フレイア様の石像
翌日、予言通り、フレイア様の像を作ったメガネの中年男性が来館した。
若い男性も一緒なのね。息子さんかしら。二人とも茶髪で黄色っぽい目だし。
「こんにちは。俺のこと覚えてますか?」
「もちろんです。フレイア様の像を作ってくださった方ですよね」
「そうです、そうです。ジャンと申します。覚えていてくださって良かった。こいつは俺の息子です」
「はじめまして、シャルルと申します」
「はじめまして、館長のアンです。ジャンさん、こちらの部屋にあの像が飾ってあるんですよ。ご覧になりますか?」
「よろしいんですか⁉︎」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、俺も……」
シャルルさんはあまり興味がなさそうね。ジャンさんに無理やり連れてこられたのかしら。
ドアを開けると、部屋の中に溢れていた清らかな空気が流れてきた。ジャンさんとシャルルさんもそう感じているのが表情でわかる。
「像はあちらの祭壇に飾っています。ここは〈祈りの部屋〉と呼ばれていて、この部屋で祈りを捧げると、体調が良くなると言われてるんですよ」
「ああ、なんという……」
ジャンさんはフラフラと長椅子に座り、フレイア様の像を見上げて涙をこぼした。
(そういえば、このひと涙もろかったわね)
息子のシャルルさんはフレイア様の像を凝視していたが、やがて力なく呟いた。
「……父さんがこんなにすごい作品を作れるなんて知らなかったよ」
悔しそうだけど尊敬のこもった言葉にジャンさんが驚いている。
「いやあ、俺はただの職人だ。たぶん、この場所にあるからこそ、不思議な現象が起きてるんだろうよ」
「そうかな……」
二人きりで話す時間が必要だと感じ、わたしはそっと部屋を出た。
しばらくすると、泣きはらした目をした二人が〈祈りの部屋〉から出てきた。
「大丈夫ですか?」
私の問いかけに息子のシャルルさんが答える。
「……正直、俺は今まで父さんのことを、しがない職人だってバカにしてたんです。俺は芸術学校で彫刻を学び、卒業制作では誰よりも高い評価を受けました。俺をバカにしていた貴族たちよりも俺の方が上なんだ、俺には才能があるんだって、いつのまにか思い上がってたみたいです。今日は見事に鼻っ柱をへし折られました」
言葉とは裏腹に、シャルルさんの表情は明るかった。
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、ほんとに俺の腕が良いわけじゃないからなあ」
「そんなことありません。私もシャルルさんの言う通りだと思います。きっとジャンさんが心を込めて作られたからこそ、奇跡が起きたんですよ」
「それが本当なら、とんでもなく光栄なことです」
「ところで、今日は何かお話があっていらしたのでは?」
フレイア様の言葉を思い出し、ジャンさんに訊いた。
「ああ、そうでした。こいつが卒業制作に作ったフレイア様の石像がえらく大きいもんで、図書館の庭にでも置いていただけないかと思いまして」
「いいですよ。でも、お値段によっては一括で払えないかもしれません」
「いえ、俺はまだプロじゃないので、お金は結構です。その代わり、石像に興味を持ってくれたひとがいたら、俺に紹介してください」
「わかりました。そんなことでよければ、いくらでも協力します」
「あと、まだ作品も見てないのに、どうして即決してくれたのか訊いてもいいですか?」
シャルルさんが疑問に思うのも当然よね。
私は包み隠さず、二人に真実を話すことにした。
「実は……今日ジャンさんが来ることは、フレイア様から聞いていたんです」
「「は?」」
さすが親子、見事にハモったわ。
「そして『彼の提案を受け入れなさい』と言われました。お話を聞いて、シャルルさんの石像のことだとわかったので、作品を見なくても大丈夫だったんです」
「それって、神託じゃあ……」
ジャンさんの顔が青くなる。
「ふっ、フレイア様が俺の石像を⁉」
混乱している二人に私は言った。
