カフェを作ろう 2
夏季休暇七日目。
ハリーは借りていたアパートを出て、カフェに荷物を運び込んだ。
「荷物ってこれだけ?」
「はい。もともと最低限の物しかないんで。館長、これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね」
さっそくハリーと一緒に、カフェの内装、キッチンの流しやコンロ、収納棚などを設置した。ああでもないこうでもないと話しながら、一から作っていくのは楽しかった。
食事と昼寝を終えてから、ハリーを連れてインベントリに入ることにした。
その前に本の妖精たちと挨拶を交わしていたけど、明るいひとだからすぐに仲良くなれたみたい。
「いやー、妖精って可愛いですね」
と、にやけている。
「昨日カイにも会ったじゃない」
「カイは、カイ先輩って感じだから……」
「ああ、なんかわかるかも」
同じ妖精でも、カイは人生の先輩って感じがするのよね。剣の妖精だから、相当な修羅場をくぐり抜けてきたのかしら。七十八歳なんて、カイからすればまだまだひよっこなのかもしれないわね。
魔法に慣れてきたハリーもインベントリにはさすがに驚いていた。
「おおっ! なんですか、ここ。天井高っ! すげえ、本があんなに。こっちには家具も!」
「あんまりお洒落な物はないかもしれないけど、使えそうなのは持ち出していいから」
「やった! 探してみます!」
ハリーはまずテーブルを選んでから、それに合う椅子を探している。セットで揃えるには数が足りなかったから、違ったデザインの木のテーブルと椅子を上手く組み合わせていた。
最後に、カフェで使う道具や食器などをどこからか見つけてきた。抜け目ないのは商売人としていいことだ。
「あとは俺が買うので、これくらいあれば十分です」
「お金は足りるの?」
「大丈夫です。いつか店を持ちたいと思って、コツコツと貯めてましたから。それに、館長に頼り切りというのも情けないですからね」
「わかった、素敵なカフェにしようね」
結局、残りの夏季休暇は、カフェの準備を手伝ったり、広さや間取りを使いやすいように変更したり、料理を味見したりして、あっという間に終わってしまった。
実家から戻ったダイアナは、期待を裏切らずに驚いてくれた。
「キャーッ! なんですか、これ! え、カフェ? カフェを作ったんですか⁉ うわー、お洒落ですねぇ。王都にある流行りのカフェより素敵ですよ!」
「ダイアナ、この方が店長さんよ。カフェの二階に住むことになったからよろしくね」
「初めまして。ハリーと申します」
「ダイアナです。素敵なお店ですねえ。この外観なら女性も入りやすいから、きっとたくさん来てくれますよ!」
「だと嬉しいんですけど」
若者たちが交流するのを温かく見守った。
うんうん、仲良くしておくれ。
そういえば、ダイアナはずいぶん姿勢が良くなったわね。ここに来た頃は身長を気にしてるせいか、少し猫背だったけど。
騎士団にはダイアナより背の高いひとも多いし、くだらないことを言うやつもいないから、気にならなくなってきたのかもしれないわね。
いつかダイアナが結婚しても、仕事を続けてくれるといいんだけどなあ。そうだ、この世界にはない育児休暇制度を取り入れようかな。休み中も何割か給料を出してあげたら、辞めるとは言わないんじゃないかしら。子どもが増えるなら保育所も考えたほうが……って、ダメダメ。また余計な仕事を増やそうとしてる。
まだ結婚したわけでもないし、そもそもダイアナは貴族なんだから子守を雇うのが普通なんだよね。
今はカフェを無事に開店すること集中しなきゃ!
