結婚式
ジョディさんの結婚式の朝、アルベールさんとエリックさんが、二頭立ての馬車で図書館に迎えに来てくれた。
二人とも黒の燕尾服にクラバットと呼ばれるスカーフのようなものを首に巻いていて、なかなか様になっている。
エリックさんはドレス姿のダイアナを穴が開くほど見つめてから、恥ずかしそうに言った。
「ごめん。あんまり綺麗だから見惚れちゃった。すごく似合ってる」
「あ、ありがとう……嬉しいわ」
二人とも初々しいこと。やっぱり素直に褒めるのが一番ね。
エリックさんは、私とキャサリンが言ったことを実行するため、『モテる男は褒め上手』という胡散臭そうな本を読んでいたのだが。
「『あなたの微笑みはダイヤモンドよりも輝いている』だとか、『あなたの声は小鳥のさえずりのようだ』なんて、言える気がしない……」
と肩を落としていた。
そんな彼にキャサリンが助言したのは、思ったことをそのまま言葉にしなさいという、なんとも単純なことだった。
「可愛いと思ったら可愛いと素直に伝えればいいの。胡散臭い褒め言葉より、ずっと胸に響くはずよ」
「……わかりました。アドバイス、ありがとうございます!」
エリックさんの努力と素敵なドレスのおかげで、ダイアナも自信が持てるようになったみたいだし、プロポーズのタイミングとしてはバッチリなんじゃないかしら。
そんなことを考えていたら、
「アンも似合ってるぞ。その、ララみたいなドレス」
とアルベールさんが言った。
エリックさんがダイアナを褒めたから、自分も褒めなきゃいけないと思ったのかな。律儀なひとね。
「ああ、色が似てますもんね」
レモンイエローのドレスを見て、ララが興奮していたのを思い出した。
「妖精みたいで可愛いでしょ?」
「うん、可愛い」
「え? あ、ありがとう」
(まさか肯定されるとは思わなかった。心臓に悪いわ)
「アルベールさんも素敵ですよ。ちょっと胸のあたりが苦しそうですけど」
胸筋が発達し過ぎて、シャツがはち切れそうになっている。
「しばらく着てなかったからなあ」
「筋肉が邪魔になることってあるんですねえ」
「ぐっ……」
「そろそろ行きましょうか」
馬車に乗るとき、アルベールさんが手を貸してくれた。
ヒールのある靴を履いているので有難いが、エスコートされることに慣れてないから妙に気恥ずかしい。
あまり広い馬車じゃないので、私とアルベールさん、ダイアナとエリックさんに分かれて座った。
道中、アルベールさんたちにジョディさんの結婚相手のことを教えてもらった。
彼はタウンゼント子爵家の長男、ミッチェル・タウンゼントさんといって、父親同士が知り合いで結ばれた縁らしい。
「相手がジョディに一目惚れして、すぐに婚約を申し込んできたそうだ」
「「一目惚れ!」」
私とダイアナの声が揃う。
「わかるわ! ジョディさんって素敵だもの」
「もう見られないけど、騎士服姿もカッコよかったですよね!」
ジョディさんは結婚するにあたり、騎士を辞めるという決断をした。残念だけど、貴族の嫡男と結婚するなら仕方ないだろう。これから彼女は、タウンゼント子爵夫人として生きていくのだ。
今から向かうのはタウンゼント家の領地にある教会で、ここから馬車で二時間ほどかかるという。
「式を挙げたあとパーティー会場に移動する。そこで朝まで飲んでもいいし、途中で帰っても構わない」
「アルベールさんは朝まで飲みたいのでは?」
「それはアンのほうじゃないか?」
「うーん、私はワインはあんまり……」
「ビールも用意してあるとジョディが言ってたぞ」
「なんですって?」
***
荘厳なパイプオルガンの音が、教会の中に響き渡る。
ステンドグラスから色とりどりの光が差し込むバージンロードを、ジョディさんが父親と共に歩いてくる。
