異世界図書館 開館
翌日、朝十時に図書館を開館した。一応、閉館は夕方五時の予定だ。
はたしてどれくらいの人が来てくれるのか……。
バリアは少し緩めて〝悪意のあるもののみ入館拒否〟に設定した。
盗賊とか強盗とか来たら怖いものね。
入り口はガラスの自動ドアだから、受付に座っていても門のあたりまで見える。図書館の周りは石塀で囲まれているので、ここを訪れるにはあの門を通るしかない。
だが、開館してから一時間。チラチラこっちを見ながら通り過ぎるひとや、話をしながら指さすひとはいるが、誰も門のなかに足を踏み入れようとしない。
もっと派手に宣伝すべきだったかな。でも、しょせんただの図書館だしなあ……なんか、眠くなってきた。
受付の椅子でうつらうつらしていると、ウィーンとドアが開く音がした。
「はっ! いらっしゃいませ!」
思わず大きな声が出たけど、図書館で「いらっしゃいませ」は変だったかも。
初の来館者は、強面の大きな男のひとだった。
このひとが本を読むの? いや、外見で判断しちゃ駄目よね。
「ここは……図書館か?」
「そうですよ。どうぞ、中にお入りください」
私は精一杯の愛想笑いを浮かべた。
「あ、ああ……失礼する」
自動ドアが閉まると、男は驚いたように振り返った。
もしかして、この世界に自動ドアはないのかな。うーん、今さら変えるのも変だし、何か訊かれたら魔道具だって言い張ればいいか。
〝マドモ・アーゼル〟には魔力を動力とする魔道具が存在すると、ナビから情報を得ている。だったら都合が悪いことは全部、魔道具のせいにしてしまえばいい。魔道具さまさまだ。
男が会釈をして受付の前を通り過ぎた。鼻が高くて彫りの深い迫力のあるイケメンだ。黒髪に藍色の目と、色だけ見ればちょっと日本人っぽい。
ラフな服装だけど、妙に姿勢が良いのが気になる……まさか、お忍びの貴族とかじゃないでしょうね。とりあえず、失礼のないように気をつけよう。もし貴族だったら、どんな罰が与えられるかわからない。
男はしばらくウロウロしてから、椅子に座って静かに本を読み始めた。
***
暇つぶしにインベントリにあった画用紙を細く切り、手作りの栞を作ることにした。
実は、受付にあった文房具が気になってナビに確認したところ、インベントリに私が使ったことのある文房具がすべてあることが判明したのだ。しかも、図書館の業務で使えるから、なくなったら補充してくれるという。
若い頃は絵を描くのが好きだったから、クレヨンや色鉛筆もたくさんあった。
下手の横好きだけど、結構評判は良かったのよね。
さてと、絵を描くのなんて何十年ぶりかしら。結婚してからはそれどころじゃなかったものね。なんだか緊張するわ。
二十四色の色鉛筆を使い、好きな花の絵を描いていく。
赤いチューリップ、黄色いヒマワリ、ピンクのコスモス。こっちの世界にも咲いてるのかな。
描くのに夢中になっていたら、いつのまにか迫力イケメンがカウンターの向こうに立っていた。
「あ、気づかなくてすみません」
「いや……それはなんだ?」
「栞です」
さすがに栞くらいあるよね?
男がじっと見ているので、「よかったら、一枚どうぞ」とヒマワリの栞を差し出した。
「いいのか?」
「はい。すぐに作れますので」
「そうか、ありがとう」
彼は嬉しそうに栞を受け取った。
「ところで、この図書館はいつ建てられたんだ? 最近まで空き地だったはずなんだが」
「えっと、少し前からあったのですが……あの、何か問題でも?」
違法建築物だとか言われたらどうしよう。罰金を払うお金もないのに。
「いや、見たことのない本がたくさん置いてあるので驚いた」
「本がお好きなんですか?」
「まあ、読書は唯一の趣味のようなものだ」
「そうですか。あの、珍しい本や貴重な本をお探しでしたら、特別室にありますよ」
まだ目録を作ってないけど、思い切って提案してみた。
「本当か?」
「ええ。入場料が必要ですけど」
「いくらだ?」
「……銀貨二枚です」
相場がわからないので、とりあえず多めにふっかけてみた。高いと言われたら下げればいい。
「銀貨二枚だな。ほら」
男は値切りもせずにカウンターの上に銀貨を置いた。太っ腹!
