしゅんとしていると、フレイア様がため息をついた。


「アルコール依存症はただの病気と違います。いったん良くなったとしても、原因を取り除かなければ解決しませんよ」


「わかっています。ただ、彼の場合、まだ重度の依存症ではないようですし……たとえばですけど、お酒がまずく感じられるようにできませんか?」


「まずく?」


「ええ。急に断酒するのは危険だと聞いたことがあります。吐き気がするくらいまずければ、飲む量は減りますよね」


「それはそうでしょうけど」


「お願いします、フレイア様!」


「はあ……わかりました。きっかけを与えるくらいならいいでしょう。ちょっと面白そうですし」


「ええー……」


「では、徐々に酒がまずくなるようにして、酔ったときの快感を減らしてみましょう」


「ありがとうございます。よろしくお願いします!」


 ***


 数週間後、再びターコイズ大聖堂を訪れると、シリル神官が上機嫌で迎えてくれた。


「アンさん、何かなさいましたね?」

「……ナンノコトデショウ」

 思わず棒読みになる。

「隠さなくてもいいですよ。コレットさんの父親のこと、フレイア様に頼んでくれたのでしょう? ありがとうございました」


 どうやら、フレイア様の作戦が功を奏したらしい。

 シリル神官は、あれからどうなったのか詳しく教えてくれた。


 コレットちゃんのお父さんは、だんだん酒をまずいと感じるようになり、飲むと吐き気までするようになった。

 それでも無理して飲んでいたらしいが――ふと「どうして俺は金を払ってこんなまずいものを飲んでいるんだ」と我に返ったらしい。


 酒を飲むのをやめたお父さんは、「上司から嫌がらせを受けるのが辛くて、酒に逃げてたんだ」と妻に正直に打ち明けた。


「そんなに嫌なら辞めてもいいけど、辞める前にもっと偉い人に訴えるべきよ。じゃないと、また誰かがあなたと同じ目に合うわ」

 

 妻の助言を受け、お父さんは勇気を出して告発した。


 上層部が聞き取り調査をした結果、その上司のせいで何人もの女性が辞めていたこと発覚した。そもそも、お父さんが嫌がらせを受けるようになったきっかけも、上司が部下の女性にしつこく言い寄るのをとがめたせいだった。

 パワハラ上司は、すでにクビになったという。

 

「もとの優しいお父さんに戻ったと、コレットさんは喜んでいます」


「これからは思う存分、勉強ができますね」


「そうそう、お父さんの味覚も元に戻ったようですよ。もちろん、前のように無茶な飲み方はしていないそうですが……不思議ですねえ」


 意味ありげに視線を寄こすシリル神官。

 そっと目をそらすと、姿勢を正して授業を聞くコレットちゃんの横顔が見えた。


 


 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。