最上級の礼拝
図書館の庭は背の高い木ばかりで花壇などはない。
世話が大変だから別になくてもいいんだけど、最近庭のあちこちに名まえも知らない花が咲いていることに気づいた。
どうやら、寒い冬を図書館に引きこもって過ごしているうちに、いつのまにか季節が変わっていたらしい。
春の陽気に誘われるように、朝からたくさんの子どもたちが来てくれた。久しぶりに顔を見る子もいるけど、みんな元気そうだ。
リュカくんと妹のドロシーちゃんも顔を見せてくれた。
「おねえちゃん!」
「ねーたん!」
「こんにちは。リュカくん、ドロシーちゃん」
「こんにちは」
「ちは」
にこにこと嬉しそうに挨拶してくれる。
「今日は二人だけなの?」
「おとうさん、あとでくるって。あのね、このおにいちゃん、まいごだからつれてきたの」
「え?」
見ると、リュカくんの後ろに見知らぬ男性がいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。えっと、迷子なんですか?」
笑顔で挨拶されたが、金髪碧眼の王子系美青年だったので動揺を隠せない。騎士団のガチムチたちを見慣れているせいか、やたらとキラキラして見える。
「そうなんです。話題の図書館を探していたら、この子たちがこれから行くというので連れてきてもらったんですよ」
「そうだったんですか」
「ぼくたち、うえにいくね」
「あ、階段気をつけて。ドロシーちゃんと手をつなぐのよ」
(危なっかしいわね。もっと段を低くしようかしら)
「まるでお母さんのようですね。まだお若いのに」
「あはは……」
なんだろう、このひと。話してる最中、ずっと視線が動いてる。まるで何かを探しているような……。
「この部屋は?」
動いていた視線がピタリと止まった。
「その部屋に本は置いてないんですよ。フレイア様の祭壇があるので〈祈りの部屋〉と呼ばれています」
「やはりそうでしたか」
「え?」
「清らかな空気が、この部屋から溢れ出ていますね」
「わかるんですか?」
「わたしもお祈りしてきます!」
私の質問には答えず、王子はスタスタと〈祈りの部屋〉に入っていった。
なんか、変わったひとだなあ。
受付で栞を作っていると〈祈りの部屋〉のドアが開き、中からキャサリンが出てきた。
王子かと思った。いつのまに来てたんだろ。
「キャサリン、ずっと〈祈りの部屋〉にいたの?」
「ええ、お花を活けてからお祈りしてたの。今日のお花はデイジーよ」
「いつもありがとう。ところで、中に王子様みたいなひとがいたでしょ」
「いた」
キャサリンがいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「もしかして、アンの好みのタイプ?」
「違います!」
「なあんだ、つまらない」
「そんなことより、なんかあのひと変じゃなかった?」
「……まあ、変と言えば変だったけど」
「なにかあったの⁉」
「あ、悪いことじゃないのよ。古くから伝わる本格的な礼拝をしてたから、ちょっとびっくりしただけ。今は聖職者だってアレはやらないから」
「アレって?」
「説明するのは難しいから、のぞいてみなさいよ」
「ええー、のぞきはちょっと……」
それからしばらくして王子が部屋から出てきた。額の汗をぬぐい、満足そうな笑みを浮かべている。
「神聖な場所を堪能させていただき、ありがとうございました」
「はあ」
「外にある石像も素晴らしかったですが、これほどフレイア様を間近に感じたのは初めてです! この感動をフレイア様にお伝えしたく、久しぶりに最上級の敬意を示す礼拝をしてしまいました。では、また参りますので」
王子は深々と頭を下げた。
結局、一冊も本を読まずに帰っちゃったわ。
あのひと、何しに来たのかしら。
***
数日後、また王子が来館した。
受付にいる私に軽くお辞儀をすると、当然のように〈祈りの部屋〉に入っていった。今日もキャサリンがアレと呼ぶ礼拝をするのだろうか。
十分くらい経ったけど、誰も部屋から出てこない。王子より先に親子連れが入っていったはずなんだけど……うーん、気になる。
とうとう我慢できなくなって、そーっと〈祈りの部屋〉のドアを開けると――。
なんでフレイア様がいるの⁉
祭壇に足を組んで腰掛け、立ったまま一心不乱に妙な動きをしている王子を見ている。
まさか……これが最上級の敬意を示す礼拝⁉
ギクシャクとした、錆びついたロボットのような動きに目が点になる。
変だと思うのは私だけなのかしら。
親子連れの反応をうかがえば、母親はドン引きし、男の子は王子を指さして笑っている。良かった、私だけじゃないのね。
フレイア様が手招きするので、礼拝の邪魔にならないように後ろからまわってそばに行く。
「面白いでしょ?」
「人がいるのに話しちゃって大丈夫なんですか?」
「平気ですよ。わたくしとアンのまわりにバリアを張りましたから」
「あの、本当にアレが古くから伝わる最上級の礼拝なんですか?」
私が質問すると、フレイア様は悲しげに眉を寄せた。
「違うの。本当はもっと優雅で厳かな動きだったの! 歴代の大神官たちがみんな運動音痴だったせいで、継承されていくうちにアレになってしまったのよ……。もっとも、最近の神官たちはやりたがらないから、わたくしも久しぶりに見たわ」
「変わったひとですよねぇ」と私が言うと、フレイア様は慈悲深い笑みを浮かべた。
「わたくしへの信仰心が強いだけで、彼は良い神官ですよ」
本物なんだ! ただの狂信者かと思った。
「きっとアンが困ったときには力になってくれるはずです」
「そうでしょうか……フレイア様? あ、消えちゃった」
フレイア様が言うように、きっと良い神官なんだろうな。真剣にアレをやるくらい真面目ってことだものね。
そういえば、最後に言ってたことって、なにか意味があるわけじゃないわよね……?




