絵本を作ろう 2
ゾシメ氏は『イソップ物語』を書籍化するための道筋を、驚くほどの速さで整えてくれた。今日は、私の構想を形にしてくれる作家さんと絵師さんを連れてきてくれるというから楽しみだ。
(だけど、素人だとバカにして意見を聞いてくれなかったり、物語の内容を大幅に変えようとするひとだったら、きっぱりと断ろう。名作を台無しにするわけにはいかないもの)
***
ゾシメ氏に続いて彼らが図書館の入り口に現れたとき、爽やかな風が吹いたような気がした。
ストロベリーブロンドに若葉のような緑色の目をした、アイドルのようなビジュアルの青年たち。しかも……ゾシメ氏に視線をやると、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
(ゾシメさんったら、驚かせようと思ってわざと黙ってたのね)
「そっくりでしょう。実は彼らは双子の兄弟なのですよ」
「兄のマーク・ガネットです。僕が文を担当します」
「弟のルース・ガネットです。僕が絵を担当します」
(マーク・ガネットにルース・ガネットって、どこかで聞いたような……)
挨拶を交わしながら、必死に記憶を手繰り寄せた。
「あーっ! もしかして『海底探検』の作者さんですか⁉」
「そうですけど……よくご存知ですね」
なぜかマークさんが驚いている。
仮にも図書館の館長なんだから、知ってて当然だと思うけど。
「兄さん! そんな反応すると売れてないのがバレちゃうだろ!」
「こら、ルース! おまえこそ、余計なこと言うなよ」
「まあまあ、お二人とも」
ゾシメ氏が兄弟げんかになりそうなところを止める。
「売れてない? あんなに面白いのに?」
「なにしろ本は高額ですからな。内容うんぬんよりもネームバリューで購入するひとが多いので、知名度が低い新人のものはなかなか売れんのですよ」
ゾシメ氏がため息混じりに言う。
「だったら、図書館でも宣伝しますよ」
「それは願ってもないことですが、よろしいのですか?」
「ええ。もしかしたら、図書館で読んで気に入ったひとが購入してくれるかもしれませんし、私もたくさんのひとに読んでもらいたいんです。特に、海底で魔物に襲われるシーンや、宝物を発見したのに裏切者に横取りされそうになるシーンなんて、ハラハラ、ドキドキしっぱなしでしたから! 途中でやめられなくて、何日も寝不足になったんですよ。それに、幻想的で繊細な挿絵が物語の魅力を引き立てていて、何度も見返すくらい素敵でした。今でも挿絵を思い浮かべただけで、あのときの感動が蘇ってきます」
「ありがとうございます! いやあ、嬉しいなあ。そんな風に褒めていただけるなんて。なあ、ルース」
「うん! 絵をそんなに褒めてもらえたの初めてなので、すごく嬉しいです!」
ルースさんが子どものような笑顔を見せた。
そういえば、この世界では挿絵は単なる〝飾り〟だものね。本の表紙だって、タイトルだけを書いたシンプルなものがほとんどだし。
サン=テグジュペリの『星の王子さま』やミヒャエル・エンデの『モモ』の表紙を思い出し、もったいないなあと思う。
『海底探検』だって、ルースさんの絵を表紙にしたら、絶対もっと売れるはずなのに。
「彼らの作品をご存じなら話が早いですな。ワタクシはマークとルースに『イソップ物語』の制作を任せたいと思うのですが、アンさんはどう思われますか?」
もちろん賛成ですと、ゾシメ氏の提案にうなずく。
「わかりました。それでは、さっそく打ち合わせをいたしましょう!」
***
数時間後。
「残念だけど、仕事があるので先に帰りますね、アンさん」
「これからよろしくお願いしますね、アンさん」
マークさんとルイスさんが、名残惜しげに私の手を握る。
今日会ったばかりなのに、すっかり懐かれてしまった。
その後、私とゾシメさんだけで打ち合わせを続けることになったので、ラピスラズリからコーヒーを配達してもらった。
「ありがとう、レオン。忙しいのに悪いわね」
「気にしないでください。コーヒーを運ぶ時間くらいありますから!」
そう言いながらも、レオンは急ぎ足で店に戻っていった。
自動ドアの向こうで、土の妖精テラがレオンの後ろをついて回っているのが見えた。仲良しのふたりを見てるとほっこりする。
「よろしかったら、どうぞ」
私はゾシメ氏にコーヒーを勧めた。
「これはありがたい。ワタクシはコーヒーには目がないのですよ。ああ、芳醇な香りですなあ……うん。調和の取れたバランスの良い味。実にワタクシ好みです」
「気に入ってもらえて良かった。食事も美味しいので、一度食べてみてください」
