孤児院へ
夏季休暇五日目の朝は、静かに絵を描いて過ごした。
実はこれ、塗り絵なのだ。
孤児院の子どもたちのためにカードの絵を描いたら、とても喜んでくれたようなので、また何かプレゼントしたいと考えていた。
そこで思いついたのが塗り絵だ。
この世界では紙は高価な物なので、おそらく孤児院の子どもたちは紙に絵を描いたことがない。もちろん、地面に落書きくらいはするだろうけど、いきなり紙に絵を描けと言われても戸惑うだろう。
その点、塗り絵なら色を塗るだけでいい。私も小さい頃は塗り絵が大好きだった。女の子が素敵なお洋服を着てポーズをとっている絵に、好きな色を夢中になって塗ったものだ。
花、動物、妖精、食べ物。
思いつくまま画用紙にイラスト風の絵を描いていった。初めてなんだから、単純な絵のほうが塗りやすいだろう。
「出来た!」
私は描き終わった塗り絵の束とクレヨンをいくつか鞄に詰めて、黒曜騎士団の詰所に向かった。リュカくんの一件があったときに来ていたので、うろ覚えだったけどなんとか辿り着けた
「アンさん! どうしたんですか、こんなところに」
「ほんとだ。アンちゃんだ!」
最初に声をかけてくれたのは女性騎士のジョディさん。相変わらず逞しい。私をアンちゃんと呼んだのは熱心な信者のセルジュさん。相変わらず軽い。
「こんにちは、ジョディさん。前にカードをあげた孤児院に慰問に行きたいんですけど、場所を教えていただけますか?」
「まあ、ありがとうございます! 子どもたち喜びますよ。メープル孤児院まで歩くと結構あるから、私の馬に乗っていきますか?」
「いえいえ、馬には乗ったことないので歩いて行きます」
「なんなら俺が乗せてあげようか?」
「セルジュは駄目!」
「えー、なんで……あ、お疲れ様です!」
話している最中、大きな馬に乗ったアルベールさんが帰ってきた。知らない騎士様も一緒だ。
「……アン?」
「おかえりなさい」
「どうした、また何かあったのか?」
アルベールさんが、ひらりと馬から降りた。
「違います!」
私はブンブンと首を横に振った。
「そうだ、副団長が送ってあげればいいじゃないですか」
セルジュさん、余計なこと言わないでー!
「ん? どこにだ?」
「いえ、お疲れでしょうから気にしないでください。私は地図さえ書いてもらえれば――」
「メープル孤児院に慰問に行きたいんですって」
ああ、ジョディさんまで。
「なんだ、そうか。アン、俺はもう上がりだから一緒に行こう。着替えてくるから待っててくれ」
「あ……はい」
つまり夜勤明けってことよね。大した用事じゃないのに申し訳ないなあ。
「アンちゃん、気にしなくてもいいよ。副団長、体力おばけだから」
「あははは……」
***
「なんか、すみません」
「気にするな。どうせ帰っても寝るだけだ」
先に帰るという妖精のカイと別れ、二人で歩いて孤児院に向かった。
私の歩く速度に合わせて、ゆっくり歩いてくれてるのがわかる。
フレイア様に頼んで、もう少し脚を長くしてもらえばよかった。
「そういえば、今日もお仕事ってことは、騎士団って夏季休暇はないんですか?」
「いや、交代でとってるんだが、妻子持ちが最優先だから、俺も含めて独身のやつらは後回しなんだ」
「あー、それは仕方ないですねえ。ということは、さっき詰所にいた人達はみんな独身なんですね」
「そうだ。だが、ジョディは婚約中だから、もうすぐ結婚するんじゃないかな」
「ジョディさんが⁉ それはおめでたいですね」
「まあな。図書館は今、休館中だろ?」
「はい。あと五日も休みがあるのに、なんだか思ったより長くて……ずっとゆっくりしたいと思ってたのに、なんででしょうね……」
なんとなく前世のことを思い出していたので、妙な言い方になってしまった。
沈黙に耐えられなくなった頃、アルベールさんが言った。
「仕事が好きだから、会いたいやつがいるから、疲れすぎて何もできないから……それくらいしか思い浮かばないな」
ずっと考えてくれてたんだ!
真面目というか不器用というか。思わずフフッと笑ってしまった。
「なにかおかしいこと言ったか?」
「ううん、真剣に考えてくれたんだなあと思って」
「大した答えは浮かばなかったけどな。今日は来てくれて良かったよ。一度、アンを孤児院に連れていきたいと思ってたんだ」
「ほんとに? 私もずっと行きたかったんですよ」
「そうか。もっと早く誘えばよかったな」
「いつでも声をかけてください。無理なときはちゃんと言いますから」
「わかった」
***
メープル孤児院は、大きな教会の隣にあった。
私たちが孤児院の前に着いたとき、子どもたちは畑の野菜の収穫を手伝っているところだった。
「あ。アルだあ」
「アルがきた!」
手にトマトやきゅうりを抱えた子どもたちが、アルベールさんを見つけて走ってくる。
「大人気ですね、アル」
「その呼び方はやめろ」
「このおねえちゃん、だあれ?」
可愛い女の子がアルベールさんに尋ねた。
「このひとが図書館の館長のアンさんだよ」
「カードに絵をかいてくれたひとだ!」
と元気な男の子が叫んだ。
「お、よく覚えてたな」
アルベールさんがガシガシと男の子の頭を撫でる。
「アンさんじゃないですか」
「シリル神官! なんでここに? あ、もしかして、隣の教会にいらっしゃるんですか?」
「そうですよ。知らなかったってことは、わたしに会いに来られたわけじゃなさそうですね。残念です」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。このエロ神官め」
アルベールさんが私とシリル神官のあいだに割り込む。
「アンさん、そんな下品なやつ放っておいて、教会で一緒に祈りを捧げませんか」
シリル神官は、彼を無視して私に話しかける。
この二人、どうしてこうもそりが合わないのかしら。
ここに来る途中聞いたけど、アルベールさんとシリル神官は仕事上の知り合いなだけで、普段は会うこともないらしい。
――なのに、なんでそんなに毛嫌いしてるんですか?
――あいつ、笑った顔が胡散臭いから苦手なんだよ。言い方もなんか癪に障るし。
(まったく、子どもじゃないんだから)
「すみません。今日は子どもたちと遊ぼうと思って」
私が誘いを断ると、シリル神官はアルベールさんの苦手な胡散臭い笑顔を浮かべた。
「そうですか。では、またの機会にでも」
「こっちだよ!」
「はやく、はやく」
私とアルベールさんは、子どもたちに引っ張られるようにして、孤児院の中に入っていった。




