雪に閉ざされた図書館で
ぶるっと身体が震え、いつもより早く目が覚めた。
「さむっ……なんでこんなに寒いの?」
館内は二十四時間過ごしやすい温度に保たれているはずなのに。
パジャマの上にカーディガンを羽織り、カーテンを開けると――
外は一面の銀世界に変わっていた。今も家々の屋根にこんこんと雪が降り積もっている。
「まさか一晩でこんなになるなんて……ナビ、もう少し温度を上げられる?」
『了解しました。設定温度を二度上げます』
「よかった、自由に変えられるのね。ああ、さむ……とりあえず何か飲んで身体を温めよう」
冷蔵庫にあった牛乳をレンジで熱々にし、ハチミツをたっぷり入れてかき混ぜた。私の冬の定番だ。
「はあ、あったまるぅ」
窓の向こうに降る雪を見ていると、こたつで鍋を囲んでいた記憶が蘇る。
寄せ鍋、海鮮鍋、ちゃんこ鍋……どれ美味しかったなあ。今晩は鍋にしようかな。しめにご飯を入れて、余すところなく食べたい。
朝食を終えて一階に転移すると、ダイアナが自動ドアのガラス越しに外を見ていた。
「おはよう。凄い雪ね」
「おはようございます。朝起きてびっくりしました」
「門からここまでの道も雪に埋もれちゃってるわね……雪かきしないと駄目かしら」
「ゆ、雪かきですか? わたし、やったことないんですけど」
「私もよ」
「どうしましょう。私達だけでやれますかね? あ、雪かきするなら、シャベルか何か必要ですよね」
「シャベルなんてあったかなあ……」
たとえあったとしても、この大量の雪をどう動かせばいいのかわからない。素人の手に負える量じゃないことは確かだ。
「うーん……テラに訊いてみようか?」
「そっか。土の妖精さんですし、テラくんならなんとかしてくれるかもしれませんね。あ、館長さん。何か着ていかないと風邪引いちゃいますよ」
さっそく外に出ようとしてダイアナに止められた。面倒だけどコートを取りに行くか。
私が部屋に戻ろうとすると、本の妖精たちが飛んできた。
「ララ イクー」
「ルル イクー」
「え、ふたりがテラに頼んでくれるの?」
「「ウン!」」
もしかして、雪が積もったからテンションが上がってるのかな。引きこもりのくせに意外ね。妖精って寒さを感じないのかしら。
「じゃあ、門から図書館の入口とラピスラズリまでの道の雪かきをテラに頼んできて」
「ワカッタ」
「イッテクル」
ララとルルは、ガラスの自動ドアをすり抜けていった。
ふたりが庭に飛んでいくと、木のうろの中からテラが顔を出した。
「あんなところにもおうちがあったんですねえ」
「庭中が家みたいなものなんでしょ」
ララとルルは羽をパタパタさせながら、テラと話をしている。
いつのまにあんなに仲良くなったんだろうと思っていたら、ふたりは両側からテラの腕をつかみ、空へ舞い上がった。
「えっ? 何してるの、あの子たち!」
「あわわ、テラくんがあんな高いところまで……」
「大丈夫かしら、テラは飛べないのに」
ハラハラしながら見守っていると、ララとルルが門の手前で止まり、同時に手を離した。
「あっ!」
「テラくん‼」
テラは三階くらいの高さから雪の上に落ちた。
思わず外に飛び出すと、ひさしの下にいても雪が容赦なく顔に降りかかる。
「テラー!」
「テラくーん!」
返事がない。
心配する私達をよそに、ララとルルは楽しそうに飛び回っている。
まったく、あの子たちったら! まあ、テラは妖精だから、あの程度で怪我をすることはないだろうけど……。
「館長さん、あそこだけ雪が溶けてます!」
「あれ? ほんとだ」
「テラくんが溶かしたんでしょうか?」
「たぶん……」
何十センチも積もっていた雪が忽然と消え、門から図書館の入口に向かって細い道が出来始めた。
「なんか、わたしの考えてた雪かきと違うんですけど……」
「奇遇ね。私もよ」
道は図書館の入口まで来ると、そのままラピスラズリへ向かった。ララとルルは、はしゃぎながら出来立ての道を追いかけている。
道がラピスラズリに到達すると、テラが地面の下から顔を出した。
「ありがとう、テラー!」
「テラくん、凄いねー!」
私たちが大きな声で礼を言うと、ハリーとレオンが店の中から出てきた。店の前に道が出来ているのを見て歓声を上げ、テラを店の中に連れていった。たぶん、ご褒美をあげるのだろう。私もあとで魔力をあげなきゃ。
