絵本を作ろう
そろそろ〈こどもの部屋〉に新しい本が欲しい。
せっかく子どもたちが読み書きできるようになったのに、肝心の絵本や童話がないのでは、読書の楽しみを伝えられないではないか。これは由々しき問題だ。いっそ、私が知ってるお話を書いちゃおうかな。
日本で有名な童話といえば、桃太郎、金太郎、浦島太郎……太郎ばっかりね。女の子向けだと、かぐや姫、鶴の恩返し、一寸法師とかかな。
ちょっと変わったところでは、わらしべ長者、おむすびころりん、笠地蔵……でも、日本独特の話がこの世界の子どもたちに通じるかしら。
それよりも、アンデルセンのマッチ売りの少女や、みにくいアヒルの子。もしくは、グリム童話のヘンゼルとグレーテルや、ブレーメンの音楽隊なんかのほうがいいかもしれない。
ただ、残念なことに、どれもざっくりとした内容しか覚えてないのよね。誰にもバレないとはいえ、あまりに不出来なものを世に出すのは申し訳ないし……。
「そうだ! イソップ物語なら短いから覚えてるかも」
私は知っているイソップの寓話をノートに書き出してみた。
アリとキリギリス、オオカミ少年、ウサギとカメ、田舎のネズミと都会のネズミ、ネコに鈴、北風と太陽、よくばりな犬、キツネとツルのごちそう、ガチョウと黄金の卵、ライオンの皮を着たロバ、カラスと水差し。
題名は違うかもしれないけど、ざっと思いついただけでもこれだけある。
前世で世界中の子どもたちに読まれた名作だもの。きっとこの世界でも楽しんでもらえるわよね。
「問題は私に文才がないことね。絵は得意だったけど、文章は褒められたことないのよねえ……パトリックさんに相談してみようかな」
なにしろ、『世界妖精図鑑』の作者だもの。もしかしたら、わたしが書きましょうって言ってくれるかも!
――なんて甘い考えで相談してみたところ、即座に断られてしまった。
「わたしは妖精のことしか書けませんので」
「……ですよねえ」
「よろしければ、出版社に勤めている友人を紹介しましょうか?」
「いいんですか⁉ ぜひ、お願いします!」
やった! 出版社のひとに会える。本好きなら図書館司書と出版社の編集には憧れちゃうわよね。残念ながら狭き門だから、夢を叶えられるひとは一握りだけど。
それから数日後、背が低くてちょび髭のある、ふくよかな男性が図書館を訪れた。
「やあやあ、あなたが奇跡の図書館の館長、アンさんですか! お噂はパトリックからお聞きしていますぞ。ワタクシは『コナイサンス出版』のゾシメと申します。いやあ、素敵な図書館ですねえ。後でゆっくり拝見させてください」
「え、ええ。ご自由にどうぞ」
ゾシメ氏は、とても明るくてパワーのあるひとだった。奇跡の図書館ってなんのことですかと訊くと。
「この図書館はフレイア様のご加護をいただいているだけでなく、子どもたちに読み書きを教え、ソロバンという便利な道具まで発明して、この町の人々の識字率や知識水準を大幅に向上させました」
ゾシメ氏は熱く語る。
「その結果、今まで本なんぞ買ったことがないという人々が書店を訪れるようになった。これは出版社にとって、願ってもない奇跡なのですぞ。パトリックの頼みということもありますが、ワタクシ自身、ぜひ館長さんのお力になりたいと思い、こうして馳せ参じた次第です。聞いたところ、画期的な本を作りたいとか?」
ゾシメ氏の目がキラリと光る。
「ええっと、詳しい話はこちらで」
いつものように受付の奥の部屋にゾシメ氏を案内した。
パトリックさんとゾシメ氏がソファに並んで座り、私はゾシメ氏の向かいに座った。
「画期的というか……私が作りたいのは、文より絵が主な、小さな子でも読める〝絵本〟なんです」
「絵本?」
ゾシメ氏はキョトンとした表情を浮かべた。
そりゃそうよね。この世界の本は高額で、子ども向けの本なんてないんだから、いきなり〝絵本〟なんて言われてもピンとこないはず。
