大聖堂の子ども教室(後編)
「シリル神官、あの父親はいつもああなんですか?」
つい、問い詰めるような口調になった。
「いえ、いつもは穏やかな方なのですが、三か月くらい前からあのような状態で……しかも、酔っていたときの記憶がないので、こちらとしてもどう対応するべきか悩んでいます」
「それは質が悪いですね。本人は覚えてなくても、言われたほうは忘れませんから。頑張ってるのにあんなこと言われて、あの子は傷ついてるに違いありません……まさか、暴力を振るったりしていませんよね?」
「母親に話を聞く限り、そういったことはないようです」
「よかった……。でも、安心はできませんね」
「ええ、あれだけ酔っていれば、理性が働かなくなることもあるでしょう。コレットさんは勉強熱心な子なので、父親に止められてもここへ通うのをやめないと言っていますし……」
「困りましたね……」
この世界にアルコール依存症のリハビリ施設なんてないだろうな。あったとしても、庶民が払えるような金額じゃないはず。
私は礼拝堂で正式にお祈りをしてから、フレイア様に聞いた。
「フレイア様、コレットちゃんのお父様のこと、何とかならないでしょうか?」
……返事がない。
「コレットちゃんのような勉強熱心な子が、授業を受けられないなんてかわいそうです。どうか、父親のアルコール依存症を治していただけませんか? お願いします!」
――神がひとりの人間に介入するのは、禁じられているのですよ。
大聖堂に澄んだ声が響き、まぶしい光の中からフレイア様が姿を現した。
「フレイア様! やっぱり聞いてたんですね」
「アンの問いかけを無視するわけにはいきませんから」
「あの、さっき言ってたことって、本当なんですか?」
「ええ、事実ですよ」
「でも、私はずいぶんフレイア様に助けてもらってますよね?」
「あなたが特別な存在なのはわかっているでしょう」
「それは……でも、このままだとコレットちゃんが……」
私がしゅんとしていると、フレイア様がため息をついた。
「アルコール依存症はただの病気と違います。いったん良くなったとしても、原因を取り除かなければ解決しませんよ」
「わかっています。ただ、彼の場合、まだ重度の依存症ではないようですし……たとえばですけど、お酒がまずく感じられるようにできませんか?」
「まずく?」
「ええ。急に断酒するのは危険だと聞いたことがあります。吐き気がするくらいまずければ、飲む量は減りますよね」
「それはそうでしょうけど」
「お願いします、フレイア様!」
「はあ……わかりました。きっかけを与えるくらいならいいでしょう。ちょっと面白そうですし」
「ええー……」
「では、徐々に酒がまずくなるようにして、酔ったときの快感を減らしてみましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
***
数週間後、再びターコイズ大聖堂を訪れると、シリル神官が上機嫌で迎えてくれた。
「アンさん、何かなさいましたね?」
「……ナンノコトデショウ」
思わず棒読みになる。
「隠さなくてもいいですよ。コレットさんの父親のこと、フレイア様に頼んでくれたのでしょう? ありがとうございました」
どうやら、フレイア様の作戦が功を奏したらしい。
シリル神官は、あれからどうなったのか詳しく教えてくれた。
コレットちゃんのお父さんは、だんだん酒をまずいと感じるようになり、飲むと吐き気までするようになった。
それでも無理して飲んでいたらしいが――ふと「どうして俺は金を払ってこんなまずいものを飲んでいるんだ」と我に返ったらしい。
酒を飲むのをやめたお父さんは、「上司から嫌がらせを受けるのが辛くて、酒に逃げてたんだ」と妻に正直に打ち明けた。
「そんなに嫌なら辞めてもいいけど、辞める前にもっと偉い人に訴えるべきよ。じゃないと、また誰かがあなたと同じ目に合うわ」
妻の助言を受け、お父さんは勇気を出して告発した。
上層部が聞き取り調査をした結果、その上司のせいで何人もの女性が辞めていたこと発覚した。そもそも、お父さんが嫌がらせを受けるようになったきっかけも、上司が部下の女性にしつこく言い寄るのをとがめたせいだった。
パワハラ上司は、すでにクビになったという。
「もとの優しいお父さんに戻ったと、コレットさんは喜んでいます」
「これからは思う存分、勉強ができますね」
「そうそう、お父さんの味覚も元に戻ったようですよ。もちろん、前のように無茶な飲み方はしていないそうですが……不思議ですねえ」
意味ありげに視線を寄こすシリル神官。
そっと目をそらすと、姿勢を正して授業を聞くコレットちゃんの横顔が見えた。




