ジャポールの謎
料理のお披露目会が無事に終わってホッとした。
正直、あんなにたくさんの料理を作ったのは久しぶりだからヘトヘトだ。みんなが喜んでくれたのは嬉しかったけど、当分料理はしたくない。
部屋に戻ってすぐにお風呂を沸かし、少しぬるめの湯船にゆっくりと浸かった。
「はあー、極楽極楽」
風呂上がりにストレッチで身体を伸ばすと、固まっていた筋肉がほぐれていく。若いから身体も柔らかいし、なにより思い切り身体を伸ばせるのが嬉しい。
思えば、五十を過ぎた頃から、簡単な運動やストレッチでも股関節や膝を痛めるようになって、だんだんやらなくなったのよね。
何の心配もせずに動けるなんて、ありがたいことだわ。フレイア様、感謝いたします!
***
「忙しかったけど楽しい一日だったな。ぐっすり眠れそう……あっ!」
気持ち良くベッドに横になったところで、フレイア様に訊こうと思っていたことを思い出してしまった。
「どうしよう。明日でもいいんだけど……いや、やっぱり気になる!」
ベッドから飛び起き、パジャマのまま〈祈りの部屋〉に転移した。
「こんばんは、フレイア様。今日はジャポール料理というか日本料理というか、とにかく皆に料理を振る舞いました」
フレイア様の像の前で手を合わせると、いつものようにまぶしい光とともにフレイア様が現れた。
「ふふ。わたくしも見ていましたよ。日本料理とは呼べないでしょうから、ジャポール料理でいいのではないかしら」
「そうですね。……あの、フレイア様」
「どうしました?」
「前から気になってたんですけど、ジャポールって日本と関係がありますよね? どう考えても、あんなに和食や中華のレシピがあるのはおかしいですもん」
「そうですね。隠すことでもないのでお話しましょうか」
「お願いします!」
「今から二百年ほど前のことです。地球で生まれるはずだった魂が、なぜかマドモ・アーゼルで生まれてしまい、神界で大騒ぎになりました」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
えっと、私はマドモ・アーゼルで生まれるはずなのに、間違って日本で生まれたんだから……私と真逆のことが起こったってこと?
「私のときもですけど、どうしてそんな間違いが起きたんですか?」
「それが、いまだによくわからないの。魂を選別している天使たちが間違えるはずがないから、何かの因果律が働いたのか、あるいは質の悪い神のいたずらか……」
「神様にもわからないことってあるんですね。それで、前にこっちで生まれたひとは、どうなったんですか? ちゃんと地球に戻れたんですか?」
「もちろんよ。マドモ・アーゼルで生涯を終えた後、ちゃんと地球で転生してるわ。彼の希望で生まれるところからやり直したそうよ」
「すごっ。二度目の人生を赤ん坊からやり直すなんて、タフなひとですね」
「二度目ではなく三度目よ」
「え?」
「実は、彼には前々世の記憶が残っていたの。これも珍しいことよ。前々世、彼は日本で料理人をしていたんですって」
えーっ! なんか混乱する。
「……つまり、彼は日本で料理人だったときの記憶をもとに、和食や中華のレシピをジャポールに広めたんですね。これでやっと謎が解けました。あの、彼はジャポールで亡くなった後、また日本に転生したんですか?」
「いいえ、アメリカを希望したらしいわ。大リーガーになりたいんですって。抜群の運動神経と動体視力、それに無尽蔵の体力を地球の主神にねだったそうよ。なかなか図太い神経してるわよね」
フレイア様が楽しそうに教えてくれた。
「ふふ、ほんとですね。あれ? でも、二百年前にこっちで生まれたのに、なんで大リーガーなんて言葉が……」
二百年前だと日本はまだ江戸時代だよね。もしかして、二つの世界には時間のずれがあるのかな。
フレイア様を見ると露骨に視線を逸らされた。はいはい、訊くなってことですね。まあ、いいや。どうせ説明されてもわからないし。
「それにしても面白いひとですね。最後にちゃっかり新しい人生を歩むためのおねだりをするなんて」
「あら、アンだって結構細かい要求をしてたじゃない」
「それはそうですけど、私のは後ろ向きというか、そんな積極的なやつじゃなかったじゃないですか」
「それもそうね。でも、今は楽しそうに暮らしているから、わたくしも嬉しいわ。では、そろそろ行くわね」
「あっ、フレイア様! ここに連れてきてくれて、ありがとうございます!」
光の中に消えていくフレイア様に向かって叫ぶと、一瞬目を見開いてから、花がほころぶように笑った。
***
部屋に戻ってベッドに寝転んでも、なかなか寝付けなかった。
フレイア様に聞いた彼のことで頭がいっぱいだ。
いつから前世の記憶があったんだろう。さすがに生まれたときからってことはないよね。大きくなってから自然と思い出したのかな。そもそもゴボウや里芋なんて、日本人じゃなきゃ食べようって思わないよね。
そういえば、ジャポールって名まえは結局誰がつけたんだろう。
ジャパンとジャポール……やっぱり似てるよね。偶然とは思えないけど、国の名まえをつけられるのなんて、神様か王様くらい――。
まさか、彼がジャポールの国王だったとか? いや、まさかね。でも……もし彼が国王だったとしたら、国名を変えることも、和食を国中に広めることもできるよね。米の栽培や調味料の開発だって、ただの料理人にできる範疇を超えてるし、もし国費をつぎ込んだとしたら……。
考えれば考えるほど、間違いない気がしてきた。
このままじゃ気になって眠れない。フレイア様、戻ってきて教えてください。
彼って、ジャポールの王様だったんじゃないんですかー⁉
あれから何度か〈祈りの部屋〉でフレイア様に訊いてみたけど、返事もしてくれない。個人情報だから? それとも、因果律とやらに引っかかるのかしら。神様も結構話せないことが多いのね。
だったら自分で調べるしかないと、図書館にあるジャポールの歴史書を紐解いてみたら、それらしい人物を発見した。
名君、エドワード三世。全名は長すぎるので省略するが、まごうことなきジャポールの国王だ。
父王が早世し、十九歳で即位したときに国名を〝ジャポール〟に変えている。
他にも、初めて輪作を取り入れたとか、米や野菜の品種改良を行い、ジャポールの食文化を豊かにしたことなどが記載されていた。
たぶん、このひとで間違いないよね。
なんていうか、ものすごくパワーのあるひとだったんだな。
とても同じ日本人だったとは思えない。賢くて行動力があって、ちゃんと前世の記憶を生かして国を豊かにした。本当に凄いひとだ。
「大リーガーかあ……そういえば、最近はメジャーリーガーっていうわよね」
もしかして、昭和生まれのひとだったのかな。きっと次の人生でも夢を叶えたに違いないわね。
知っている大リーガーの顔を思い浮かべていたら、いつのまにか眠りについていた。




