フレイア様の像
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開館二日目。
看板を出すのを忘れていたことに気づき、慌てて門のところに「図書館」と書いた張り紙をしたら、二人目の来館者が現れた。
「ようこそ」
「こんにちは。初めてなんですけど、このまま入ってもいいのかしら?」
白髪のまじった茶色い髪をアップにした上品な女性だ。綺麗な琥珀色の目が好奇心で輝いている。
「はい。本の持ち出しは禁止ですが、それ以外はご自由にお過ごしください」
「わかりました。図書館なんて久しぶりでドキドキするわぁ」
「この辺に図書館はないんですか?」
「そうなのよ。そもそも字を読めるひとが少ないからしょうがないわね」
「え?」
「楽しみだわ。うふふ」
「……ごゆっくり」
この世界って識字率が低いの!?
私は彼女の言葉に少なからずショックを受けた。だとしたら来館者が少ないのも当然だ。
どうしよう、何か手を考えなきゃ。字が読めなくても図書館に来たくなるような……そうだ! 前世みたいに、おはなし会やちびっこシアターができれば――。
ああ、ダメダメ。無理は禁物よ。あくまでも〝のんびり生きる〟が今世のモットーなんだから。危ない危ない。
何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
ご婦人のことが気になってのぞいてみると、椅子に座って熱心に本を読んでいた。
「ナビ、あの女性が何を読んでるか教えて」
『〝エリザベスと騎士〟という恋愛小説です』
「まあ、私と気が合いそうね。あれは名作よ」
彼女から話しかけてくれないかしら。感想が聞きたいわ。
この図書館は恋愛小説が少ないから、女性が来るならもう少し増やしてもいいかもしれない。
「ナビ、図書館にある本って入れ替えてもいいの?」
『インベントリにある本と入れ替え可能です』
「そっか、新しく買う必要ないのね。良かった」
数日後、〝エリザベスと騎士〟を読んでいたご婦人が再び現れた。
(恋愛小説が増えているのを見たら、どんな反応をするかな)
いたずらを仕掛けた気分でついて行くと、ご婦人は目を真ん丸にして本棚を見ていた。やがて、そのなかの一冊を手に取ると、大事そうに抱えて閲覧席に座った。
帰り際、ご婦人は受付にいた私に話しかけてきた。
「この図書館って凄いのね。なかなか手に入らないような人気作があったから驚いたわ。夫にはバカにされるけど、わたしは恋愛小説が大好きなの」
「私も好きです。特に〝エリザベスと騎士〟とか」
もしかしたら感想を聞かせてくれるかもしれないと、ドキドキしながら言ってみた、
「あら、気が合うわね。わたしもあのお話、気に入ってるの。騎士の一途な愛が泣けるのよね」
「私もそう思います!」
「なるほど……あなたが館長さんだったのね」
「え、どうしてわかったんですか?」
少しずつ来館者は増えてるけど、私が館長だと気づいたひとは一人もいない。
「わかるわよぉ。見た目は若いけどしっかりしてるし、どの本を増やすかなんて、ただの従業員には決められないでしょ。いい本を選んでくれてありがとう、館長さん」
「いえ……あの、私のことはアンと呼んでくれませんか? そのほうが嬉しいです」
「わかったわ。わたしはキャサリンよ。これからもちょくちょく寄らせてもらうわね、アン」
私は差し出された手を握った。
「キャサリンならいつでも歓迎です」
初日に来た迫力イケメンの騎士様も、今ではすっかり常連さんだ。
来るたびに特別室を使ってくれるうえに、騎士団の本好きたちを連れてきてくれたので、思った以上に入場料を稼げている。そのおかげでたっぷりと食料が買えた。
そろそろフレイア様の像をどうにかしないとバチが当たりそうなので、キャサリンに陶器通りへの行き方を教えてもらった。
「歩くと三十分くらいかかるわよ」と心配されたけど、この身体ならきっと平気だ。
六十を過ぎたあたりから腰痛がひどくなって、だんだん歩かなくなったけど、散歩は好きだったのよね。
***
こちらの暦は、日本でいう曜日を色で表していて、赤黄緑青紫の五日間を六回繰り返してひと月としている。
だいたいの店が同じ色の日を休みにしているそうだが、騎士団は例外で、交代で夜勤もあるし、非常時の出動もたびたびあると騎士様たちが嘆いていた。
うちの休館日は赤の日。なんとなく日曜っぽいから。
今日は天気も良いし、絶好のお出かけ日和だ!
