イソップ談義
これは『ウサギとカメ』が出版される前のお話です。
マーク(兄・文担当)
ルース(弟・絵担当)
二人ともストロベリーブロンドと緑の目
「それにしても、イソップってどれも面白いよね。書いてて楽しいもん」
「ほんとほんと。僕も、大変だけど絵を描くのが楽しくて仕方ないよ」
双子の兄弟、マークとルースが嬉しいことを言ってくれる。
最初に話し出すのが兄のマークで、それに追随するようにルースが話す。大体いつもこのパターンだ。双子の法則でもあるのかしら。
見た目はそっくりだけど、よく見るとルースのほうが少し目尻が下がってたり、マークのほうが喉ぼとけが出てたりする。変態みたいだから言わないけど。
「アンは、どの話を最初に出版したい?」
マークに訊かれて、私は即答した。
「ウサギとカメ」
「どうして?」
「万人向けだから」
(たぶん日本で一番有名だったし)
「わかる! 毒の部分が少ないよね」
ルースが嬉しそうに相槌を打つ。
「そう。最初からハードなやつだと、忌避感を抱くひとがいそうじゃない?」
「なるほどね。確かに、イソップの入門編としてはいいかもね。僕は最初にドカンとかましたいタイプなんだけど」
マークが物騒なことを言う。
「じゃあ、マークならどれを選ぶの?」
「やっぱり『アリとキリギリス』でしょ。キリギリスが働きアリたちをバカにしてたのは駄目だけど、まさか見殺しにするとは思わなかったよ」
「うん。僕もあの結末にはびっくりしちゃった」
「だろ?」
「実は『アリとキリギリス』には、別の結末もあるの」
「「え? そうなの?」」
声を揃えて驚く双子に、私は前世の知識を披露した。
「寒い冬がきて、食べ物がなくなったキリギリスがアリの家を訪ねると、アリは食料を分けてあげて言うの。『どうぞ食べてください。その代わり、キリギリスさんの歌をきかせてください』って」
「なんだって⁉」
「全然違うじゃないか!」
「ふふ。子どもたちには刺激が強すぎると思った誰かが変えたんでしょうね」
「僕だったら、絶対嫌だ」
意外なことに、ルースのほうがそう言った。
「だって、今まで僕たちの仕事をバカにしてたやつらが、本が売れたから擦り寄ってくるのと同じだろ。キリギリスはアリたちのことを働きすぎだってバカにしてたんだから」
「ルース、あなたそんな目に合ったの?」
「まぎらわしいこと言うなよ、ルース。僕ら、まだ擦り寄ってこられるほど本が売れたことないだろ」
「ばれたか」
ルースはペロリと舌を出す。
「でも、イソップシリーズが売れたらわかんないだろ」
「そりゃそうだけど……」
「マークもルースも、もしそんなハイエナみたいなひとが寄ってきたら、必ずゾシメさんに相談してね。もちろん私でもいいんだけど、私って図書館の外では何の力もないから……」
魔法も使えないし、ほんと無力よね。
「そんなこと言うなよ、アン」
「そうだよ。僕たちにとって、アンは女神様みたいな存在なんだから」
「ルースの言う通りだ。本を出しても初版の発行部数は少なく、増刷なんて夢のまた夢。そんな僕らにとって、イソップ物語は大きなチャンスなんだ」
「その通り。特に僕なんか、自分の絵がメインになるなんて想像したこともなかったよ」
「ふふ、ありがとう。これで売れなかったら責任重大ね」
「そうなったら、ここに住まわせてよ」
マークが目を輝かせると、
「いいね! 本に囲まれた生活。しかも、アンと一緒に暮らせるなんて最高!」
とルースが同調する。
「もう、あなた達ったら……いいわ。本当に売れなかったら考えてあげる」
「ほんと?」
「やったー!」
「ふふふ」
とは言ったものの、私は確信している。
地球とマドモ・アーゼル。世界は違っても同じ人間なんだから、イソップ物語が売れないわけがない。なんたって、前世では世界中に愛された童話なんだから。
「で、結局ルースは何がいいんだ?」
「へ?」
「最初に出版するやつ。その話をしてたんだろ」
「あ、そうだった。僕は『田舎のネズミと都会のネズミ』かな。絵に描いてみたい場面がたくさんあるんだ」
「私も二作目はそれだと思う」
「でしょ? 面白いよね。僕は田舎のネズミ派だな。いくらご馳走があっても、人間の目を盗んで食べなきゃいけないなんて落ち着かないもん」
「私も」
「僕もそうかな」
「兄さんも? なんだ、みんな同じじゃないか」
三人で顔を見合わせて笑う。
私はもう少し彼らの意見を聞いてみたくなった。
「『北風と太陽』はどう? 子どもたちに受け入れてもらえると思う?」
「うーん、どうかな。話は面白いし、教訓もしっかりしてるけど……」
マークは言葉を濁しながらも、率直な意見を聞かせてくれた。
「やっぱり、主人公が人間でも動物でもないとなると、難しい気がする」
「そっかあ……まあ、そうだよね」
「でも、ゾシメさんは気に入ってたじゃない。僕がちゃんと絵で表現するから大丈夫だよ!」
「お、強気だな、ルース」
「だって、せっかくアンが素敵な物語を考えてくれたんだから、ちゃんと本にして子どもたちに読んでもらいたいんだ。兄さんだって、そうだろ?」
マークは少し考えてから、ルースに言った。
「だったら、僕は北風と太陽のことを人間のように感じられる文を書かなきゃな」
「二人ともありがとう。じゃあ、私はゾシメさんが反対しても、この話を本にできるように頑張って説得する!」
「三人がかりなら、どうにかなりそうな気がしてきたな」
マークの言葉に、私とルースは頷いた。
◇ ◇ ◇
数年後、『イソップ物語』シリーズ五作目となる『北風と太陽』が出版されると、予想通り一部の批評家からは酷評されたが、多くの読者から高い評価を得た。
特に、『イソップ物語』ファンの子どもたちのあいだで面白いと評判になり、その後、増刷を重ねることとなる。
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