塗り絵
アルベールさんが孤児院の院長先生に紹介してくれたので、持ってきた絵を見せ、子どもたちと一緒に塗り絵をしたいとお願いした。
「まあ、よろしいんですか? こんな綺麗な絵に」
院長先生は、ふくよかで優しそうな女性だった。
「そうだわ、レオンに手伝わせましょう。あの子は子どもたちの世話に慣れてますから。とっても気の利く子なんですよ。レオン、ちょっと来てちょうだい」
「はーい」
院長先生に呼ばれて、緑色の目をした茶髪の少年が走ってきた。
「あれ? アルベールさん。どうしたの?」
「俺はただの付き添いだ」
院長先生がレオンくんに私を紹介してくれた。
「レオン、この方は図書館の館長さんなの。とても素敵な絵を持ってきてくださったから、お手伝いしてちょうだい」
「わかりました」
「よろしくね、レオン」
「はい」
テーブルのある食堂で、私が前に立ち、子どもたちに説明した。
「こんにちは。今日は皆さんに、塗り絵をしてもらおうと思います」
「ぬりえー?」
「ぬりえってなにー!」
やっぱり知らないか。
わたしは自分が描いた絵を見せた。
「この絵には色がついてませんよね」
「うん」
「ついてなーい」
「このままじゃつまらないから、みんなで色を塗ってください」
「「「ええーっ⁉」」」
ふふ、驚いてる驚いてる。
「そのためにクレヨンという色を塗る道具を持ってきました。今、アルが配っている物です」
目の前にクレヨンを置かれて、子どもたちがザワザワし始めた。
「みんな、ちゃんと聞いて」
レオンくんが気を利かせて注意してくれている。
「まず、どの絵に色を塗るか決めようね。お花、うさぎ、犬、おうち、妖精、食べ物なんかもあるよ」
私が促すと、レオンくんが手に持っていた画用紙をテーブルの上に広げてみせた。
「たくさんあるから順番に取れよ」
「あたし、おはなにする」
「おれ、いぬがいい!」
「ようせいしゃん」
子どもたちが好きな絵を手に取っていくなか、大きな手が伸びてきた。
「わたしも塗りたいな」
「シリル神官⁉」
「いいでしょ?」
ぐっ、上目遣いでおねだりするとは。これだからイケメンは!
「わかりました。どうぞ」
「なら俺も」
は? アルベールさんまで。なんで張り合うかなあ。
「はいはい、お好きな絵を選んでください」
(この人達のことは放っておこう)
「みんなー! どの絵にするか決まったかなー?」
「「「「はーい!」」」」
「じゃあ、どんどん塗っちゃってください!」
子どもたちは物珍しげにクレヨンを手にした。
最初はおそるおそる塗っていたが、すぐに大胆に手を動かすようになった。
「そうそう。はみ出てもいいから、好きな色を塗ってね。犬が黄色でも、空がピンクでも、なんでもいいよ」
「えー、いぬがきいろってへんだよ」
「いいのいいの。塗っちゃいけない色なんてないんだから」
「ふうん」
子どもたちが楽しそうに色を塗るのを見ていると、私の心も弾んだ。
「せんせー、出来ました!」
とシリル神官が手を挙げた。
「はいはい……あら、シリルくん上手ですね」
お世辞ではなく、シリル神官は木の絵を選んでいたが、薄い色に重ね塗りして、上手に陰影をつけていた。
「絵を習ったことがあるんですか?」
「ええ、少しばかり」
同じノリでアルベールさんにも声をかけた。
「アルベールくんはどうかな……んっ⁉ これはなかなか……個性的でいいね。ププッ」
「笑うなよ」
「ごめんなさい」
ベッタリと塗られたこげ茶色は、思い切り線をはみ出している。それはいいのだが……毎日のように馬に接しているのに、どうしてこうなった⁉︎
ズドンとしたボディにバサバサのたてがみ。おまけに馬の目が大きすぎておかしなことになっている。
シリル神官がひょいと絵を覗き込む。
「ほんと、個性的ですね。魔獣かと思いました」
「うるせえ!」
シリル神官に揶揄われて、アルベールさんが絵を隠す。なんだか二人とも小学生みたい。
だけど、まさかアルベールさんが〝画伯〟だったとは。なんでも出来そうなのに意外だわ。
塗り終わった絵を皆で見せ合っていると、スラっとした赤髪の青年が部屋に入ってきた。
「あれえ、なにやってんの?」
「よお、ハリー」
「アルベールさん、来てたんだ」
「彼女を案内してきたんだ」
「え、アルベールさんの彼女?」
「ちげえよ、失礼だろ。こちらは図書館の館長のアンさんだ。アン、彼はこの孤児院出身のハリー。カフェで働きながら、いつか自分の店を持ちたいって頑張ってるんだ」
「へえ、凄いですね」
「いやあ、それが……」
ハリーさんは顔を引きつらせてうつむいた。
「どうした?」
アルベールさんが訊くと、ハリーさんは苦々しげに語った。
「実は、俺が働いてた店、今度王都の方に移転することになったんだ。当然、俺もそっちで働けるもんだと思ってたのに、オーナーのやつ『王都に行けば貴族の客が増えるから孤児院出身のやつは雇えない』って……」
「そいつはひどいな」
「ほんと、ひどいです!」
「そういう差別には慣れてるけど、三年も勤めてたから結構ショックだったんだ」
初めて身分の差を目の当たりにした気がする。
この世界には王族や貴族が存在するんだから、格差が大きいのはわかってたけど。
何か力になれないかしら……。
私はアルベールさんに、こっそりと訊いた。
「ハリーさんて、カフェで料理担当だったんですか?」
「ああ、そうだ」
「彼の作った料理、食べたことありますか?」
「もちろん。店にも食べに行ったし、ここでも何度か食わしてもらったけど、すごく美味かったぞ」
「そうですか……。ハリーさん、紹介したい店があるので、興味があるなら一度うちの図書館に来てくれませんか?」
「ほんとに⁉︎ もちろん行きます!」
「よかった。いつ頃来られますか?」
「店はもう辞めたんで、いつでも大丈夫です」
「じゃあ、明日にしましょうか」
「おい、アン。今は休暇中だろ。いいのか?」
「まあ、そろそろ休みにも飽きてきたので。アルベールさん、明日は忙しいですか?」
「いや、休みだけど……」
「じゃあ、ちょうどいいですね。明日ハリーさんを連れて二時に図書館に来てください」
「俺、一人でも行けますよ?」
「いや、俺も行くよ。おまえ一人で行かせるのは不安だからな」
なんでだよと言いながらも、ハリーさんは嬉しそうだ。きっとアルベールさんのことが大好きなんだろうな。
人生って面白いもので、たまにこういうことがある。
必死に探していたものが偶然手に入ったり、悩んでいたのが嘘みたいに解決したり。
今日ハリーさんに出会えたのも、きっと良い巡り合わせなんだと思う。