運河沿いに建つカラフルな木組みの家を眺めながら、陶器通りに向かって歩いていく。
このカラフルな色には理由があると聞いて驚いた。
昔は職人ごとにギルドが分かれていたので、所属しているギルドによって壁の色が決められていたそうだ。
まさか、それが原因で〝美しい街並み〟として有名になるとは思いもしなかっただろう。何が人を惹きつけるのかわからないものだ。
この街にはたくさんの小さな橋があり、どの橋にも色とりどりの花が飾られている。
時折、観光客を乗せた遊覧船が橋の下を通っていく。
空を見上げて深呼吸すると、前世より空気が澄んでいて、空の青さが濃いような気がした。
小さな通りにも気になる店がたくさんあった。
美味しそうなパン屋、ガラス細工の店、いい匂いのする食堂。フラフラと店に入りたくなるのをグッとこらえた。フレイア様の像を見つけるのが先だ。
誘惑に負けそうになりながらも、陶器通りの入り口にたどり着いた。
思ったとおり、腰も膝も痛くない。少し疲れたけど、これは運動不足のせいだろう。たまには庭の散歩でもしようかな。
これだけ陶器のお店があるんだから、どこかにフレイア様の像があるはず。そう信じて、一軒一軒店内を見て回った。
それぞれの店にオリジナルの陶器があり、心惹かれるものがたくさんあったが、なかなか目当ての物が見つからない。
探し疲れてきたので、勇気を出して店のお兄さんに訊いてみた。
「あの、フレイア様の像を探してるんですけど……」
「ああ、うちには置いてないんですよ。すみませんねえ」
「いえ、ありがとうございました……」
私が店を出ようとすると、さっきのお兄さんが追いかけてきた。
「あの角の店ならあるかもしれません。あそこのオヤジ、フレイア教の熱心な信者なんで」
「ほんとですか? ありがとうございます。行ってみますね!」
私が笑顔を向けると、
「どういたしまして。今度、うちの店でもなんか買ってくださいね」
お兄さんは緑色の目を片方だけパチリとつぶった。
「は、はい」
生まれて初めてウインクをされたから、年甲斐もなくときめいてしまった。
学生の頃、誰が一番上手にウインクできるか友だちと比べっこしたことがあるけど、みんな下手くそだったわねえ。
昔のことを思い出し、自然と顔がほころんだ。
お兄さんの教えてくれた店に入ると、メガネをかけた四十代くらいの男性が声をかけてくれた。
「なにかお探しですか?」
「はい。実は、フレイア様の像を探しているのですが、なかなか見つからなくて」
「そうでしたか。フレイア様の像ならこちらにたくさんありますよ。どうぞどうぞ!」
彼は満面の笑みを浮かべて案内してくれた。熱心な信者というのは本当らしい。
「こちらです」
すごい。たくさんのフレイア様の像が並んでる。顔もポーズも身につけているものも全部少しずつ違う。
なるべく顔が似ているものがいいなあ。
そう思ってじっくり見比べていると、小さいけどフレイア様によく似た像があった。見れば見るほどそっくりだ。
「これにします!」
私が迷うことなく手に取ったのを見て、案内してくれた男性が嬉しそうに微笑む。
「こちらの像は特に丹精込めて作った物なので、気に入っていただけて嬉しいです」
「毎日お祈りして大事にしますね」
「……それは、うっ、ありがとうございます……ぐすっ」
えっ、泣いちゃった! なんで?
「あの、大丈夫ですか?」
「はい……ぐすっ……ずみまぜん。最近はギガ教とかいう新興宗教が人気で、フレイア様の像を買う方もすっかり減ってしまったんです。だから、お客さんが真剣に選んでくれたのが嬉しくて」
驚かせたお詫びだと言って、かなり値引きしてくれたので助かった
それにしても、ギガ教ってのが気になるわね。
フレイア様の邪魔をしてるなら、なんとかしなくちゃ。私とフレイア様は、いわば一蓮托生なんだから。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
〈ターコイズ〉はフランスのコルマールをモデルにしました♬