「確かに。では、ご案内いたします」
しずしずとドアの前のカーテンを開け、特別室のバリアを解除した。
「どうぞ、お入りください」
「こんなところに部屋が……」
男は眼を輝かせて部屋のなかに入っていった。
***
「お腹空いたな。あのひと、まだ出てこないのかしら」
男が特別室に入ってから一時間以上経つ。
ときどき何か叫んでいたから、よっぽど珍しい本があったのだろう。
あれから誰も来ないし、お昼食べてきちゃ駄目かなあ。こんなことならおにぎりでも作ってくれば良かった。この分だと昼寝もできないかも。初日にして予定が狂ってしまう。
「でも、銀貨二枚もくれたし、きっとお金持ちだよね。VIPは大切にしなきゃ」
そう思ってもグウグウと腹は鳴る。若いと驚くほどお腹が空くのだ。
駄目だ! もう我慢できない!
入り口のドアと受付のカウンターに「三時まで離席します」と書いた紙を貼った。
これでわかるでしょ。万が一、本が盗まれたとしても、回帰魔法で戻ってくるから大丈夫! よし、食べるぞー!
私は自分の部屋めがけて階段を駆け上がった。
***
食事をしてからきちんと昼寝もした。
決めたことは守らないとね。
鼻歌を歌いながら一階に降りると、受付カウンターの前に迫力イケメンが立っていた。
「すみません。お待たせしましたか?」
お金はもらったから黙って帰っても良かったのに。
男がじろりと私を見た。うっ、眼光が鋭い。
「不用心だろ。誰もいないなんて」
「もしかして、留守番してくれてたんですか?」
「……貴重な本が盗まれてはいけないからな」
あ、このひと、いいひとだ。
「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
セキュリティは万全だけど、彼の気持ちが嬉しかった。
「なに。職業柄、気になってな」
「警察の方ですか?」
「ケーサツ? 私は黒曜騎士団の者だ」
「騎士様でしたか。失礼しました」
あっぶなーい!
この世界に警察ってないのね。
「それにしても、この図書館の蔵書は素晴らしいな。もちろん数では王立図書館に敵わないが、あそこでも見たことない本がたくさんある。いったいどこで手に入れたんだ?」
「え、それはまあ……企業秘密とでもいいますか」
「それもそうだな、悪かった」
「いえいえ」
本当のことなど言えるはずないので冷や汗が出る。
「おかげでとても充実した時間を過ごせた」
「それは良かったです。近くにお住まいですか?」
「ああ。散歩がてら近所を歩いていて、ここを見つけた」
「そうでしたか。ぜひ、またお立ち寄りください」
「もちろんだ。それから、いらぬお世話だが、もう一人くらい従業員がいたほうがいいんじゃないか? 近くに商人ギルドがあるから、そこに相談するといい。では、また来る」
「ありがとうございました」
騎士様が門を出ていくのを確かめると、一気に身体の力が抜けた。
「ああ、緊張したあ。なんか変なこと言ってないよね」
従業員かあ。そりゃあ、いたほうが楽だろうけど、お金がかかるし、異世界に来てまで気を遣うのも嫌だしなあ。ひとりで対応できないくらい人が来たら考えようかな。
結局、この日の来館者は騎士様ひとりだけだった。どうやら従業員は当分必要なさそうだ。
読んでいただき、ありがとうございます!
平日は夜の投稿になります。




