来襲 ※少しだけ残酷な描写があります
事件が起きたのは、首都クリソプレーズに行った二日後のことだった。
「なんだか表が騒がしいわね」
見ると、門の外で何やら騒いでいる集団がいた。
図書室にいた利用者たちも、入口付近まで様子を見に来た。
「館長さん! なんか外が大変なことに! どうしましょう、こんなときに限って騎士団のひとたちもいないし」
心配したダイアナが二階から下りてきた。
「子どもたちは?」
「お母さんたちに頼んできました。危ないから下りてこないように言ってあります」
「そうね。あれだけ悪意を持っていたら、誰もここには入って来られないでしょうけど」
プラカードのようなものを持った集団は、図書館に突撃するつもりだったようだが、門を入ろうとしてはバリアに弾かれている。
「くそっ、どうなってるんだ!」
「信じられん。悪魔のしわざか⁉」
「我々の信者たちをたぶらかし、地獄に落とそうとする邪悪な魔女め! 正体を現せーっ!」
「「「そうだ! 正体を現せーっ!」」」
(もしかして邪悪な魔女って私のこと!? )
「あれって、ギガ教の司教たちですよね」
ダイアナが憎々しげに集団を睨みつけている。
「自分たちのことを棚に上げて、よく言えますよね! ギガ教って、まともな聖典もないくせに、運が良くなるとか言って、信者に変な壺や腕輪を高額で売りつけてるんですよ。それなのに何の恩恵も与えないんだから、脱会するのも当然です! なのに、館長さんがたぶらかしただの魔女だのって……言いがかりにもほどがありますよ!」
ダイアナがたくさん罵ってくれたおかげで少し落ち着いた。
何度もバリアにぶつかっては弾き飛ばされるギガ教の司教たちを、周りにいる人々は不思議そうに見つめている。
自分たちは普通に入れるんだもの、頭のおかしな集団にしか見えないでしょうね。これでますますギガ教の評判が落ちることになる。いい気味だわ。
やがて騒ぎを聞きつけた黒曜騎士団のひとたちが、馬に乗って颯爽と現れた。先頭にいるのはアルベールさんだ。
「良かったですね、館長さん! 騎士団が来てくれましたよ」
「そうね。あれ……? どうしたのかしら、急に震えが……」
アルベールさんたちを見て安心したからかな。バリアに守られてるから平気だって自分に言い聞かせてたけど、やっぱり怖かったみたい。
「大丈夫です。わたしがついてますからね」
ダイアナが私の手を握ってくれたので、そのまま図書館の中で成り行きを見守った。
「いい加減にしろ! 路上で騒ぐのは迷惑行為だ。とっとと立ち去れ!」
アルベールさんがよく通る声で、馬上から司教たちを一喝した。
「何を言う! そういえば、おまえたちはこの図書館の常連だったな。天下の黒曜騎士団が邪悪な魔女の言いなりとは堕ちたもんだな!」
「はあ? 何を言ってるんだ」
「馬鹿馬鹿しい。あんな小さな子が魔女なわけないだろ」
「一応、成人はしてるらしいですよ」
「そうなのか?」
「おい、気にしてるんだから本人の前でそんなこと言うなよ」
「すみません、副団長」
「おまえたち、ちゃんと聞いてるのかっ⁉」
「ああ、すまん。それで、魔女がどうしたって?」
アルベールさんがリーダーらしき司教に向き合う。
「魔女じゃないというなら、妙な魔法を使わず、堂々と我々を迎え入れるべきだろう」
「「「「そうだ、そうだーっ!」」」」
声高に叫ぶギガ教の司教たち。
くだらない会話をしてるから余計に怒らせちゃったじゃない。
べつに気にしてないしと呟いていたら、剣の妖精のカイが伝令に飛んできた。
「アイツラニ バリアノコト ハナシテイイカ」
両手で大きな丸を作ると、それを見たアルベールさんは司教たちに告げた。
「では、おまえたちが中に入れない理由を教えてやろう。実は、この図書館には悪意を持つ者は入れないようバリアが張られている」
「な、なんだと……?」
