事件の裏で
「お疲れさまです、館長さん」
「ダイアナもお疲れさま。ちょっと紅茶でも飲まない?」
「いいですねえ」
私とダイアナは、受付奥の部屋のソファに腰を下ろした。
紅茶と茶菓子を用意して一息つく。
「はあ、しみるわあ」
「なんか、大変な騒ぎでしたね」
「ほんとにねえ……」
***
ギガ教の司教たちが帰ったあと、館内で騎士団の人達と今後の対応について話し合った。
最初にアルベールさんが意見を述べた。
「おそらく、あいつらはこれからも同じ騒動を繰り返すだろう。そこで提案なんだが、しばらく門番代わりに騎士団を常駐させてはどうだ? 団長には俺が許可を取る」
「お気持ちはありがたいですけど、相手をするのも嫌なんで、とっとと決着をつけたいです」
「気持ちはわかるが、今のところ門の外で騒いでるだけだから、身柄を拘束するのは難しいだろうな」
そうなのよね。なまじバリアが弾いてるものだから、器物損壊も不法侵入もされてない。いっそのこと中に入れてやったほうが良かったかしら。
「あの、わたし思うんですけど、あの人達、今夜も来るんじゃないですかね」
ダイアナが、おずおずと手を挙げて言った。
「なぜ、そう思うんだ?」
アルベールさんの目が鋭く光る。
「一番騒いでたのが大司教なんですよね。あのひと、絶対何か企んでますよ。最後、ちょっと笑いながらこっちを見てましたもん」
「俺も気になることが」
新人騎士のエリックさんが手を挙げた。
「なんだ?」
「あのとき、俺は最後尾にいたんですが、大司教が通り過ぎるときに『このままで済むと思うなよ』という声が聞こえたんです」
「そうか。しかし、門の中には入れないとわかっているのに、いったい何をするつもりなんだ」
「もしかしたら、門の外から何かを投げて、図書館を爆破したり燃やしたりするつもりなのかも」
私が思いついたことを伝えると、皆がギョッとした顔になった。
「戦闘ではよくある話だが、そこまでやるだろうか……」
「わからないけど、万が一の場合に備えて対策だけはしっかりしておきたいです」
「同感です!」
とダイアナがまた手を挙げた。
「この図書館に何かあったら、皆さんだって本が読めなくなるんですよ!」
「それは困る」
「なんとかしないと」
今まで黙っていた騎士団の本好きたちが、すぐさま反応を見せる。
「うーん……アン、この図書館は攻撃してくる物体も弾くことができるのか?」
「どうでしょう。やってみないとわかりませんが、設定が『悪意のあるもののみ入館拒否』なので、もしかしたらできるかも……?」
「なるほど。悪意のあるひとじゃないんだな。じゃあ、実験してみるか。エリック! おまえ、門の外から石を投げてみろ」
「はい! あ、でも、そんなことをしたら、もう二度と図書館に入れなくなるんじゃ……」
「エリックさん自身に悪意がなければ大丈夫だと思います。無心で投げてください!」
私は新人騎士のエリックさんを励ました。
「えー、無心って結構難しいかも……」
皆で図書館の外に出て、エリックさんだけが小さな石を拾って門の外に出た。
「じゃあ、投げますよー!」
「おお、頼んだぞ」
「無心、無心……おりゃあ!」
エリックさんの投げた小石は、放物線を描いて門の中に入る……かと思いきや、バリアにはじかれてエリックさんの頭に命中した。
「いてっ!」
「おお! 弾いたな」
「やった!」
私と騎士団たちが喜んでいるなか、ダイアナだけがエリックさんのそばに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「まあ、血が出てるじゃありませんか」
「これくらい、たいしたことじゃありませんから」
「何を言ってるんですか! 早く手当をしましょう」
ダイアナに支えられて、エリックさんが恥ずかしそうに図書館の中に戻っていく。
誰かが小さく口笛を吹いた。
あらあら、そういうこと?
「若いっていいわねえ」と言ったら「おまえが一番若いだろ」とアルベールさんに呆れられた。
見た目はそうですけどね。
わたしゃもう恋愛なんていいんですよ、と心の中で呟いた。
検証の結果、バリアは攻撃する物を跳ね返すことが確認された。
「それに、跳ね返った石が変な軌道で俺の頭を直撃したような気がします」
と頭に包帯を巻いたエリックさんが言う。
「つまり、おまえの頭を狙ったと?」
「はい。そう思います」
エリックさんの意見に、アルベールさんが考え込む。
「だとしたら、ギガ教の神官たちが危険物を投げ込もうとしても、すべてあいつらに跳ね返るということか」
「……プッ」
誰かが吹き出した。
それにつられて誰かが「くくっ」と笑い、あっという間にその場にいた全員の笑いが止まらなくなった。
「ひゃははは、おもしれえことになりそうだな!」
「バカなやつらだぜ!」
私とダイアナもお腹が痛くなるほど笑った。
ひとしきり笑ってから、私はアルベールさんに頼んだ。
「今夜だけでいいので、門の中で見張りをしてくれませんか?」
「わかった。交代で見張ることにしよう」
「食事はこちらで用意しますね」
「それはありがたい」
「それから、もしあいつらが何かしようとしても、罪を犯すまでは捕まえるのを我慢してください」
「……仕方ないだろうな。未遂となればまた野放しになる」
「万が一に備えて、被害が広がらないよう万全の対策をしておきたいのですが、黒曜騎士団に水魔法を使えるひとはいますか?」
「ああ、いるぞ。セルジュ! ジンとカールが詰所にいるはずだから連れてきてくれ」
「了解!」
良かった。これで少しは安心ね。
「怪我人が出たときのためにシリル神官も呼んでおくか」
「シリル神官を?」
「なんだ、知らないのか。あいつの治癒魔法はなかなかだぞ」
「……知りませんでした」
「まあ、そのへんは本人に聞いてくれ」
***
これが、火矢事件が起きるまでの真相だ。
後日、アルベールさんからの報告で、火傷を負ったひとたちが自白し、放火の罪で改めて逮捕されたと知った。門の外とはいえ、火事が起きたことは事実。いくらギガ教が大きな組織とはいえ、さすがにもみ消すことはできなかったらしい。これから余罪も含めて追い詰めていくと言っていた。
「解散まで持っていけるといいんだが……」
「無理なんですか?」
「ギガ教のトップにお偉いさんが何人かいるらしくてな」
「ああ、それじゃあ無理でしょうね」
「だが、これにこりて図書館には手を出さないだろう。よほど怖かったのか、思い出すだけで震えているからな」
「とりあえずはそれで良しとします。お疲れさまでした」
「ああ、お疲れさん」
これで厄介な面倒ごとから解放された!
きっとフレイア様も喜んでくれてるだろう。




