ソロバンを作ろう 2
パトリックさんの奥さん、クリスティーヌさんが図書館で働くことになった。
ダイアナの補佐をしながら、素晴らしい速さでソロバンを習得する彼女に、私たちは舌を巻く。
「さすが、パトリックさんの元教え子ですね。わたしも負けてられません!」
と対抗心を燃やすダイアナ。
「『成績優秀』とは聞いてたけど、まさかこれほどとは……クリスティーヌさんを雇用できて良かったわ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですわ」
クリスティーヌさんは週に二日、パトリックさんが出勤しない日に来てもらっている。
「一緒の日じゃなくてごめんなさい」
「いえ。一日中一緒にいるより、少しくらい離れてたほうがいいんですよ」
そうなんですか、なんて言いながらも、クリスティーヌさんの気持ちはよくわかった。どんなに仲の良い夫婦でも、四六時中一緒にいたら疲れるものだ。
「そういえば、ダイアナさんのご結婚はいつ頃ですか?」
「えっ? わたし、結婚する予定なんてありませんけど」
「あら、失礼しました。てっきり、あの騎士様とご結婚されるので、わたくしが雇われたのかと」
あ、寿退社だと勘違いしてたんだ。まあ、エリックさんは何かにつけてダイアナに会いに来るし、そう思われても仕方ないかもね。
「いえ、あの、エリックさんとはそんな関係じゃ……」
「まあっ、最近の殿方はのんびりされてますわね。こんな魅力的な女性、いつ横恋慕されてもおかしくありませんのに」
「そんな、わたしなんて……そ、そうだ! お二人は教師と生徒だったんですよね。いつ、どちらが告白したんですか?」
「あ、それ、私も聞きたいです」
話をそらそうとしたダイアナに私も乗っかる。興味はあるけど、聞きづらかったのよね。
「ふふ、さすがに在学中には何もありませんでしたよ。ただ、先生に気に入られたくて必死に勉強を頑張りましたし、クラス委員に立候補したりして、わたくしなりにアプローチはしていました。なにしろ、先生に好意を抱いている生徒はわたくしだけではなかったので、取られてなるものかと必死でしたわ」
「「キャーッ!」」
思わず黄色い声を上げてしまい、私とダイアナは慌てて口を抑えた。もうすぐ閉館時間なので子どもたちは皆帰ったが、一階にはまだ数人残っている。
「じゃあ、卒業後にクリスティーヌさんから告白したんですか?」
「いいえ。もっと確実に仕留めるために父に頼みました。どうせあのひとに告白しても『生徒とそんな関係になるわけには』とか言うのは目に見えてましたからね。幸い、家格も釣り合っていましたので、すんなりと婚約まで話が進みました」
「先生の反応は⁉」
「何て言ってました⁉」
「ありがとう、と言われました。あなたに惹かれていたけれど、教師という立場で僕から口説くわけにはいかなかった。生真面目で融通の利かない男だけど、一生大切にします、と」
「「キャーッ!」」
再び、興奮する私たち。
「クリスティーヌさん、凄いです! ね、館長さん」
「ええ、見事に仕留めましたね! そういえば、パトリックさんって一人称は僕なんですね」
「そうなの。二人きりのときだけね」
内緒よ、と色っぽく言われて、私とダイアナは頬を赤らめてうなずいた。
この恋バナで、ダイアナも少しは刺激されたかしら。
***
職人ギルドを訪れてから二か月ほど経った頃、試作品が出来たと連絡があった。
前回と同じように馬車で職人ギルドに向かうと、以前は青々としていた麦畑が黄色く色づいていた。
あらかじめ時間を知らせておいたので、ドミニクさんと髭ボーボーの職人ギョームさんが入口のところで出迎えてくれた。
「よお、嬢ちゃん。久しぶりだな!」
「こんにちは、ギョームさん」
「こいつが試作品だ。早く感想を聞かせてくれ」
「ちょっと、ギョームさん! ここで出さないでください!」
慌てたドミニクさんが、部屋の中にギョームさんを押し込む。
「まったく、私達には秘密保持の義務があるのを忘れたんですか⁉」
「はいはい、悪かったよ」
ギョームさんが持っていた木箱を開け、中から試作品を取り出した。
「どうだ?」
「……凄い。想像以上です」
目の前にあるのは、まごうことなきソロバンだった。
珠が大きくて、全体的にごつい感じだが、最初の試作品でここまで仕上げてくるとは思わなかった。珠を弾いてみると、五つともちゃんと動いた。
率直な感想を教えてくれ、とギョームさんが言うので、正直に答えた。
「珠を弾いたときに少し引っかかるのが気になります。あと、子どもが使うので、もっと軽いほうがいいです」
「だよなあ。重さは俺も気になってたから、これから改良するよ。珠が引っかかるか……やっぱり軸をもっと細くしねえと駄目だな」
「でも、珠の形はよく出来てますね」
「そうだろ! 珠の高さを揃えるのに苦労したぜ。おまけに軽いとすぐ割れちまうし、重すぎると動かしにくい。色々と試行錯誤して、やっとピッタリの木を見つけたんだ。これなら元の色と同じ肌色だし、手に入りやすいから量産できるぞ」
「いえ、そんなにたくさん作るわけではないんですよ。ご近所や図書館に来る人達に頼まれた分だけあれば――」
「何をおっしゃいますか! 〝ソロバン〟は必ず売れます! 商人ギルドにも話を通して本格的に生産しましょう!」
「ドミニクさん?」
「これからもっと手を加えて、使いやすいソロバンを作ってやるから、楽しみにしておけ!」
「いや、あの……」
二人とも、えらく盛り上がってるけど、べつにお金儲けしようと思ったわけじゃないんだけどなあ。
まあ、この世界には電卓もないんだし、みんなの役に立つならいいか。
その後、さらに試行錯誤を繰り返して、かなり元のソロバンに近い物が出来上がった。ソロバンを作るための道具まで開発して、職人さんたちが頑張ってくれたおかげだ。
商人ギルドを通して契約を結んだ。特許ほど緻密なものではないけど、商品が売れると、わたしにもいくらかお金が入る仕組みらしい。
図書館の近くの雑貨屋でも販売してくれるっていうから、今後はそこに任せることにした。
ふう、これでやっと肩の荷が下りたわ。




