遊覧船
ララ:本の妖精(薄い黄色の羽)
ルル:本の妖精(薄いオレンジ色の羽)
カイ:剣の妖精(黒い羽)
「アン ドコイクノ?」
「コジイン?」
図書館を出ようとすると、ララとルルが飛んできた。
「ううん。今日はお休みだから、ちょっと街へ出かけようと思って。ララとルルも一緒に行く?」
「「イカナーイ!」」
二人は声を合わせて、逃げるように飛んでいった。
「まあ、そう言うと思ったけど」
引きこもりの妖精たちのことは放っておこう。
図書館の外は眩しいほど晴れていた。ポカポカとした日差しが気持ち良くて、自然と身体の力が抜けていく。
この世界では、のんびり生きるのがモットーなのに、いつのまにか肩に力が入ってたみたい。
今日だって、たまにはお出かけして気分転換してください、ってダイアナに言われなかったら、新しい書き取り帳とか作ってたかも。
私の足は自然と陶器通りの方へ向かった。
久しぶりにシャルルさんの工房をのぞいてみようかな。シリル神官が依頼したフレイヤ様の石像のことも気になるし。
「そうだ! どうせなら、行ったことのない道を通ってみよう」
急いでるわけじゃないし、もし迷っても、なんとかたどり着けるくらいの土地勘はついた気がする。
少しドキドキしながら、前から気になっていた石畳みの小道に足を踏み入れた。
くねくねとした細い道を辿ると、木組みの出窓に花を飾ってある家や、石壁にカラフルな植木鉢を吊るしている家が目に付いた。
ターコイズの住人って花が好きなひとが多いのかな。あちこちの橋に飾ってある花も、きっと近くに住んでる人達が途切れないようにしてくれてるんだよね。
「この街に決めて本当に良かった――あら、こんにちは」
「ニャア」
「起こしちゃったかな? ごめんね」
木の上に寝そべっていた白猫に話しかけていると、耳のすぐそばで声が聞こえた。
「ドコヘイクンダ カンチョウ」
「わっ、びっくりした! カイ? あなた、どこから飛んで来たの?」
カイは、白い石壁に緑の三角屋根と真っ赤なドアのついた、メルヘンチックな二階建ての家を指さした。
「まあ、こんなに近くに住んでいたのね」
「ソウダ」
「こんな可愛い家に騎士団の副団長が住んでるなんて意外だわ」
クスクスと笑っていたら、二階の窓がガラリと開き、アルベールさんが窓から顔を出した。
「カイ、朝っぱらから何して――ん? ……アン?」
ボサボサの黒い髪、首元がゆるゆるの服。
寝ぼけまなこのアルベールさんに私は下から挨拶をした。
「おはようございまーす!」
「ああ、おはよう……じゃなくて、なんでここにいるんだ?」
「遊びに来ちゃいましたー!」
私が二階に向かって叫ぶと、アルベールさんが固まってしまった。
「ふふ、冗談ですよぉ。陶器通りに行こうと思って歩いてたら、カイに捕まったんです」
「なんだ。脅かすなよ。アン、ひとりか?」
「そうですよ」
「……ちょっと待ってろ」
アルベールさんは、頭を引っ込めて窓を閉めた。
一分もしないうちに、階段を駆け下りる音が聞こえ、家の中からアルベールさんが出てきた。しかも、ちゃんと服まで着替えてる。
「ひとりじゃ危ないから俺も行く」
「いいですよ。せっかくの休みなんだから、ゆっくり寝ててください」
「もう十分寝た」
「イイカラ イコウ」
「ほら、カイもこう言ってることだし」
「……わかりました。ほんとにブラブラするだけだから、つまらなくても知りませんよ」
「アンと一緒にいて、つまらないと思ったことなんかないぞ」
「な、なに言ってるんですか」
結構な殺し文句にドキドキした。アルベールさんって、こういうとこあるよね。
「じゃあ、行こうか」
「あ、はい」
私たちは並んで歩き出した。以前、メープル孤児院に行ったときのことを思い出す。あのときも、今のように歩く速度を合わせてくれたっけ。
カイはアルベールさんの肩に乗ったり、そこらへんを飛びまわったりしながらついてくる。
「そういえば、ずいぶん可愛い家に住んでるんですね」
「騎士団が借り上げてる家だから、俺の趣味じゃないぞ。あそこしか余ってなかったんだ」
