エル・アテナ
初めてララとルルを連れて王立図書館に転移した。
ここから歩いてエル・アテナまで移動する。王城方面に行くので、道はどんどん広く、建物はいっそう豪華になっていく。
本の妖精が出歩いているのが珍しいのか、時折、他の妖精たちが寄ってくるのが面白い。
「ドコイクノー」
「エルアテナ」
「ドコカラキタノー」
「ターコイズ」
「ナニシニイクノー」
「……」
ララもルルも最初は相手をしていたが、どうやら面倒になったらしく、私のバッグの中に隠れてしまった。仕方がないので、私が妖精たちの相手をしつつ、エル・アテナへ向かった。
「ララ、ルル、着いたわよ」
妖精たちがいなくなったので声をかけると、ふたりがバッグから出てきた。
「イルカナ」
「イルヨ」
ん? 誰か知り合いがいるのかな。
二本の太い柱のあいだにある入口の上には〈エル・アテナ〉と書かれたアーチ型の看板が飾られている。店内に足を踏み入れると、たくさんの人で賑わっていた。おそらく、ほとんどが貴族だ。彼らは本棚にある本を無造作に手に取って見ている。
視線を上へ向けると、各階の手すりと豪華な天井が目に入った。
「吹き抜けになってるんだ……!」
気分が一気に高まるが、ここはまだエントランス。落ち着け、私。
期待に胸を膨らませつつ、エントランスを通り抜けて舞台エリアに移動すると――。
「うっひゃー!」
巨大な空間が目の前に現れて度肝を抜かれた。
正面にある大きな舞台の左右には真っ赤な緞帳が垂れ下がり、劇場だった頃の面影を残している。
その一方で、客席があったはずの場所には、ずらりと本棚が並んでいた。
視線を巡らせると、左右と後方に広がる二階と三階の客席エリアにも、本棚が並んでいるのが見えた。
「本当に劇場が本屋になったんだ。凄い……!」
ララとルルは嬉しそうにどこかへ飛んでいったから、しばらくは別行動ってことね。それなら、私も店内を見て回ろうかな。
最初に三階に上がり、天井のフレスコ画をじっくりと見た。女神様のまわりを天使が飛んでいる美しい絵だ。
そこから見下ろすと、舞台の左右にあるボックス席でソファに座って本を読んでいる人達がいた。あんな豪華な席だと、高尚な本しか読んじゃいけない気がするわ。
ダイアナが言っていた通り、三階の一部はギャラリーになっていて、個性的な絵が飾られていた。
「店主の趣味なのかな。図書館に絵を飾るのもいいかもね」
絵画を堪能してから二階に下りると、ララとルルが薄いピンク色の羽をした妖精と話をしていた。どことなくララとルルに雰囲気が似ている。
「もしかして、この子も本の妖精なの?」
「ウン」
「ソーダヨ」
「ボク フィリップ」
ララとルルが返事をすると、ピンクの妖精が名前を教えてくれた。
「初めまして。私はアンよ。フィリップはここに住んでいるの?」
「ソーダヨ」
「そう。素敵なお家で羨ましいわ」
「ホンヲ サガシテル?」
「ええ。いくつか図書館にない新刊を買おうと思ってるの」
「アンナイスル」
「ほんとに? じゃあ、ここにリクエストされた本の題名を書いてるから、あなたの感想も教えてくれる?」
「イイヨ」
フィリップは題名の書かれた紙を見ながら店内を案内してくれた。
この本は面白い、この新人作家の本は買うべきだ、これは難しいかもしれない、などとウキウキした様子で教えてくれる。本の話ができるのが楽しくて仕方ないようだ。ララとルルも目を輝かせて聞いている。
フィリップの感想を参考にしながら、ララとルルの意見も聞き、五冊の本を購入した。
コナイサンス出版の設立者ドーヴェルニュ侯爵が、図書館に高額の寄付をしてくれたので、それを本代に当てるつもりだ。
たぶん、印税はいらないって言ったからだと思うけど、図書館への寄付金なら良心も痛まないからありがたいわ。
「フィリップのおかげで、良い本を買うことができたわ。ありがとう」
「エヘヘ」
「私はあそこでコーヒーを飲みたいから、あなたたちは自由にしてていいわよ」
実は、舞台上がカフェになっていると気づいてから、あそこでコーヒーを飲みたくてうずうずしていた。
