こどもの部屋
ダイアナには、先に一階の仕事を覚えてもらった。
館内にある本は、魔術・宗教・哲学・技術・歴史・芸術・文学・その他といった八つのカテゴリに分けられている。日本の図書館に比べるとかなり大雑把だ。
日本で使われていた〈日本十進分類法〉では、書籍を総記、哲学、歴史、社会科学、自然科学、技術、産業、芸術、言語、文学といった十のカテゴリに分け、さらにそれを十ずつに細分化し、決められた番号の本棚に収めていた。
もちろん私はそこまで頑張るつもりはないから、ダイアナにも「大体でいいよ」と伝えておいた。ララとルルが気に入らなければ勝手に並べ替えるだろうし。
時々、本が宙を飛んでいくのも、この図書館では見慣れた光景となった。最初はびっくりしたというキャサリンも、妖精のしわざだと知ってからは見るのが楽しみになったそうだ。
常連さんたちにダイアナのことを紹介していたら、アルベールさんが怪訝な表情を浮かべた。
「失礼ですが、ミュラー子爵家のご令嬢では?」
「あ、あの、ここではただのダイアナで結構です」
「わかりました。では、俺のことはアルベールと」
どうやら顔見知りだったらしい。爵位を持つ人達って大変ね。
***
「子ども向けの本の部屋だと言いにくいので〈こどもの部屋〉にしませんか」
とダイアナが提案してくれた。
「いいわね。だったら、一階は〈図書室〉にしようかな。図書室、特別室、こどもの部屋、祈りの部屋。これで館内案内図を作りましょう」
「それいいですね! 部屋に名まえがついてると説明しやすいです」
「さっそくだけど、〈こどもの部屋〉のレイアウトを考えてみたの」
大きめの紙に書いた家具の配置図をダイアナに見せた。
「左奥の壁際に、靴を脱いで寝転がることのできるコーナーを作って、真ん中に大きな円形のテーブルを二つと、それを囲むように椅子を何脚か置く。本棚は、表紙が見やすいようにマガジンラックタイプの低い本棚を壁際や窓際に設置。こんな感じでどうかな?」
「いいと思います。想像するとワクワクしますね!」
「そうね。じゃあ、とりあえず一回設置してみようか。ララ、ルル、上に行くから留守番お願い」
「イイヨー」
「マカセテ」
二階に上がり、がらんとした部屋の真ん中でナビに確認した。
「ナビ、インベントリに入りたいんだけど、ダイアナも連れてっていい?」
『アンと一緒なら許可します』
「じゃあ、行こうか」
私はダイアナの手を握った。
「え、どこに?」
ひとりで行くのは怖いんだもの。付き合ってもらうわよ。
「しゅっぱーつ!」
「だから、どこへ――」
はたから見たら、私たちが突然消えたように見えただろう。
実際、インベントリの仕組みはいまだによくわからない。
ただ、内部が温度22度、湿度が55%に保たれているっていうから、それって人間にとっても快適なんじゃないかなと思った。
それで「身体に影響ないなら入ってみたい」ってナビに言ったら、あっさり許可してくれたというわけ。
『ようこそ インベントリへ』
ナビの声が響きわたる。
インベントリの内部は、まるで巨大な倉庫のようだった。
見上げるほど高い天井の下、書架がズラリと並んでいる。
どこまでも続く本の大海原を見て、ダイアナの青みがかったグレーの目がギラギラと光った。
「館長さん、ここは⁉」
「インベントリっていう、図書館の倉庫みたいなものよ」
「あんなにたくさんの本が! 館長、行ってみましょう!」
「興奮するのもわかるけど、今はそっちじゃないから。ナビ、家具と本棚があるところへ移動して」
『了解しました』
「ああ、本がぁあああ!」
「また連れてきてあげるから」
一瞬のうちに移動した先には、本棚、机、椅子、クッション、絨毯、ラグなどが所狭しと置かれていた。
「ほら、こっちにも色々あるわよ」
「へえ、図書館の倉庫なのに、こんな物まであるんですね」
明らかにテンションが落ちている。暇になったら本の大海原で一日中泳がせてあげよう。
「たくさんありすぎて困るわね。片っ端から見ていきましょうか」
おそらく中古品だと思うが、どれも綺麗に磨いたり修理したりしてある。
大きな丸テーブルと子ども用の椅子をダイアナが見つけた。
「これはどうですか?」
「いいわね。イメージ通りだわ」
敷物は山のようにあったが、厚みのあるオレンジ色のマットに決めた。手触りも良いし、これだけ厚みがあれば赤ん坊が転がっても怪我をしないだろう。
肝心のマガジンラック式の本棚がなかなか見つからなかったけど、大きい本棚の後ろに隠れているのを発見した。
「これで全部揃ったわね。ナビ、これをみんな私たちと一緒に二階の〈こどもの部屋〉に移動して」
『了解しました』
「行くわよ、ダイアナ!」
「はい!」
私たちは手を繋いだ。
たぶん繋がなくてもいいんだと思うけど、ひとりで変なところに飛ばされたら怖いもの。ダイアナも同じ気持ちなのか、痛いほど手に力が入っている。
〈こどもの部屋〉に戻ると、さっき選んだものが全部置いてあった。
「どうします? これ、ふたりじゃ運べませんよね」
「……今日、騎士団の人たち、来てたわよね」
「あ、そうですね! でも、この部屋のことバレちゃってもいいんですか?」
「どうせもうすぐわかるんだから問題ないわ。ちょっとお願いしてくるね」
ちょうどアルベールさんが来ていたので、手伝って欲しいと伝えたら、部下たちに声をかけてくれた。
二階があると知ってみんな目を丸くしていた。実は三階もあると知ったら何て言うだろう。
「うわ、ほんとに二階がある!」
「あはは、すげえな」
新人騎士のエリックさんとフレイア様の信者になったセルジュさんがケラケラと笑っている。目の当たりにするとおかしかったらしい。よくできたマジックを見たような感じかしら。
「アンは隠し事が多いな」
アルベールさんにそう言われて、思わず「ごめんなさい」と謝ってしまった。べつに悪いことしてるわけじゃないのに。
「謝ることはない。気づかなかった俺がマヌケなんだ」
「マヌケ マヌケ」
「うるさいぞ、カイ。さてはおまえ、気づいてたな」
「トーゼンダロ」
そう言い捨て、カイはララとルルのそばに飛んでいった。妖精たちもこの部屋がどうなるのか気になるみたいね。
「アンとダイアナが指示してくれたら、俺たちが運ぶよ。いいな、おまえたち!」
「はい!」
「了解でーす」
皆さんの言葉に甘えて、私とダイアナが「それはこっちへ」「もっと左へ」などと指示を出した。天下の黒曜騎士団を顎で使っているという罪悪感がすごいけど、おかげであっという間にすべてを設置し終わった。
「おお、いいじゃないか」
「いかにも子どもの部屋って感じですね」
「アンちゃん、ご褒美は?」
最後のはセルジュさんね。アルベールさんに後頭部を叩かれてるわ。
「これくらい、いつでも手伝うから言ってくれ」
「おかげで助かりました」
「どうもありがとうございました」
私とダイアナが礼をいうと、アルベールさんは部下たちに声をかけた。
「俺がご褒美をやるからついてこい」
「いいんですか?」
「俺、肉が食いたいなあ」
どうやら、私の代わりに奢ってあげるみたい。なんだか申し訳ないなあ、アルベールさんも働いてくれたのに。
今度、アルベールさんにだけ内緒でご褒美をあげようかな。
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