王立図書館
金髪碧眼の王子の正体は、フレイア正教のシリル神官だった。
彼の〝最上級の敬愛を示す礼拝〟は図書館内で有名になり、なぜか真似する子どもたちが続出した。
前世で「踊ってみた」と短い動画をあげるのが流行っていたけど、それと似たようなものかしら。まあ、楽しそうだからいいけど。
あれからシリル神官とは立ち話をするくらい親しくなった。
「今日も礼拝を?」
「はい。心をこめて捧げさせていただきました。ところでアンさん、こちらにギガ教の信者が来たことはありますか?」
「さあ……よくわからないです」
違う宗教でも悪意がなければ図書館に入れるから、来てないとは言い切れない。
「ふむ。実は、この図書館がギガ教に目をつけられているとの情報が入りました」
「じょ、情報⁉︎ そんなのどうやって……」
「こちらの手の者を忍ばせていますので、これくらいは。詳しく知りたいですか?」
「結構です! だけど、どうしてうちが? 教会でもないのに」
「この図書館の影響力は、アンさんが思ってる以上に大きいのです。ここでフレイア様の恩恵を受けられた方々は、教会にも足繫く通ってくださるようになりましたし、実のところ、ギガ教からフレイア正教へ改宗される方も増えているのですよ」
そうだったんだ。そこまで影響があったなんて知らなかったわ。
「もともと、大金を強制的に寄進させるギガ教に少なからず不信感を抱いていたところに、フレイア様の素晴らしさを体験されたのだから当然です。おそらく、信者が急激に減少していく原因を探っているうちに、この図書館にたどり着いたのでしょうね」
「それは……ちょっと怖いですね」
「ギガ教の司教たちは過激なので気をつけてください。戸締りをきちんとして、しばらくはひとりで外出しないほうがいいと思います」
「わかりました」
「幸い、こちらには黒曜騎士団の方たちがよく来られるようですので、相談してみてはいかがですか?」
シリル神官が奥の図書室に目をやる。つられて振り返ると、アルベールさんと目が合った。
「もちろん、わたしもアンさんの味方ですから、いつでも頼ってください」
「はい。ありがとうございました」
なんだか面倒なことになっちゃったなあ。
「はあ……やだやだ」
「何がやなんだ?」
「わ、びっくりさせないでくださいよ」
いつのまにかアルベールさんがすぐ後ろに立っていた。
「実は、ちょっと困ったことになって……」
「どうした? あいつに何かされたのか? 神官だからって我慢することないぞ。俺がしょっ引いてやるから」
「シリル神官は警告してくれただけですよ」
もしかしたら二人は知り合いなのかな。なんだか剣呑な雰囲気だけど……。
「警告?」
「実は……」
私はシリル神官から聞いたギガ教の話をした。
「そうか。ギガ教には色々と黒い噂があるからな。今後はこの辺りの警戒を強化しよう」
「そうしてくれるとありがたいですけど、お仕事の邪魔じゃないですか?」
「なに言ってるんだ。市民を守るのが俺たちの仕事だぞ。遠慮せずにどんどん頼ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
***
あれから二週間が経過したが、ギガ教に目立った動きはない。
私とダイアナのストレスは、かなり溜まっていた。
図書館にいれば安全だとわかってるけど、食料や日用品の買い出しにも行きたいし、せっかく暖かくなってきたのに、あいつらのせいで外に出られないなんて悔しい。
「ダイアナだってそう思うでしょ⁉」
「はい、思います! やつらのせいでわたしたちが軟禁生活を強いられるなんておかしいです!」
「こうなったら出かけるわよ!」
「どこにですか?」
「ふふん。あなたには黙ってたけど、実は私、世界中どこの図書館にでも転移できるの」
「え、えええーっ⁉」
ふっ、驚いてるわね。ダイアナは素直に反応してくれるから楽しいわ。