「うう、寒い……。ララ、ルル、おいでー!」
「早く中に入りましょう」
ララとルルが戻ってきたので、私達は急いで館内に避難した。
***
しばらく外の様子を見ていたが、雪はやみそうにない。
「今日はもう誰も来ないかもしれませんね」
二階で準備をしていたダイアナが下りてきた。
「そうね。一応、開けておいて、みんなで本でも読んでいようか」
「いいんですか⁉」
「うん。それで、昼はラピスラズリに注文しよう。私のおごり!」
「きゃあ、館長さんったら、太っ腹!」
「むふふ」
ダイアナは仕入れたばかりの本を手に取って、隅の方の席に座った。ララとルルも閲覧席で堂々と本を広げている。
私も席に座り、気になっていた本のページを開いた。開館中に閲覧席に座って本を読むなんて不思議な感じだ。
雪は音を吸収するっていうけど、部屋の中にいても静かな感じがするのはなぜだろう。窓の外で降り続く雪を見ていると、真っ白な世界に閉じ込められたような気持ちになる。
ダイアナと妖精たちがいてくれて良かった。今、ここに一人きりだったら、さびしいと感じていたかもしれない。
気がつくと、二時間近く経っていた。そろそろランチにしようかな、なんて考えていると、自動ドアの開く音がした。誰が来たんだろう、根性あるなあ。
興味津々で見に行くと、雪だるまと化したアルベールさんが入口に立っていた。
「わー、雪まみれじゃないですか! ちょっとかがんでください」
私がアルベールさんの頭の上の雪を払っていると、ダイアナがタオルを持ってきた。
「これくらい平気だ。ああ、すまんな」
アルベールさんはタオルであちこち拭きながら、
「夜勤明けで詰所に戻ったら、エリックに頼まれたんだ。心配だから様子を見に行って欲しいって。あいつは日勤だから」
「まあ、すみません! あのひとったら」
謝罪の言葉を口にしながらも、ダイアナの顔がにやけている。自分のいないところで心配してくれてたなんて嬉しいよね。
それにしても、上司をこき使うなんてエリックさんも結構図太いわね。
「いや、俺も気になってたんだ。アンがこの街に来てから、こんなに積もったのは初めてだろ?」
「そうなんです! 朝起きたらこんなになってて、びっくりしましたよ」
「ここ何年かは積もるほど降らなかったからな。そういえば、門の中に入って驚いたぞ。なんであそこだけ雪が積もってないんだ?」
「ふふ、凄いでしょ」
「あの道はテラくんが作ってくれたんですよ」
「へえ、大したもんだ」
「どうやったかわかりますか?」
「いや。最初は雪かきでもしたのかと思ったが、どかした雪がどこにもなかったし、雪を溶かしたなら、もっと地面がビショビショになってるはずだろ。……ひょっとして、地中に埋めたのか?」
眉をひそめて外を見るアルベールさん。
私もつられて外に目を向けた。
「雪を、埋めた……?」
「館長さん! あれと同じじゃないですか。ほら、壺を……」
「あ、そうね」
レオンとテラが畑を作ろうとして見つけた壺のことを思い出した。
あのずっしりと金貨の詰まった壺を、テラはあっという間に地中に埋めてくれたっけ。魔法を使えば雪だって埋められそうね。
「壺?」
「あ、いえ、何でもないです。それより、そろそろランチにしようと思っていたので、アルベールさんも一緒にどうですか?」
私はラピスラズリのメニューを差し出し、胸を張った。
「今日は私が奢ります」
「いや、そういうわけには――」
「いつもお世話になってるんだから、たまにはいいじゃないですか。ね?」
「……わかった。今回はご馳走になるよ」
アルベールさんとダイアナは温かいものなら何でもいいというので、ラピスラズリに転移した私は、ハリーの特製ポトフを鍋に入れてもらって図書館に運んだ。
もしかしたら誰か来るかもしれないので、受付の奥の部屋でみんなで食べた。ポトフには肉と野菜がたっぷり入っていて食べ応えがありそうだ。
バケットをかじりながら、あつあつのポトフを味わうと、身体が芯から温まった。
「ふわあ……美味しい」
「幸せですぅ……」
「美味いなあ」
食後のコーヒーを飲んで、ゆったりと過ごしていたら、いつのまにか雪はやんでいた。