「たとえば、働き者のアリと怠け者のキリギリスの話では、こんなふうにキリギリスがバイオリンを弾いてる絵を大きく描き、絵の横にわかりやすい文で内容を伝えます」
私は簡単なイラストと文を描いて説明した。
「都会のネズミが出てくる話だったら、こうしてネズミにタキシードを着せたりして、子どもが見てもすぐにわかるように」
「ちょーっとお待ちを! まさか、動物を擬人化した話なのですか⁉」
「ええ、だいたいの話がそうです。まあ、北風と太陽が競う話なんかもありますけど」
「はあっ⁉ ち、ちなみにそれはどのようなお話で?」
ゾシメ氏に請われて、『北風と太陽』のストーリーをかいつまんで話した。
「北風と太陽は、どちらが強いかを決めるために、旅人のコートを脱がせる勝負をします。まず、北風がビュービューと強い風を吹かせますが、旅人は必死になってコートを抑えるので、脱がすことができませんでした。ところが、太陽が暖かい光で照らし続けると、暑くなった旅人は自分からコートを脱いだのです。つまり……」
「つまり?」
とゾシメ氏が身体を乗り出した。
「この話には、力づくで人を動かそうとしても相手は頑なになってしまうけど、優しい言葉や態度を示せば、自分から望んだ行動を起こしてくれるといった教訓が含まれているのです。私はこのような話を絵本にして、図書館に来る子どもたちが読めるようにしたい。だけど、自分では上手く書けないので、代わりに書いてくれるかたを探しています。もちろんプロの方でなくても構いません。謝礼はお出しますので、どなたか紹介していただければ……あの、ゾシメさん?」
なぜかゾシメ氏が放心状態になっている。
「おい、ゾシメ! 気持ちはわかるが戻ってこい!」
パトリックさんが、思いきり彼を揺さぶった。
「あ、ああ、失礼……よろしければ、そちらに書いてあるものを見せていただいても?」
「いいですよ。殴り書きなので読みづらいと思いますけど」
イソップ寓話の題名と内容を書いたノートを渡すと、ゾシメ氏は夢中になって読みはじめた。
しばらくして顔を上げた彼は、「アンさん、これはぜひうちで出版させてください」と真剣な顔をして言った。
「ワタクシはこの画期的な物語を世界中に広めたい。きっと素晴らしい本になりますぞ!」
は? 何をいってるんだ、このひとは。
「えーっと、図書館に置く分だけあればいいので、べつに出版はしなくても」
本はいくらでも自分で作れるし、さすがにパクったものを堂々と売るほど図々しくはない。
「アンさん、ゾシメはこうなったら引きませんよ。観念して任せてみてはどうですか?」
「そんな、パトリックさんまで」
「いいじゃないですか。わたしもアンさんの絵本が本屋に並ぶところを見てみたい。ゾシメ、原作者として当然アンさんの名まえも載せるんだろうな」
「もちろんだとも!」
「いえ、あの、私の名まえは載せなくて結構ですし、お金もいりません」
「とんでもない! そういうわけにはいきませんぞ」
「では、その代わりといってはなんですが、いくつかお願いをきいていただけますか?」
「それはもちろん、ご期待に添えるよう最善を尽くしますが」
「まず、庶民でも無理なく買える価格にすること。それから、本ができたら図書館に十冊は寄贈すること。最後に、すべての話に『イソップ物語』というシリーズ名をつけること。以上のことをお約束してくれるなら、絵本の出版をゾシメさんにお任せします」
「わかりました。本の価格についてはいったん持ち帰らせていただきますが、図書館への寄贈は、十冊と言わず必要なだけお持ちしましょう。それに、ワタクシもシリーズ化するのは良い案だと思います。絵本が出版されたら、子どもたちが『イソップ物語』の続きを待ちわびるようになるでしょう」
「ふふ、そうなるといいですね」




