二日目 タンザナイトへ
なんということでしょう。
夏季休暇二日目にして、時間を持て余してしまっている。のんびり生きるのがモットーなのに、そんな馬鹿な。
なぜか読書欲が湧かないうえに、気がつくと、子どもたちに書き取り帳を作ろうかなとか、三階の空き部屋を何かに使えないかなとか、図書館のことを考えてしまっている。もしかして、ワーカホリックとかいうやつだろうか。
いっそ、どこかに出かけようかな。うん、いいかもしれない。前世ではやったことがないけど、一人旅には憧れていた。今の私なら、図書館のあるところなら世界中どこへでも行けるんだし。
思い立ったが吉日、私は図書室にある机の上にマドモ・アーゼルの世界地図を広げた。
「この世界は大きな大陸と小さな島々でできてるんだよね。エメラルド王国は大陸の西側にある大国。このあいだ行った王宮のあるクリソプレーズは国の真ん中で、私が住んでるターコイズは国の東端。こうして見ると、隣国のアメジスト王国にも近いんだな。ふむふむ。ジャポールは……あった! 大陸からずいぶん離れてるのね」
ジャポールに興味はあるけど、いきなり海の向こうへ転移するのは怖い。一人旅は初めてだし、もっと近場で探すことにしよう。
「ナビ、女性が一人で旅をしても大丈夫そうな国ってどこかな? もちろん図書館のあるところで」
『中立国のタンザナイトをお勧めします。自然豊かで外国からの観光客を積極的に受け入れている国です』
「タンザナイトね」
大陸の北東にある国ね。いいかもしれない。
『タンザナイトには世界一美しいといわれる図書館があります』
「そうなの?」
『トラビノ修道院に併設された図書館で、敷地内の醸造所で自家製ビールを作っています』
「自家製ビール⁉ なにそれ、美味しそう!」
生前、私はビールが大好きだった。お酒には強いほうだったので、ビール太りしないように気をつけていたほどだ。
「これはもう決まりね!」
おしゃれをして財布を鞄に入れれば、出発準備完了だ。
「ナビ、トラビノ修道院の図書館へ転移して」
『了解しました。タンザナイトにあるトラビノ修道院の図書館へ転移します』
***
「うわあ……」
図書館の半円形の天井には、いくつもの美しいフレスコ画と、それを縁取る真っ白な漆喰の装飾が施されている。
「凄い! 装飾がでこぼこしているせいか、王立図書館よりもゴージャスに見えるわ」
書架にはフレイア様の名まえが書かれた本がたくさんあるけど、トラビノ修道院ってフレイア正教の支部みたいなものなのかしら。
「あ、こんなところにオルガンが! わっ、フレイア様の像も!」
「お嬢さん、ここに来るのは初めて?」
私がはしゃいでいたからか、親切そうなおばさまが話しかけてくれた。
「はい、初めてです。うるさくしてすみません。あの、とっても素敵な図書館ですね」
「そうでしょ。この街の自慢なのよ。ここは〈神学の部屋〉と呼ばれていて、神学の本や世界中の言語で書かれた聖書が置いてあるの。あっちにある〈哲学の部屋〉には哲学や天文学の本があるわ」
「へえ、部屋によって置いてある本が違うんですね。あっちにも行ってみます。教えてくれてありがとうございました」
「哲学の部屋も綺麗だから、ゆっくり見て行ってね」
「はーい!」
おばさまに手を振り、渡り廊下を通って〈哲学の部屋〉に向かった。廊下の両側にはたくさんのキャビネットが置かれていて、何百年も前の手書きの写本や、表紙に宝石が散りばめられた福音書などの貴重な本が収められていた。
渡り廊下を抜けると〈哲学の部屋〉に出た。
「わあ……!」
隙間なく本が並べられた、天井まで届く重厚感のある書架。青を基調としたアーチ型の天井には、人類の歴史のようなものがフレスコ画で一面に描かれている。
王立図書館に行ったあと本で調べてみたら、フレスコ画とは湿っている新鮮な漆喰を施した壁や天井に、水で溶いた顔料を使って絵を描く壁画技法のことだと書いてあった。
どうしてそんな面倒な技法で描いたのか不思議だったのだが、漆喰が乾くと同時に顔料も乾いて壁の一部になるから、フレスコ画は長期間色が鮮やかに残るらしい。
そういえば、最古のフレスコ画は2万年前の『ラスコー洞窟の壁画』だって学校で習ったわ。確か、今でも馬や牛の形がはっきりとわかるのよね。
世界一美しいといわれる図書館を堪能したあと、敷地内にあるビールの醸造所に向かった。
外はまだ明るいのに、テラスではたくさんのひとがビールを飲んでいる。
いいなあ、私も早く飲みたい。
テラスを突っ切って建物のドアを開けると、銅製の大きな醸造窯がデデンと二つ置かれていた。
おお、この中に自家製ビールが!
中はビアホールになっていて、ここもたくさんのひとで溢れていた。
カウンターに座ると、中にいた店員が近づいてきた。ちょっと修道士っぽい恰好だけど、まさか本物じゃないわよね。
「エメラルド王国のお金しかないんだけど使える?」
「もちろん大丈夫さ。レートはそっちのほうが高いけどいい?」
「構わないわ。手間賃よ」
「いいね! 注文は? といってもビールと簡単なつまみしかないけど」
「自家製のビールが飲みたい。つまみは適当で」
「オッケー! 最高のビールを飲ませてあげるよ」
エセ修道士のような店員が出してくれたビールは、嘘のように美味しかった。
「うっま!」
思わず声が出ると、彼は「そうだろ」と自慢げにうなずいた。
コクがあってフルーティーで飲みやすい。
「なにこのビール。今まで飲んだなかで一番美味しい!」
大きな声で言うと、周りにいたお客さんたちまで「そうだろ」と笑顔になった。
皮がパリッとしたジューシーなソーセージと、カリカリのフライドポテトを食べながら、何杯もビールをおかわりした。
考えてみたら、異世界に来てから初めてのビールだ。ターコイズではみんなワインを飲んでいたので、てっきりこの世界にはビールがないんだと思ってた。まさか、こんなところで美味しいビールに出会えるとは。
「トラビノ修道院、最高!」
「「「ウェーイ!」」」
「自家製ビールも最高!」
「「「ウェーイ!」」」
周りにいた人たちと乾杯を繰り返し、変なダンスをおじさまと踊ったりして、楽しい時間を過ごした。
エセ修道士に頼んで、お土産にビンビールを詰められるだけ鞄に詰めてもらった。
うへへ、ダイアナにも飲ませてあげるんだあ。
世界一美しい図書館へ戻り、もう一度目に焼き付けてから私の図書館に転移した。
「いま、帰ったどー! ナビ、ごくろうであった!」
酔っ払いの相手はしたくないのか返事がない。
「フーンだ。いいもーん。冷蔵庫でビール冷やしておこうっと」
こうして夏季休暇二日目は、ひたすら飲んだくれて終わったのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回出てきた図書館はチェコにあるストラホフ修道院の図書室をモデルにしています。