「そんな言い訳しなくても」
私がニヤニヤしていると、アルベールさんはムキになった。
「本当に俺の趣味じゃないからな!」
「はいはい」
そんなふうにお喋りしながら歩いていると、橋の下の運河を遊覧船が通るのが見えた。ヴェニスのゴンドラと似たような形の船に、二人ずつ三列で乗っている。
「アンは遊覧船に乗ったことあるか?」
「それが、まだないんですよ。そのうちにと思いつつ、タイミングを逃したままで」
「だったら、これから乗りに行こう」
「え? 今からですか?」
「すぐそこに船着き場がある。どうせならここからのコースがお勧めだ」
「ええっ? あ、ちょっと待ってください」
アルベールさんが歩く速度を上げたので、小走りでついていく。
私は呼吸を乱しながら、彼に訊いた。
「全部、同じコースじゃ、ないんですか?」
「ああ。人気のあるコースは混んでるけど景色がいいんだ。有名な橋の下を通ったりもするしな」
「へえー、知らなかった」
「ほら、着いたぞ」
アルベールさんが並んでいる人達の最後尾につく。
(私、まだ乗るとは言ってないんですけど)
立ち止まると、アルベールさんに手招きされた。
ハア……まあ、いいか。いつかは乗ってみたかったから、ちょうどいい機会かもね。
二十分くらいすると順番がまわってきた。
アルベールさんが先に船に乗り込み、私の手を引いてくれた。
カイは船の舳先に偉そうに腰を下ろしている。
私たちの後ろに若いカップルが、その後ろに中年の夫婦が座った。いよいよ出発だ。
遊覧船は静かに出航したが……思ったより揺れる。乗り物酔いしない体質で良かった。
船頭さんは一番後ろに立ち、オール一本で優雅に船を漕いでいる。なんという体幹の良さ!
遊覧船は、あちこちに架かっている橋の下を通るのだが、なかには頭がつきそうなくらい低いところもある。
「キャーッ! ぶつかっちゃう」
「もっとかがまないと!」
後ろのカップルが興奮して騒いでいる。
私が笑いながら頭を伏せると、アルベールさんも楽しそうに笑っていた。
それにしても不思議だ。これだけ身体が密着していても、まったく嫌悪感がない。それどころか妙に安心する。得難い友人だとつくづく実感した。
運河に面したホテルの窓から子どもが手を振っていたので振り返す。
視界が開けると、大きな美術館やカラフルな木組みの建物が見えてきた。
船頭さんが建物や橋の説明をしてくれたあと、アルベールさんがさらに詳しく話してくれるので、観光バスのガイドさん並みの情報が頭に入ってくる。
やがて、この街の運河に架かる橋のなかで、一番大きな「バイエルン橋」が見えてきた。なんと、この橋の上には土産物屋まで並んでいるのだ。
運河を周って、およそ三十分。なかなか充実したコースだった。
「ああ、楽しかった! あれれれ?」
船を降りると、足が地面に着いてないような浮遊感があった。
ふらついている私の腕をアルベールさんが掴んだ。
「大丈夫か?」
「なんか、足元がフワフワする」
「陸酔いしたんだろう。治るまで支えてるから」
へえ、これが陸酔い。初めて経験した。
「どうだ、楽しかったか?」
「楽しかった! 船から見ると、全然知らない街みたいで面白かったです。誘ってくれてありがとうございました」
「おお。アンは真面目だから、たまにはこうやって息抜きしないとな」
「確かに、最近は昼寝できない日もありましたからね。のんびりしようと思ってるのに、なぜか忙しくなっちゃうんですよ」
私がそう言うと、アルベールさんがククッと笑う。
「ある意味、自業自得だと思うが」
「ひどい! あー、でも、そうかも……言い返せないのが悔しい」
「だが、そのおかげで街の人たちの暮らしが豊かになったんだ。感謝してるよ」
「また、そういうことを恥ずかしげもなく!」
私は支えてくれてるアルベールさんの手をペチペチと叩いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次話もアルベールとのお出かけの続きです。