「インベントリに行ったときのように、あなたを連れていけるのはナビに確認済みよ」
「す、凄すぎますよ、館長さん……」
「凄いわよね。私もそう思うわ。で、まずは買い物がてら、この国の王立図書館に行ってみない?」
「そうですね。国内で試してからのほうが安心です。いきなり知らない国に行って、迷子になったり帰れなくなったりしたら大変ですから」
「よし! 次の休日は王立図書館へ行くわよ!」
「おーっ!」
***
ということで、首都クリソプレーズにある王立図書館へやってきました。
いきなり本棚のあいだに転移したのには驚いたけど、誰にも見つからなくて良かったわ。もしかしたら、ナビがそういうことも考慮してくれたのかもね。
私たちはコソコソと話をした。
「ほんとに来ちゃいましたね」
「ダイアナはここに来たことあるのよね」
「王立学院に通っていたときに時々。わたしが受けていたのは淑女コースだったので、調べものをする必要はなかったんですけど……」
「素敵な図書館だから、一日中ここで本を読んでいたかったんでしょ」
「わかっていただけて嬉しいです」
私たちは何食わぬ顔でホールに出た。
王立図書館の内部は吹き抜けになっていて、三階建ての書架で囲まれていた。年代物の書架には、どれも精巧な模様が彫られている。
高い天井にはカラフルなフレスコ画が描かれており、床は幾何学模様の大理石だ。
「うはあ、豪華だねー! うちと同じ図書館とは思えない」
口を開けて見惚れている私に、
「でも、うちの図書館みたいに個性的な図書館は他にないですよ!」
とダイアナが力説してくれた。
「ふふ、ありがとう」
きっと、私のいた世界ではあの図書館が普通だったように、マドモ・アーゼルではこういう豪華な作りが普通なんだろうな。図書館の概念が完全に覆されたわ。
二時間ほど見学してから、私たちは王立図書館の外に出た。
「ここからはわたしが案内しますね」
「お願いします」
ダイアナが知っている街で良かった。ひとりで行くときは地図を忘れないようにしなきゃ。
さすがに王宮のある街だけあって、広い通りには大きな店が整然と並んでいる。
ショーウィンドウには、春にぴったりの洒落たドレスや高そうな宝石が飾ってあった。
石畳の道の真ん中を馬車が通り、左右の歩道を歩いているひとたちは、ほとんどがザ・貴族といった華美な服装だ。
「ねえ、ダイアナ」
「何か欲しい物でもありましたか?」
「ううん。なんか、この通りで売っている物って高そうじゃない?」
今はだいぶ変わったみたいだけど、昔の銀座通りがこんな感じだった。高級百貨店やブランドショップが立ち並んでいて、入るのも躊躇するような店が多かったな。
「そうなんです。だから、この辺は見るだけにして、裏通りに行きましょう。きっと館長さんが気に入る店があると思いますよ」
自信ありげなダイアナについていくと、表通りに比べて小さくて可愛い店が並んでいる通りに出た。これなら私でも入れそうだわ。
ダイアナが案内してくれたのは、若い女性が喜びそうな店ばかりだった。
「この店は若いひと向けの安くて可愛いランジェリーがありますよ」
「あ、ほんとだ。可愛いのがたくさんある。買っていこうかな」
「館長さん、たまにはお化粧してみたらどうですか? ほら、この口紅とか似合いそうですよ」
「ええー、そうかなあ」
「文房具も売ってるのね」
「お揃いの万年筆でも買いましょうか」
途中でお腹が空いたので、屋台で売っていたホットドッグのような物を食べ、また買い物を続けた。二人とも、ストレス発散とばかりに大量に買い込んだ。
「あー、スッキリしたー! 大満足じゃー!」
「あはは、楽しかったですね! わたしもスッキリしました」
「名残惜しいけど、そろそろ戻ろうか」
「そうですね、戻りましょう。わたしたちの図書館へ」




