ジャポールへ
夏季休暇中に、タンザナイトのトラビノ修道院に併設された図書館と、この国の東端にあるジョリアナ図書館にひとりで行ったことを話すと、ダイアナはわなわなと唇を震わせた。
「修道士たちが長きに渡り世界中の書物を集めたといわれているトラビノ修道院の図書館ですか……確か、あそこには表紙に宝石が散りばめられた福音書がありますよね」
「あったかなあ……」
本当は覚えてるけど、これ以上刺激するのは危険だ。
「おまけに、歴史のある文化遺産として国から保護されているジョリアナ図書館にも一人で行って来られたと……」
「ご、ごめんね。あんまり暇だったもんだから。次は絶対一緒に行こう。どこでもダイアナの好きなところに連れていくから」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ダイアナは満面の笑みを浮かべ、テーブルの上に世界地図を広げた。
ふう、機嫌が直って良かった。ダイアナの本に対する愛着というか執着をなめてたわ。ビールのお土産なんて渡さなきゃよかった……。
数日後、ダイアナが行く先を提案してくれた。
「館長さんは、東にあるジャポールという島国に興味があるんですよね。私もジャポールにあるバル・サ・ミコー図書館なら行ってみたいです。ただ、ジャポールの季節はエメラルド王国と反対なので、今行くと気温差がありすぎて体調を崩すかもしれません」
「じゃあ、秋になったら一緒に行こう」
「そうですね!」
海を越えるのは初めてだけど、ダイアナが一緒なら心強い。
そうして秋が深まる頃、私たちはジャポールへと転移した。
***
「どうやら一番奥の部屋に出たみたいですね。あっちの方から声がします」
「奥行きが深い造りなのね」
通路の両端に、びっしりと飴色の書架が並んでいる。
吹き抜けの天井にある色彩豊かなステンドグラスが、光を取り込んで室内全体を照らしていた。この世界に来てからはフレスコ画が当たり前だったので、なんだか新鮮だ。
「館長さん、入り口のほうに行ってみましょう!」
やたらと張り切っているダイアナについていくと、入り口に近づくに連れて人が増えてきた。
ファンタジー映画に出てきそうな雰囲気のある図書館だが、少し通路が狭いのが難点だ。そのせいか、テーブルや床にまで本が積まれている。
「ずいぶん大ざっぱな図書館ね。ジャポールの図書館はみんなこんな感じなのかしら」
「なんだか古本屋みたいですよね……あ、ガラスのランプだ。可愛いですね」
「あら、素敵。それにとても明るいのね」
「実はわたし、この図書館にある『天国へ上る階段』を上ってみたかったんです」
「なにそれ、怖い」
「素敵じゃないですか。どんな階段か気になるでしょ。ほら、あそこにありますよ。ちゃんと前から見ましょう」
ダイアナはそう言うが、階段の下にも見事な装飾が施されていて、下から見てもなかなか見応えがあった。
ダイアナに手を引かれて進んでいくと、図書館の中央にある『天国へ上る階段』の正面に出た。
真っ赤な階段が、途中から二手に分かれ、複雑な曲線を描きながら螺旋状に伸びている。妙な名まえがつけられたのは、この不思議な形状のせいか。
私たちは天国への階段を上った。
回るように階段を上りきると、二階の書架にたどり着いた。
「見てください。さっきの階段が橋みたいに見えますよ」
「ほんとだ。面白いね」
左右に分かれた階段が、反対から見るとたわんだ橋のように見える。ずいぶん洒落た造りだ。
「ここからだと天井のステンドグラスがよく見えるわね」
鮮やかな色の幾何学模様に目を奪われていると、いつのまにかダイアナが本を物色し始めていた。
私も珍しい本がないか探してみると、見覚えのある料理の載った本をたくさん見つけた。
「天ぷら、牛すじ煮込み、餃子……やっぱり日本に縁のある国なんだわ」
フレイア様は何も言ってなかったけど、前世が日本人だったひとが私の他にもいたんじゃないかしら。
