ターコイズ大聖堂
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「図書館の庭にある石像の彫刻家を紹介してください」
シリル神官がそう言ったのは、そろそろ冬になりそうな肌寒い日だった。
フレイア様の石像を図書館の庭に置いてから一年ちょっと。その間、石像の作者を紹介して欲しいという貴族が何人か現れたので、シャルルさんとの約束通り、私があいだを取り持ってきた。
「紹介するのは構いませんが、仕事の依頼ですか?」
「はい。教会に新しい石像を購入したいのです。今、うちの教会にある石像はどれも酷い状態なのですが、古すぎて下手に修復することもできず……正直、フレイア様がご覧になったらがっかりされるようなものばかりなのです」
ああ、それは嫌だろうなあ。フレイア様、わざわざ神託を授けるくらいシャルルさんの石像が気に入ってたもの。自分の像なんだから、当然綺麗なほうがいいわよね。
「そういうことでしたら、私が彼を教会に連れていきますよ」
「よろしいんですか? ありがとうございます!」
「いえいえ、私もまだ教会のなかには入ったことがないので楽しみです」
「そういえばアンさんにはまだお越しいただけてませんね」
「孤児院にはたまに行ってるんですけどねえ」
私の言いたいことを察して、シリル神官がクスクスと笑う。
「子供達が放してくれないから、しょうがないですよ。わたしが連れていこうとしても邪魔されますし」
いつもの胡散臭い笑顔とは違う、本当に楽しそうな笑顔だ。
もしかしたら、孤児院の子どもたちに、自分の子どもの頃の姿を重ね合わせているのかもしれない。
***
子どもたちに勉強を教えてくれる先生が見つかったと話したとき、シリル神官はとても喜んでくれた。
「図書館で勉強ができるなんて素晴らしいですね。これまで庶民は字が読めないのが当たり前でしたから、本当に凄いことです」
彼は淡々と自分の生い立ちを語った。
「わたしも七歳まで孤児院で育ったので無学でしたが、治癒魔法の適正があるとわかって修道院に引き取られてから、教育を受けられるようになりました。修道院では読み書きと治癒魔法を学び、神学校では哲学や歴史などを学びました。記憶力が良かったので特に困ったことはありませんでしたが、貴族のバカ息子たちにはよく嫌がらせを受けました。わたしのほうが成績が上だったのが許せなかったのでしょうね。まあ、彼らとはだいぶ階級に差がついたので、すっかりおとなしくなりましたけど」
そう言ってシリル神官は、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべた。
***
シャルルさんの工房に行き、シリル神官が教会の石像を頼みたいんですってと話したら驚いていた。
「本当ですか⁉ 教会に自分の作った石像を飾ってもらえるなんて夢みたいです。たとえ無料でも引き受けますよ!」
「そんなこと言わずに、ちゃんとお金をいただいてくださいね。そうと決まれば、早いうちに教会に行きましょう」
私の休館日に合わせて、シャルルさんが休みをとってくれた。空は驚くほど青く、空気がひんやりとしていて気持ちの良い朝だった。教会への道すがら、私たちは色々な話をした。
「シャルルさんは普段から教会には行くんですか?」
「そうですね。うちの近所にある小さな教会にはよく行きます。これから向かうのはターコイズ大聖堂ですよね?」
「あ、そういう名まえなんですかね」
「知らなかったんですか?」
「あはは。実は、いつも教会の隣にあるメープル孤児院にばかり行っているので、教会には入ったこともないんですよ」
「そうなんですか。まあ、俺も外観しか見たことないですけど」
「シャルルさん、あの教会……いえ、ターコイズ大聖堂って、すごく可愛いと思いませんか?」
「そうですね。白い壁に赤い木枠がカラフルで、左右対称の二本の塔と中央にある大きなバラ窓も素敵ですよね」
「そうなんですよ! 色も形もメルヘンチックでとっても可愛いんです。中はどうなってるんでしょうねえ」
「うーん、歴史のある古い教会だから、中はあまり期待しないほうがいいと思いますけど。そういえば、アンさんは孤児院で何をしてるんですか?」
「実は、塗り絵といって……」
お喋りをしながら歩いているうちに教会の前に着いた。今日は孤児院には行かないから、子どもたちに見つからないようにコソコソと教会の中に入る。
白を基調とした教会の内部は、高い天井から柔らかな自然光が降り注いでいて、思ったより明るかった。
中央の祭壇の上にある大きなフレスコ画には、女神と天使が描かれている。他にも内壁のいたるところにフレスコ画があった。
シャルルさんが言ってたバラ窓というのは、ステンドグラスで作られた円形の窓のことで、そこからも色鮮やかな光が差し込んでいる。バラ窓の下には、荘厳な音を響かせそうな立派なパイプオルガンがあった。
奥のほうから、穏やかな笑みを浮かべたシリル神官が近づいてきた。
「アンさんに来訪していただけるとは嬉しいですね」
「シリル神官、このかたがフレイア様の石像を作ってくれた彫刻家のシャルルさんです」
「おお、あなたが! 初めまして。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。わたしはこの教会の神官シリルと申します」
「初めまして、シリル神官様。といっても、図書館でお見掛けしたことはあるのですが……」
「それは申し訳ございません。わたしは〈祈りの部屋〉にしか行かないものですから」
「いえ、俺も庭の石像を見てからアンさんと話をするくらいで」
「そうですよ! 二人とも図書館に来て全然本を読まないってどういうことですかね」
私がここぞとばかりに文句を言うと、二人とも苦笑いを浮かべた。
シリル神官に劣化した石像をいくつか見せてもらったが、顔にヒビが入っているものまであって驚いた。フレイア様がシャルルさんの石像を欲しがるわけだ。
シリル神官は、このままではフレイア様に申し訳ない。修復が困難なものは撤去して、新しい石像を置きたいと熱弁している。シャルルさんは真剣な表情でうなずいていたが、本当に俺なんかの作品でいいのかな、と不安そうだ。
「もちろんです。シャルルさんの石像は素晴らしい出来でした。しかも、あの石像が置かれてから、フレイア様のお力が増している。それでようやく気づいたのです。フレイア様が求めているのは、有名な彫刻家が作ったひび割れた像ではなく、フレイア様の美しさを表現した新しい像であると!」
「わかりました。そこまでおっしゃっていただけるなら……ご依頼を引き受けたいと思います」
その後、シリル神官から正式なお祈りの仕方を教えてもらい、私は初めて教会で祈りを捧げた。
最前列に座って、
「一度くらい姿を見せてあげたらどうですか? 実物のフレイア様を見たら、きっとものすごく美しい石像を作ってくれますよ」
と言ったら、いつもの光とともにフレイア様が祭壇の前に姿を現した。
え、これって、私以外にも見えてるのかな。
隣に座っていたシャルルさんを見ると、目ん玉を見開いているし、祭壇のそばにいたシリル神官は腰を抜かしていた。
ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。
ここまで読み続けていただき、ありがとうございます。
ターコイズ大聖堂は、ドイツにあるリンブルク大聖堂をモデルにしました。