***
夏季休暇が終わると、さっそく図書室の常連や子どもたちが来館してくれた。
みんな日に焼けて元気そう。休暇を楽しんだみたいね。
「子どもたちにカフェのことを訊かれましたよ」
とダイアナが教えてくれた。
「私も。みんな興味津々ね。キャサリンもすごく楽しみだって言ってたわ」
「キャサリンさん、コーヒーがお好きですもんね」
「私も大好きだから楽しみよ!」
この世界にはインスタントコーヒーがないから、めんどくさくて紅茶ばかり飲んでたのよね。
「そうそう、ハリーが開店前に料理をご馳走してくれるっていうから、閉館後に一緒に行こうよ」
「わあっ、いいんですか? 楽しみです!」
仕事を終えた私たちはカフェに向かった。カフェの名まえは〈ラピスラズリ〉に決めたという。ハリーに名まえの由来を聞くと、
「ラピスラズリは聖なる石と呼ばれているので、フレイア様に愛されているこの図書館にピッタリだと思ってつけたんです」
「まあ、嬉しいわ。ハリー!」
図書館の中にも外にもフレイア様の像があるので、熱心な信者だと思われてることはわかってたけど、まさかそんなことまで考えてくれてたなんて。
「前から噂は聞いてたんです。この図書館に来ると怪我や病気が早く治ったり、身体の調子が良くなったりするって。正直、胡散臭い話だと思ってたんですけど、ここに引っ越してきてから俺もすごく体調が良くて。それで、ここはフレイア様に愛されてる聖地なんだと実感したんです」
「聖地はちょっと大げさな気がするけど、フレイア様の偉大さが伝わったのは嬉しいわ。ラピスラズリ、素敵な名まえね」
「わたしもそう思います。今日のお料理も楽しみにしてたんですよ!」
「ダイアナったら」
「ありがとうございます。どうぞ、こちらに座ってください。料理をお持ちします」
案内されたテーブルからは、図書館と庭がよく見えた。
「窓が大きいけど、木陰になってるから昼間でも眩しくなさそうですね」
「そうね。外にテーブルを置いてもいいかもしれない」
「ああ、天気の良い日は気持ち良さそうですねぇ」
ハリーに余裕が出てきたら提案してみようかしら。
「お待たせしました」
「うわー、美味しそう!」
料理を目にしたダイアナがはしゃぐ。
「美味しそうね。それに、いい匂い」
「ハムとチーズをはさんだクロックムッシュと卵がたっぷり入ったサンドイッチです。これにサラダと飲み物をつけた二種類をセットで出すつもりです」
「最初はランチメニューだけで営業するのよね」
「はい。まだディナーまでやれる自信がないので。それで、館長に相談なんですが、養護院の子をひとり、料理見習いとして雇ってもいいでしょうか? できればここの二階に住まわせたいんですけど」
「よく知ってる子なの?」
「はい。まだ十二歳ですけど、賢くて気の利くやつです。亡くなった母親が元貴族だったらしくて、読み書きと計算もできます。レオンっていうんですけど」
「あ、緑色の目をした茶髪の子でしょ。塗り絵をしているときに手伝ってくれたから覚えてる。あの子なら大歓迎だけど、まだ小さいから無理をさせないように気をつけてね」
「わかりました。ありがとうございます! 明日にでも引っ越してくるように伝えます」
「良かったですね、ハリーさん」
「ありがとうございます、ダイアナさん。すみません、お邪魔しちゃって。冷めないうちに食べてください」
では、まずは熱々のクロックムッシュから。
「あつっ! ふわあ、チーズが溶けて美味しいですねえ」
「カリッとしたパンとコクのあるホワイトソースが合うわあ」
「サンドイッチは卵のボリュームがすごいですね!」
「マヨネーズに小さく刻んだピクルスが入ってるのね。ダイアナ、サラダも食べてみて。新鮮な野菜にハリー特製のドレッシングがよく合うわよ」
「うん、すごく美味しいです。ハリーさん、このドレッシングは何が入ってるんですか?」
「すりおろしたニンジンです。実はこれ、館長から教えてもらったんですよ」
「アイデアだけね。まさか、こんなに美味しいドレッシングになるなんて思わなかったわ」
この国の人達は、なぜかサラダやドレッシングにあまり興味がない。パサパサした野菜をビネガーとオリーブオイルを混ぜたシンプルなドレッシングで食べるのが当たり前だと思っている。
様々なドレッシングがスーパーに売られているのが当たり前だった私としては、もっと色々な味を食べたかった。
ハリーにアイデアだけをいくつか伝えてみたら、私の予想を超えるほど美味しいドレッシングが出来上がったというわけ。これからも色々な味を楽しめそうね。
全部食べ終わると、さらにデザートが追加された。
「チョコレートケーキとラズベリータルトです。二つとも食べられますか?」
くっ。両方ともなかなかのボリュームね。
「……ダイアナ、まだ食べられそう?」
「デザートは別腹ですから!」
「それはどこの世界も同じなのね」
「え?」
「なんでもないわ。ありがとう、ハリー。いただくわ」
私たちはお腹がパンパンになるまで食べ続けた。
「苦しい……」
「もう駄目ですぅ」
ハリーは笑いながらコーヒーを出してくれた。
「すみません。無理させてしまって」
「ううん、美味しかったわ」
「とっても美味しかったです。うぷっ、失礼……」
食後のコーヒーは、こくがあって深い味わいだった。
「はあ、落ち着くわ」
「そうですねえ」
四日後、カフェ〈ラピスラズリ〉がオープンする。