今まで作ったことのない料理や、見たことのないジャポールの料理など、書き写したいレシピが山のようにある。
私は小声でナビに訊いた。
「ナビ、この図書館の本をスキャン出来る?」
『可能です』
うわー、出来ちゃうんだ。うちの図書館でもスキャンは試したことなかったのよね。なんか盗撮みたいで抵抗があったから。でも、前世なら図書館でのコピーは著作物の半分まで許されてるんだから、これくらいなら可愛いもんだよね。
なんてことを心の中で言い訳しながら、気になるレシピを片っ端からスキャンしていく。
結局、作りたいレシピを探して全部スキャンし終わるまで、二時間くらいかかった。ダイアナを探すと、爛々と目を輝かせて何かを読んでいた。
「私は買い物に行くけど、ダイアナはどうする?」
「私も行きますよ。買い物も楽しみにしてたんですから」
「ほんと? 嬉しいわ。だったら一緒に行きましょう!」
あんなに本が好きなのに、私に付き合ってくれるのね。
そういえば、王立図書館に行ったときもそうだったな。
「ふふっ、ダイアナは優しいわねえ」
「えー、そんなことないですよお」
図書館の外に出ると、暖かい空気に包まれた。
日本なら桜が咲く季節だけど、さすがにないわよね。
キョロキョロと辺りを見回し、少しだけがっかりした。
「思ったより暖かいですね。どこかでジュースでも飲みますか?」
「ううん。先に買い物してから休憩したいわ。みんなあっちの方に向かってるけど、何かあるのかしら」
「まだお昼には早いから、買い物に行くのかもしれませんね。ついていってみますか?」
「そうね。地元のひとが行く店なら欲しい物が見つかるかも」
***
彼らが向かったのは、活気のある商店街だった。
魚屋、八百屋、お菓子屋、お惣菜屋など、雑多な店がひしめき合っていて、店頭には道にはみ出すほど商品が並べられている。
行き交う人々を大声で呼び込んでいるのを見ると、上野のアメ横を思い出した。
じっくり見ながら歩いていると、店頭で味噌を売っている店を見つけた。
「ダイアナ、ここに入りたいわ!」
たくさんの種類の味噌が大きな器に入れられて並んでいる。私は合わせ味噌が好きなので、赤味噌と白味噌を混ぜてもらった。醤油も何種類かあったので、一番色の濃いものを買った。
ほくほく顔で歩いていた私の目に、馴染みのある白い物体が。
「豆腐だ!」
「トーフってなんですか?」
「とっ……説明が面倒だから後でね。 あっ、かつお節と海苔がある。青海苔も! お姉さん、これください。あと、生で食べられる卵があったら欲しいんですけど」
「うちにはないけど、向かいの店で売ってるよ」
やった! これで卵かけご飯と豆腐の味噌汁が食べられる!
「そうだ! お米は?」
「この奥に米屋があるよ」
「ありがとう、綺麗なお姉さん!」
買い物を終え、途中でどこかに消えたダイアナを探して古本屋に行くと、店長らしきひとと身振り手振りを交えて話をしていた。
「やっぱりここだった! 待たせてごめんね」
「いえ、おかげで面白そうな本を何冊か買えました。もういいんですか?」
「これ以上持てないから……」
五キロくらいの米と、味噌と醤油だけでも重いのに、大根と里芋、他にも欲しい物を持てるだけ買ったものだから、鞄二つに分けたけど腕がちぎれそう。
「しょうがないですねえ。半分持ってあげます」
「いいの? 悪いわねえ」
「その代わり、これで作った料理を食べさせてくださいよ」
「いいけど、ダイアナに食べられるかなあ……」
「そんなに不味いんですか⁉」
「いや、そういう意味じゃないんだけど」
生卵ってたぶん無理だよね。味噌汁なら大丈夫かな。あ、煮物なら食べやすいかも。
考えているうちに、ダイアナがどんな反応をするか楽しみになってきた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回出てきた図書館は、ポルトガルにあるレロ・イ・イルマオンという有名な本屋さんをモデルにしました。このお話ではもう少し大きくて広いイメージです。




