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リュカとおじさん

リュカは本の盗難未遂事件を起こした少年です。

黄色がかった薄茶色の綺麗な目をした男の子。ドロシーちゃんは妹です。


「かんちょうさん、おはようございます」

「おはよう、リュカくん。今日もひとり?」

「そうだよ。ドロシーは、お人形あそびのほうがいいんだって」

「そうなんだ。さびしいね」

「ううん、ぼくもそのほうがいいんだ。ドロシーがいると勉強できないから」

「そっかあ」


 思わず苦笑いが浮かんだ。ドロシーちゃん、前に来たときもすぐに帰りたがってたものね。


「まあ、みんなが本を好きなわけじゃないからね」

「……うん」


 リュカくんがキョロキョロと視線を動かしている。

 誰を探しているのかバレバレだ。


「先生なら二階にいるわよ」

「ほんと? じゃあ、ぼく行くね」


 リュカくんは嬉しそうに階段を駆け上がっていく。


「ふふ。あの子ったら、パトリックさんのことが大好きなんだから」


 私は、リュカくんが初めてパトリックさんに会った日のことを思い出していた。


 ***


 あの日も、リュカくんはひとりで図書館に来ていた。

 私に何か話したそうにしていたけど、特別室を見学したいという来館者の相手をしていたため、軽く目配せすることしか出来なかった。

 

 案内を終えて受付に戻ると、リュカくんはいなくなっていた。退屈して二階に行ったのかもと思い階段を上ろうとしたら、〈祈りの部屋〉から声が聞こえてきた。


 見ると、ドアが少し開いている。

 そっと中をのぞくと、リュカくんが誰かと話をしていた。


(知り合いかしら。後ろ姿からして、年配の男性みたいだけど……)


 万が一のこともあるので、私は聞き耳を立てて様子を伺った。

 どうやら、声を聞くかぎり、悪いひとではなさそうだ。顔は見えなかったが、男性は落ち着いた声で優しくリュカくんに話しかけていた。


「おじさんが言ったこと、わかったかな?」

「うん」

「お父さんになんて言うんだっけ?」

「えっと……ぜいきんが、もどってくるから……ここに、なまえとじゅうしょをかいて、やくしょにだして」

「そう! よく覚えたね。お父さん、名まえと住所は書けるんだよね?」

「おてほんがあるから。きしだんのひとが、かいてくれたの」

「お家に帰ったら、忘れないうちにお父さんに伝えるんだよ」

「わかった! おじさん、ありがとう!」

「どういたしまして」


 リュカくんが部屋から出てきたので、今ならお話できるよと呼び止めたが、

「おじさんがおしえてくれたから、もういい」

 とフラれてしまった。

「そう? 気をつけて帰ってね」


 振り返ると、さっきまでリュカくんと話していた男性がいなくなっていた。

 図書室に戻ったのかな。読書中だったのにリュカくんを助けてくれるなんて、親切なひとだわ。


「館長さん、ちょっといいですか?」

「はーい」

 お礼を言いたかったのに、ダイアナに呼ばれて二階に行っているあいだに彼はいなくなっていた。



 後日、リュカくんから聞いた話をまとめると――

 役所から手紙が届いたので、私に読んでもらおうと思い、図書館に来た。忙しそうだったので受付の前で待っていたら、あの男性に「どうしたの?」と声を掛けられた、ということらしい。


「なるほど。それで、手紙になんて書いてあるか教えてもらったのね」


「うん。おじさんが、てがみにかいてあることと、どこになにをかけばいいか、おしえてくれたの」


「そうだったんだ。優しいおじさんがいて良かったね」


 たぶん、扉もわざと開けておいてくれたんだろう。でなければ、私も気づかなかった。


「うん! ぼく、おじさんのこと、だあいすき!」


 リュカくんは、すっかり優しいおじさんのとりこになっていた。


 ***


 このおじさんの正体がパトリックさんだとわかったのは、ずっと後になってからだ。

 パトリックさんが初めて〈こどもの部屋〉に出勤してきたとき、リュカくんは目をまん丸にして驚いていた。


「おじさん! おじさん、せんせーだったの⁉」

「やあ、リュカくん。今日からみんなに読み書きを教えることになったんだ。これからよろしくね」

「やったー! おじさんがせんせいなら、ぼく、いっしょうけんめい、じをおぼえる」

「ははは。ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。これから一緒にがんばろう」


 二人が笑ってるのを見て、私まで嬉しくなった。

 子どもたちには一階の図書室に行かないように言い聞かせているから、これまで会うこともなかったのだろう。


 初めてパトリックさんと話をしたとき、声のトーンや話し方が、あの時の男性に似てるような気がしたけど、やっぱりそうだったんだ。

 最初から彼のことを信用できそうだと思ったのも、そのせいかもしれない。

 きっと彼なら、子どもたちを良い方向へ導いてくれるだろう。



 その後、リュカくんは努力を積み重ねて、少しずつ読み書きができるようになった。

 パトリックさんが好きだからというだけでなく、字が読めないと手紙に何が書いてあるかわからなくて困るということを、実際に体験したことが大きかったようだ。


「それに、暗算ができるようになったから、いままでたくさん損をしてたのがわかったんだ。勉強って、大切なんだね」

「ええ、そうね。私もそう思うわ」


 リュカくんの言葉に心を揺さぶられた。

 本当に、勉強って大切だ。

 

 もし、リュカくんのお父さんが、補助金をもらえることも知らず、仕事も見つからないままだったら、ドロシーちゃんは……考えただけでぞっとする。無知とは恐ろしいものだ。


 出会った頃に比べると、リュカくんもドロシーちゃんも、頬がふっくらとして血色が良くなった。栄養が行き届いている証拠だ。

 リュカくんは、お父さんの力になりたいって気持ちも強いみたいだし、今の気持ちを忘れずに成長してくれるといいな。


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