閑話 シルキー
「二階に幽霊がいるんです……」
ダイアナがそう言ったのは〈こどもの部屋〉をオープンしてから三日後のことだった。
「やめてよお、私、ホラーは苦手なんだから」
「そんなこと言わずに聞いてください! 視線を感じて振り向くと、いつも白いドレスを着た女のひとが、じーっとわたしを睨んでるんです」
「怖い怖い怖い!」
だけど、白いドレスって前にどこかで聞いたような……あ、思い出した。アルベールさんが言ってた妖精と同じなんだわ。
「そのドレスって、シルクだったんじゃない?」
「そういえば、光沢のあるドレスでしたね」
「じゃあ、やっぱりそうかも……ダイアナが見たのは大人の女性だったのね?」
「はい、そうです」
「外見は? どんな感じのひと?」
「えーっと、全体的に淡い印象でしたね。確か、シルバーグレーのロングヘアで、目は薄いブルーでした」
「そのひと、もしかしたら妖精かもしれないわ。実はね、この図書館にシルキーっていう親切な大人の妖精がいるらしいの」
「そうなんですか⁉」
「私もアルベールさんから聞いてびっくりしたわ。妖精はみんなちっちゃいんだと思ってたし」
「幽霊じゃなくて安心しました。でも、なんでわたしのこと睨んでたんでしょうね。何か怒らせるようなことしちゃったのかなあ」
「ダイアナが視線を感じたのって、どんなときだった?」
「確か、閉館後に掃除をしてたとき――」
「ちょっと待って。ダイアナが二階の掃除をしてるの?」
「はい。〈こどもの部屋〉はわたしの担当ですから、部屋とトイレは閉館後に毎日掃除してますよ」
「ああ、ごめんなさい! 図書館の掃除は、さっき言ったシルキーさんがしてくれてるの。ダイアナが毎日掃除してたなんて気が付かなかったわ」
「いえ、わたしも確認しなかったので。じゃあ、シルキーさんが私を睨んでたのって、自分の仕事を取られたから……?」
私たちは顔を見合わせた。
「うわあ、全然気がつかなかった! シルキーさん、怒ってますかね?」
「ララたちなら知ってるかもしれないわ。ララ! ルル!」
「ナニー」
「ナニー」
私の声を聞いて、薄い黄色とオレンジ色の妖精たちが飛んできた。
「シルキーとお話したことある?」
「アルー」
「アルー」
「だったら教えて欲しいんだけど、シルキーは二階の掃除ができなくて怒ってるの?」
「オコッテナイヨ」
「カナシインダヨ」
妖精たちが表情豊かに教えてくれる。
「まあ、どうしましょう。わたしのせいでシルキーさんが……」
「ダイアナのせいじゃないわ。私がもっと気をつけていれば……シルキーはこの図書館を出ていったりしないわよね?」
「イカナイヨ」
「シルキー ココスキ」
「じゃあ、わたしが掃除しなければいいんですね! ララちゃん、ルルちゃん、シルキーさんに、これからは二階の掃除もお願いしますって伝えてくれますか?」
「イイヨ」
「ツタエルー」
良かった。これで解決ね。
「そういえば、あなたたちには働く対価として魔力をあげてるけど、シルキーにはあげなくていいの? ずっとただ働きしてくれてるから申し訳なくて。何度かテーブルの上にクッキーとミルクを置いてみたけど、食べてくれないし。クッキー、嫌いなのかしら」
「クッキー スキ」
「テーブル ダメ」
「ええっと、クッキーは好きだけど、テーブルに置いちゃ駄目ってこと?」
「アルジノダカラ」
「タベナイヨ」
「それ、本で読んだことあります!」
ダイアナが目を輝かせた。
「家を守る妖精は、テーブルの上にあるのは主のものだから絶対に食べないけど、窓辺に置いておくと余り物だと思って食べるんですって」
「ソーダヨ」
「ソーダヨ」
「まあ、本当に奥ゆかしい妖精なのね。さっそく今日からやってみるわ」
「わたしもやってみます! 美味しそうなお菓子あったかなあ」
***
その日の夜、寝室の窓辺にチョコクッキーとハチミツ入りミルクを置いて寝た。
シルキーが食べてくれますように!
まどろみの中、絹が擦れるような音が聞こえた気がした。
そっと薄目を開けると、月明かりでシルキーの姿が見えた。
シルバーグレーの髪が儚げな彼女によく似あっている。薄いブルーの瞳は春の空のよう。想像してたよりもずっと綺麗だわ。
サクッ、サクッと、幸せそうにクッキーを食べている。
ありがとうって言いたいけど、シルキーはそんなこと望んでないのよね。
翌朝、ダイアナが自分のところにも来たと興奮していた。
「朝起きたら窓辺に置いていたマフィンがなくなってたんです! ミルクを入れたカップもカラになってました!」
ふふ、あちこちに余り物があったから驚いたんじゃないかしら。
「良かったわね。だけど、毎日だと怪しまれるかもしれないから気をつけましょう。あくまでも〝余り物〟なんだから」
「そっか。バレちゃったら食べてくれなくなるかもしれませんね」
礼が欲しくて掃除をしてくれてるわけじゃないってわかってるけど、何らかの形で感謝の気持ちを伝えることはできないかしら。
ララとルルに相談してみると、いいことを教えてくれた。
「ヘヤガキレイッテ ホメレバイイ」
「シルキー ヨロコブ」
「褒めるだけでいいの?」
「わたし、明日から褒めまくります!」
とダイアナが張り切っている。
「私もそうするわ」
キャサリンやアルベールさんたちにも頼んでみよう。そんなことがシルキーへのご褒美になるなら、みんな喜んで協力してくれるはずだ。
その後、シルキーがダイアナの前に姿を現すことはなくなり、館内のあちこちから、綺麗に掃除されていることを褒め称える声が聞こえるようになった。