「しかも、そのバリアを張ったのはこの図書館の持ち主で、館長はただの雇われにすぎない。わかったか? おまえたちが言っていることは、とんだお門違いなんだ。中に入れないのは、おまえたちが悪意を持って彼女を害そうとしているからなんだよ!」
「そんな」
「では、どうすれば」
ざわつくギガ教の司教たち。
「いい加減にしなさいよ!」
彼らを怒鳴りつけたのは、子ども連れでよく図書館に来てくれる近所の女性だ。
「うちの子はこの図書館に行くようになって、簡単な字なら読めるようになったんだ! 妙な言いがかりつけるんじゃないよ!」
「うちだってそうよ。いつか字が書けるようになりたいってがんばってるのに、邪魔するな!」
「そうだ! 館長さんは良い人だぞ」
「俺は、ここに通うようになってから膝の痛みがなくなったんだ」
「あたしは頭痛がなくなったわ」
みんながこの図書館のために声を上げてくれている。
「どうしますか、大司教様」
「……仕方がない。いったん引くぞ」
大司教と呼ばれた男に促され、ギガ教の司教たちが帰っていった。
私とダイアナは門の外に飛び出した。
「皆さん、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「ありがとうございました」
揃って頭を下げると、
「あんなやつら気にすんなよ」
「そうよ。また来たら追い返してやるからね!」
力強い声援が飛んでくる。
「うっ……ありがとう、ございます」
「おやおや、館長さんが泣いちゃったよ」
「かわいそうに。怖かったんだね」
「ほら、副団長。出番ですよ!」
なぜかアルベールさんが私の前に押し出された。
「なんで俺? ……あー、泣くな。もう大丈夫だから」
「色気のない言い方だねえ」
「副団長! ハンカチハンカチ」
「持ってねえよ、そんなもの」
「ほら、これ使って」
「す、すまんな」
見かねた女性が自分のハンカチを渡してくれた。確か魚屋の奥さんだ。
「これを使ってくれ」
「……ずみまぜん」
あなたのじゃないですけどね。
今度彼女に何かお礼をしなきゃと、涙を拭きながら考えていた。
◆ ◆ ◆ ◆
その夜、ギガ教の司教たちは闇に紛れて再び図書館を訪れた。
「我々を貶めた罪、今こそ償わせてやる」
大司教の指示で司教たちが一列に並ぶ。
彼らの手には、油を浸み込ませた布を巻いた矢が。
「魔女は火あぶりと相場が決まっている。行け! 邪悪な魔女を我々の手で裁くのだ!」
火をつけられた矢が一斉に弓から放たれた。
「焼き尽くせーっ‼」
大司教が両手を上げ、大声で叫んだ。
だが――火矢はバリアによって跳ね返され、狙ったかのように大司教と司教たちを襲った。
「ぐわぁあああ!」
「ああああ! 熱い……」
彼らは全身火だるまになったまま、助けを求めてうごめいている。まるで地獄絵図だ。
そのとき――
門の中に隠れていた騎士たちが飛び出してきた。
水魔法を使える騎士、ジンとカールが、呪文のようなものを唱えながら両手を前に突き出すと、大量の水が放物線を描きながら、燃えている人達の上に降り注いだ。
あっという間に火は消され、あとには半死半生の男たちが残されていた。当然、同情する者はいない。
「まったく……自業自得だが、ひどい有様だな」
「まさか、本当に火を放つとは。バカなやつらですね」
黒曜騎士団の団員たちが、男たちを見下ろして侮蔑の言葉を吐く。
王子ことシリル神官が、嫌そうに治癒魔法をかけてまわった。
「取り調べができるくらいまで回復しておけばいいでしょう」
「ああ、それでいい。自分たちが何をやったのか、思い知らせないとな」
アルベールが冷たく言い放つ。暗に痛みは残しておけと言っているのだ。
もし、あの矢が図書館に届いていたらと考え、アルベールはゾッとした。
「これを機にギガ教を徹底的につぶしてやる」
「珍しく意見が一致しましたね」
アルベール副団長とシリル神官は顔を見合わせ、黒い笑みを浮かべた。




