新たな石像
遊覧船を降りたあと、私とアルベールさんは陶器通りを目指した。カイは飽きたのか、先に帰ると言って飛んでいった。
「あいつは気分屋だからな」
「妖精って、だいたいそうですよね」
「そういやあ、初めて図書館に行ったときもそうだったな。朝っぱらから叩き起こしといてとっとと先に行っちまうから、慌てて追いかける羽目になった」
「ララとルルは逆です。私が誘っても絶対図書館の外に出ようとしないんですよ」
「本の妖精は本のない場所に行きたがらないっていうからな」
「そうなんです。たまには一緒にお出かけしてくれるといいのに」
「契約者のお願いだからって何でも聞くわけじゃない。まあ、そこが面白いんだけど」
「ふふ、確かにそうですね」
気まぐれな妖精と契約している者同士、妖精あるあるに花が咲いた。
陶器通りは観光客で賑わっていた。
遊覧船に乗ったあと、陶器通りで買い物をするのが定番なのかもしれない。私たちも手前の店から順番に目ぼしい物がないか覗いていった。
「あ、これ可愛い」
私が店先にあった特売の食器を手に取ると、アルベールさんも近くにあった大きなカップを手に取った。
「それ、いい色ですね」
深い藍色に染められた陶器のカップは、アルベールさんの瞳の色に似ていた。
「家にあるカップが欠けちまったから買っておくか」
「私も何か買おうかな」
少し迷ったけど、ご飯を入れるのに良さそうなサラダボウルを買うことにした。この国にはお茶碗がないから、使えそうなサイズの食器で代用するしかないのだ。
(今度ジャポールで見てみようかな。あの国なら、たくさん種類があるかもしれない。時々、買い物のために転移してるけど、いつも食料品にばかり目がいってしまうのよね)
店のひとに割れないように包んでもらい、品物をバッグに入れた。
「アルベールさんのも入れておきましょうか?」
「悪いな。何も持たずに出てきちまった」
アルベールさんはポリポリと頬を搔き、その代わり俺が持つと言い張った。
可愛い花の刺繍の入ったベージュ色の布バッグは、夏季休暇で実家に帰ったダイアナが、お土産に買ってきてくれた物だ。ちょっとした買い物や、散歩のときに持ち歩くのにちょうどいい大きさなので重宝している。
こんな女物のバッグを黒曜騎士団の副団長に持たせてもいいのだろうか。
私がおたおたしていると、俺のも入ってるんだから気にするなと手を伸ばしてくる。
「じゃあ……お願いします」
(あまり遠慮するのも失礼よね)
そこからは寄り道せずに、ジャンさんの店に向かった。店内は混雑していて、フレイア様の陶器の像を見ている観光客もいた。
最初に来たときはこんなに混んでなかったのに。ギガ教が影を潜めてから、フレイア正教の人気が戻ってきてるせいかな。
「こんにちは、ジャンさん。忙しそうですね」
「館長さん! いらっしゃいませ。おや、副団長さんまで。何かございましたか?」
「いや、今日はプライベートだ」
「……なるほど。そういうことでしたか」
ジャンさんは、アルベールさんの持っているバッグをチラリと見てうなずいた。
どうしよう。私がこき使ってると思われたかも。
「おやじ、なんか勘違いしてないか?」
「いえいえ、ほっほっほ」
「ジャンさん、シャルルさんは工房にいますか?」
「いるはずですよ。やっと石像が完成したから、しばらくは何もしないって言ってましたんで」
「それって、ターコイズ大聖堂の石像のことですか⁉」
「ええ、そうです」
とうとう出来上がったんだ!
シリル神官にフレイア様の石像を頼まれてから、しばらく経つものね。
ああ、早く見たいわ。
「じゃあ、工房に行ってみますね」
「そうしてください」
「邪魔したな」
「いえいえ。またお越しください。ぜひ、プライベートで」
ジャンさんに見送られて、私たちは店を後にした。
「ジャンさん、目がどうかしたのかしら。しきりにパチパチしてたけど」
「……たぶん、ウインクのつもりなんだろう」
「は? なんでまたウインクなんか」
「さあな。工房に行くんだろ」
「あ、待ってくださいよー」
シャルルさんの工房は陶器通りの外れのほうにあるのだが、街中を熟知しているアルベールさんはスタスタと先を行く。
「シャルルさん、いますかー?」
「おーい、シャルル。入るぞ」
倉庫のような石造りの建物のなかは、あちこちに石材や道具類が転がっていて、いかにも職人の作業場といった感じだ。
私たちが奥の仮眠用の部屋に足を踏み入れると、ベッドに上半身裸で寝っ転がっていたシャルルさんが驚いて身体を起こた。
「館長さん⁉ どうしたんですか、副団長さんまで」
「いいから服を着ろ」
「あ、すみません」
アルベールさんに言われて、シャルルさんは慌ててシャツに腕を通した。
びっくりした。結構、引き締まった身体をしてるのね。まあ、彫刻は力仕事だから……なんてことを考えてる場合じゃなかった。
「いえ、こちらこそ突然お邪魔してすみません。さっきジャンさんのお店に行ったら、フレイア様の石像が出来上がったって聞いたので――」
「そうなんです! やっとのことで完成しました」
「大変でしたね。それで、石像はどこに?」
「ご案内します」
シャルルさんは工房を歩きながら、
「ちょうど良かった。大聖堂に納める前に館長さんに見てもらいたかったんです」
と嬉しそうに言った。
シャルルさんは工房の隅のほうで立ち止まると、何かに被せてある白い布に手をかけた。慎重に布を外すのを見守っていると――そこから三体の石像が姿を現した。
思わず息を呑み、言葉が漏れた。
「一体じゃなかったんだ……」
「こいつは凄いな」
白い大理石に彫られた像は、どれも三十センチほどの大きさだが、神聖なオーラのようなものが漂っている。何より、姿形だけでなく、表情までフレイヤ様そっくりなことに驚かされた。さすが、本物を見ただけのことはある。
シャルルさんは、三体の像の違いを教えてくれた。
片手に幼子を抱き、穏やかな表情で見つめているのは、慈悲を表す像。
明るい表情で天に向かって片手を差し出しているのは、希望を表す像。
両手を合わせ、静かに目を閉じ祈っているのは、信仰を表す像。
うっすらと発光しているようにも見える三体の女神像から目が離せない。
こんなところに置かれていても凄い作品だとわかるのに、ターコイズ大聖堂に飾られたら、どれほどの騒ぎになるだろう。
私の心を読んだかのように、シャルルさんが続けて言った。
「三体の像は、入り口付近と中央と奥に参拝者たちを導くように設置する予定です。ぜひ、見に行ってください」
「ええ。もちろん行くわ。ね、アルベールさん」
「ああ。俺も大聖堂にこの石像が飾られているところを見たい」
高い天井から柔らかな光が差し込むターコイズ大聖堂に、三体の女神像が厳かに鎮座している光景を思い浮かべる。
その像を見つめるフレイア様の顔には、きっと満足げな笑みが浮かんでいるに違いない。