「実は、来たときから気になっていたので、帰りに寄るつもりでした」
ゾシメ氏が恥ずかしそうに告げた。
「でしたら、今の時期はビーフシチューセットがお勧めですよ」
「ああ、いいですなあ。身体が温まりそうだ」
カフェ・ラピスラズリとは売上が落ち着いた頃に契約を変え、今では毎月決まった家賃を払ってもらっている。
開店当時よりメニューも増えたので、寒い時期には長時間煮込んで肉がトロトロになったビーフシチューが食べられる。二種類のパンとサラダがついているビーフシチューセット目当てに、遠くから訪れるひともいるらしい。
コーヒーを飲み終えたゾシメ氏が、おもむろに口を開いた。
「絵本の価格を抑えるために、通常の絵本とはべつに貴族の子ども向けのものを出版することになりました」
「貴族?」
「ええ。用紙や装飾などを通常版より豪華にし、価格を十倍に設定します」
「そんなに高くして売れるんですか?」
「もちろんです。大半の貴族は、高価なものほど価値があると考えますからな。逆に、庶民でも買えるような本には見向きもしないでしょう。実をいうと、わが社を設立したのはドーヴェルニュ侯爵でして、貴族向けの本を出してはどうかというのも彼の案なのですよ」
「まあ、そうなんですか」
「ええ。貴族とは思えないほど商売上手な方ですから、きっと上手く社交界に絵本のことを広めてくださいますぞ」
そう言われても、そんな高価な本が売れなかったら出版社の大損になる。本当に大丈夫なのかしら。
「ふむ。まだ納得されてないようですな。よろしいですか、アンさん。動物を擬人化したうえに、道徳的な教訓があるような作品は今までなかったのですぞ。しかも、わかりやすくて短い話なのに、ストーリーがちゃんとしていてオチまでついている。大人でも深く考えさせられる内容ですし、絶対に貴族の方々の興味を引くはずです。ワタクシが保証しますぞ」
「……わかりました」
(これだけ自信満々に言い切るんだから、きっと大丈夫なのよね)
良いことだけ考えよう。絵本の価格が安ければ、他の図書館でも購入してくれるかもしれないし、それがきっかけで子どもも入館できるようになるかもしれない。
もちろん、今はただの妄想だけど、前世での図書館の歴史を考えれば、決して荒唐無稽な話じゃない。
紙や印刷の技術が発達すれば、本の価格だってもっと下がる。そうすれば、図書館の貸し出し制度も広がって、誰でも家で本を読むことができるようになるはずだ。
この絵本が、そんな未来への第一歩になることを祈ろう。
***
数か月後、ゾシメ氏から本が完成したと連絡が入った。
あれから何度も話し合い、すっかり仲良くなった双子と共に、図書館でゾシメ氏を待つことになった。
「マーク! ルイス! いらっしゃい」
「久しぶり、アン。会いたかったよ」
「元気そうだね、アン」
「ええ。あなたたちも元気そうね」
そろそろ到着する時間なので、入口近くでソワソワしながら三人で待つ。
「もう次の絵本の制作に取り掛かってるんでしょ?」
「そうなんだ。ゾシメさんにせっつかれて大変だよ」
「僕も……描くのは楽しいけど、ここんとこ寝不足なんだ」
「なんか、ごめんね」
「いや、アンのせいじゃないし! こんな大きな仕事をもらって感謝してるよ」
「そうそう! 豪華版が売れれば印税もガッポリだし――あ、ゾシメさんが来た!」
ルイスに言われて外を見ると、ゾシメ氏が荷馬車の荷台から箱をおろし、こちらに向かって歩いてくるところだった。
自動ドアが開くと同時に、ゾシメ氏のハツラツとした声が館内に響いた。
「皆さん、お待たせしました。やっと完成しましたぞ!」
ゾシメ氏は箱を開けて本を取り出し、私と双子に手渡した。
本の題名は『ウサギとカメ』。出版する順番はゾシメさんにお任せしたけど、私も最初はこの話が良いんじゃないかと思っていた。
山道をバックにウサギとカメが話をしている表紙をめくると――
可愛くて表情豊かなウサギとカメの絵に、短くてわかりやすい文章。みんなで一生懸命考えたものが、ようやく形になったんだ。
「子どもたち、喜ぶだろうな……」
「あれ? アン、泣いてるの?」
「感動しちゃった?」
「だって、みんなで頑張って作ったんだもの。感動するに決まってるでしょ。ううっ……マーク、ルイス、ゾシメさん。本当にありがとう。ぐすっ」
「「アン!」」
マークとルイスが私をハグするのをニコニコしながら見ていたゾシメ氏だったが、
「これから『イソップ物語』は第二弾、第三弾と続くのですから、引き続きよろしくお願いしますぞ」
と言って、私たちの涙を乾かせたのだった。