「ワカッタ」
「ホン ミテル」
本の妖精たちが本棚の向こうに飛んでいくのを見送ってから、私は舞台に上がった。
店内を見渡せる席に座り、コーヒーとチーズケーキを注文した。まわりにはお喋りを楽しむ人たちや、コーヒーを飲みながら静かに本を読んでいる人がいる。
(みんな、満ち足りた表情をしているわ)
温かいコーヒーを飲み、美味しいチーズケーキを食べながら、小さな幸せを嚙みしめた。
こんな素晴らしい本屋さんに来られて本当に良かった。教えてくれたダイアナに感謝しなくちゃ。新しい本も買えたし、可愛い妖精とも知り合えた。今日はなんて素敵な日なのかしら。
ひと息ついたところで自分の本を探しに店内を回ると、洋書のコーナーに世界各国の本が置いてあった。
私は異世界言語スキルのおかげでわかるけど、ここにいる人たちは努力して読めるようになったのよね。凄いなあ。
ダイアナだって、周辺諸国の言葉を何か国語かマスターしている。原語で小説を読みたいという理由が彼女らしいと思ったけど、ここにも似たような人たちがいそうね。
目を輝かせて洋書の小説を見ている若い女性を見て、そう思った。
どんな本を買うか決めていなかったので、目を皿のようにして探した。なにしろ、本一冊で安くても小金貨一枚、日本円にすると一万円以上するんだから、読んで面白くなかったら、かなりショックだ。
悩んだ末に、平積みにされていたミステリー小説を買った。
「この本は部屋でゆっくり読もう。久しぶりに本を買ったからドキドキする。楽しみだなあ」
ララとルルと探しに行くと、フィリップのそばにいた男性と目が合った。
メガネをかけたインテリイケメンだ。
「アンさんですか?」
「あ、はい。そうです」
「僕はフィリップと契約している、エル・アテナの店主ジョスランと申します」
「初めまして」
(ずいぶん若い店主さんね)
「ちょうどララちゃんとルルちゃんから話を聞いていたところです。たくさん本を購入していただいたようで、ありがとうございます」
ジョスランさんは、私のバッグからはみ出ている本を見て微笑んだ。
「たくさんありすぎて悩んでしまいました。初めて来たのですが、とても素敵なお店ですね」
「そう言っていただけると嬉しいです。この店は父から引き継いだもので、僕も子どもの頃からよく遊びに来ていました。フィリップと契約したのもその頃です。妖精には性別がないと聞いていたので男の子の名前をつけてしまいましたが、羽がピンクなので、もっと可愛い名前のほうがよかったかなと少し後悔しています」
「ボクハ キニイッテルヨ」
「そう? ならいいんだけど」
「私も良い名前だと思います」
「はは、ありがとうございます。ところで、アンさんは図書館の館長さんだそうですね」
「はい。ターコイズという町にありますので、近くにいらした際はぜひお寄りください。このお店と比べるとかなり地味ですが、面白い本も置いていますので」
「それは気になりますね。いつか必ずお伺いします」
「ふふ、お待ちしていますね」
私たちはふたりに別れを告げ、エル・アテナを後にした。
「ララとルルはフィリップに会いたかったのね」
「ウン」
「ヒサシブリ」
「よかったわね。またいつか会いに来ましょう」
「カエッタラ ホンヨム!」
「アタラシイホン タノシミ!」
「そうね! リクエストしたひとには悪いけど、先に読んじゃおっか。イヒヒ」
「イヒヒ」
「イヒヒ」
図書館に戻った私たちは、寝食を忘れて新しく買った本を読みふけったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
お話に出てきた「エル・アテナ」は、アルゼンチンの「エル・アテネオ」という本屋さんがモデルです。
エル・アテネオには地下もあって、レコードやCD、子どもの本なんかが置いてあるそうですよ。こんな本屋が実在するなんて驚きですよね。
*お願い*
面白いと思われましたら、ブクマや評価をいただけると大変励みになります!