「フレイア様はシャルルさんの石像を相当気に入られたようですね。それで、石像はいつ頃運んでいただけますか?」
「は、はい。すぐにでも! なっ、シャルル」
「父さん、荷馬車を手配しないと!」
「おお、そうだったな! じゃあ、館長さん、また後で!」
「はい。よろしくお願いします」
二人は転がるように図書館を出て行った。
***
ランチと昼寝を終えた頃、石像を荷馬車に乗せた二人が戻ってきたので、そのまま門の中まで誘導した。
「どこに置きましょうか?」
「そうですね……このへんに置いてください」
門を入ってすぐの目につきやすい場所を指さした。
彼らは土台を置いたあと接着剤のようなものを塗り、その上に注意深くフレイア様の石像を設置した。
シャルルさんは満足そうにうなずくと、私に言った。
「どうぞ、ご覧になってください」
私は石像の前に立った。少し見上げると視線が合う高さだ。
これがシャルルさんの彫ったフレイア様の石像……。
慈しみ深い表情は見ていると心が洗われるようだ。プロポーションも素晴らしく、少しくねらせた体の曲線が美しい。背後から見ても非の打ち所がなかった。
「素晴らしいです。きっとフレイア様も喜んでくださるに違いありません」
「そうでしょうか」
「はい。絶対、そうです!」
私が自信を持って言い切ると、シャルルさんが笑った。
「あはは、館長さんがおっしゃると真実味がありますね」
「これからたくさんの方にこの石像を見ていただきましょう」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、ありがとうございました。ジャンさんもありがとう」
「いやあ、こちらこそ」
「これからもフレイア様に会いに来てくださいね」
「もちろんです。なあ、シャルル」
「俺も陶器通りに工房を借りたので、ちょくちょく寄らせてもらいます」
「はい。いつでもお越しください。お待ちしています」
***
新しい石像は、図書館を訪れるひとや周囲を散歩する人達にも好評のようだ。
外に置いてあることが功を奏したのか、石像を拝む姿もしばしば見かけるようになった。
その結果、フレイア様の力がパワーアップしたようで、石像を拝むと病やケガが回復すると評判になり、さらに訪れるひとが増えてきた。
「館長、今日もこんなに御供え物が置いてありましたよ」
閉館後に石像のそばに置いてある物を回収することも日課となった。
「果物にお菓子に野菜……なんでもありね。ダイアナ、欲しい物があれば持っていってね」
「ありがたいですけど、お供え物をいただくなんてバチが当たりませんかね」
「いつまでもあそこに置いておくわけにはいかないし、捨てるのも申し訳ないでしょ。きっとフレイア様も理解してくださるわ」
「館長さんがそう言うなら大丈夫ですね」
出た。ダイアナの謎の信頼。
「ここで働くようになってから、わたしも身体の調子が良いんですよ。肌の痒みがなくなったし、原因不明の咳や鼻水も出なくなったんです」
ダイアナさんや、それはアレルギーってやつじゃないのかい。
この世界では、アトピーや鼻炎アレルギーといったアレルギーの概念がないから、気のせいや思い込みだと判断されてしまうようだ。下手したら命に関わることなのに。
そんなことを知らないダイアナは、なぜか私に感謝を述べる。
「きっとフレイア様の恩恵にあずかってるんでしょうね。これも館長さんのおかげです」
確かに、館内にフレイア様の像を置いて〈祈りの部屋〉を作ったり、外にフレイア様の石像を設置したりしたけれども。
私は大したことしてないのよねえ……でもまあ、私がここにいるだけで世界の均衡が保たれるらしいから、私のおかげといえなくもないのか。
それにしてもお供え物が多いなあ。
日持ちがしそうなお菓子なんかは、アルベールさんに頼んで孤児院に持っていってもらおうかな。子どもたち、きっと喜ぶわよね。
「ナビ、小さな紙袋が二十個くらい欲しいんだけど、無理かな?」
『布の袋ならあります』
「それでいいから出して」
小さな布袋に菓子を詰め込みながら、子どもたちの喜ぶ顔を想像した。