プリンセスラインのウエディングドレスを着たジョディさんは、とても綺麗で可愛らしかった。幸せそうに花婿と見つめ合うのを見ていたら、胸がいっぱいになった。ダイアナも目を潤ませている。
式後のパーティー会場では、食事のあとに新郎新婦がファーストダンスを踊り、その後はゲストたちが各々お酒やダンスを楽しんだ。
「やった! ほんとにビールがある!」
「な、俺が言った通りだろ?」
「くぅー、美味しい!」
「うまいな」
私たちが飲んだくれている間に、いつのまにかダイアナとエリックさんの姿が消えていたことには気づかなかった。
******
パーティー会場を抜け出したエリックとダイアナは、華やかな秋バラが咲く庭園を歩いていた。
「いつのまにか暗くなっちゃったね」
「ええ。でも、あちこちに灯りがあるし、夜の庭園も幻想的な雰囲気で素敵」
ダイアナがブルっと肩を震わせると、エリックが手にしていたショールをダイアナの肩にかけた。
「ありがとう」
「風邪をひくといけないから……」
しばらく沈黙が続いたかと思うと、ふたりは同時に声を発した。
「「あの」」
「あ、ごめんなさい」
「ううん、僕のほうこそ……素敵な結婚式だったね」
「ええ。幸せそうだったなあ、ジョディさん」
夢見がちな表情を浮かべるダイアナを見て、エリックが言った。
「きみは結婚に興味がないって言ってたけど、今も考えは変わってない?」
「……ほんとは、興味がないわけじゃなかったの。どうせ結婚なんてできないから、強がってただけ」
とダイアナが自嘲気味に笑う。
「だったら、ここに心からきみと結婚したいと思ってる男がいるんだけど」
エリックは、ありったけの勇気を振り絞って言った。
「僕はあなたを愛しています。どうか、僕と結婚してください」
突然のプロポーズに、ダイアナは驚き、戸惑っていた。
(告白もされてないのに、いきなりプロポーズ? ……そういえば、一緒にいると楽しいって言われたけど、あれはそういう意味だったのかしら)
「本気なの?」
「もちろん」
「わたし、あなたより三歳も年上なのよ。もっと若くて可愛い子のほうがいいんじゃないの。あなた、人気があるんだから」
「そんなの関係ないよ。僕が好きなのは、本を読むのが何より好きな落ち着いた女性なんだから」
「そんな可愛くないひとを好きになるなんて、変わってるわね」
「そんなことないよ。僕にとっては世界一可愛いひとなんだ。彼女に振られたら、僕はきっと一生独身だ。ああ、困ったなあ」
「バカなこと言わないで」
「どうか、哀れだと思って助けてくれ。絶対、浮気はしないし、一生、大事にする。毎日キスとハグをして、小さなことでも話し合おう。年下が嫌なら髭を生やしてもいい」
「髭は好きじゃないわ」
「そう? じゃあ、どうしようかな。老けて見えるには髭が一番なんだけど」
「……一生、浮気をしないで大事にしてくれるの?」
「誓うよ」
「毎日キスとハグをして、小さなことでも話し合うのね」
「もちろん」
「だったら……いいわ」
「それは、つまり……?」
ダイアナはコクリとうなずいた。
「やっ――あ、ちょっと待って。ちゃんとするから」
エリックは片膝をつき、ダイアナの手を握った。
「ダイアナ、僕と結婚してくれますか?」
「はい。よろしくお願いします」
「やったーっ!」
エリックは立ち上げると、ダイアナを強く抱きしめた。
「嬉しい。ありがとう、ダイアナ」
「ううん、わたしこそ……ありがとう、エリック。わたしを愛してくれて」
ダイアナは目の前にいる男の顔を仰ぎ見て思った。
もう背の高さに悩むことはないだろう。自分よりも背の高い男が、ずっとそばにいるのだから。
そう伝えようと思ったのに、ダイアナの唇は優しくふさがれてしまった。




