願い
翌日、アルベールさんとジョディさんが仕事の途中で図書館に寄ってくれた。
なんと、ふたりとも黒地に金の刺繍が入った騎士団の制服姿だ。
アルベールさんの制服の胸元には煌びやかな勲章が飾られていた。
いつもの五割増しでかっこよく見える。制服マジックってやつか。
「アルベールさん、ジョディさん。どうしたんですか?」
「ドロシーちゃんの様子を見に行ってきたので、そのご報告です。薬が効いたみたいで、熱が下がって咳も落ち着いてましたよ」
とジョディさんが教えてくれた。
「良かった。安心しました」
「リュカくんからアンさんに伝言があります。『かってにホンをもってってごめんなさい』だそうです。悪いことをしたってわかったみたいですね」
「リュカの父親は港で積み下ろしの仕事をしていたが、三か月前に怪我をしてクビになったそうだ。怪我はどうにか治ったが、新しい仕事がなかなか見つからず、子どもを病院に連れていく金がなかったと言っている」
「お母さんは?」
「母親は一年前に病気で亡くなってる。まあ、心配するな。役所の相談窓口を教えたから、そこで補助金の給付手続きと仕事の斡旋をしてくれるはずだ」
「そういう制度があるのに、なぜ利用しなかったのかしら」
「字が読めないからな。自然とそういうことに疎くなるんだ」
「識字率が低いとそういうデメリットもあるんですね……」
「俺もときどき様子を見に行くから」
「よろしくお願いします」
これで家庭環境が改善されるといいな。
***
「ねえナビ、本を盗んだひとって、どんな理由があっても図書館に入れなくなるの?」
『理由は関係ありません。本泥棒は許されざる犯罪です』
「だよねぇ……」
ナビは本泥棒に厳しい。きっとそれが図書館の意思であり掟なのだろう。
図書館館長といったって、しょせんフレイア様の手のひらの上……そうだ! フレイア様なら、なんとかしてくれるかもしれない。
閉館後、私はひとりで〈祈りの部屋〉にこもった。
「フレイア様、いつもありがとうございます。ご相談したいことがあるので、姿を見せていただけないでしょうか」
「……」
「慈悲深きフレイア様。どうか迷える子羊をお救いください」
「……」
「フレイア様? 聞いてますよね。いい加減出てきてください」
「もうちょっと祈りを捧げて欲しかったのに」
フレイア様が光とともに現れた。相変わらずお美しい。
「毎日捧げてるじゃないですか。相談したいことがあるので聞いてください」
私は昨日の出来事をすべて話し、寛大なる措置を求めた。
「リュカくんはまだ幼いですし、妹のことを思ってしたことなんです」
話を聞き終わると、フレイア様は凛とした女神らしい声で言った。
「あなたは、わたくしの創った世界の均衡を保つのに必要な特別な存在です。よって、あなたを害するものが罰を受けるのは当然のこと。盗難だから入館禁止程度で済んでいるのです。これが傷害ならば、あなたが受けた何十倍もの報いを受けなければなりませんし、殺害ともなれば、魂を破壊され永遠の苦しみを味わうことになるでしょう!」
まずい。ヒートアップしている。
「つ、つまり、フレイア様は私の味方ってことですよね」
「なにをノンキなことを」
「お願いだから抜け道を教えてください! フレイア様ならわかりますよね? 私は、あの子が図書館に入れなくなるなんて嫌なんです」
「まったく、あなたってひとは……では、ヒントをあげましょう。時間は戻せないけど、盗難をなかったことにはできるはずですよ」
「それって、どういう意味ですか?」
「あとは自分で考えなさい」
そう言って、フレイア様は姿を消した。
意味がわからない。盗難をなかったことにって……あ、隠蔽すれば無かったことになるとか? そんなわけないか。だったら、持ち出された本を買ってもらう……高すぎて無理よね。
難しいなあ。盗難をなかったことに……つまり、盗まれたわけじゃなかったってことにすればいいのよね。じゃあ、貸し出したことにすればどうかな。本がなくなったわけじゃないんだもの。
あ、これいい考えかも。あのとき私、「ドロシーちゃんが元気になるまで貸してあげることにします」って言ったし。うん。なんとかなりそうな気がしてきた!
問題なのは、うちの図書館で本の貸し出しをしてないこと。
「ナビ、エメラルド王国で本の貸し出しをしている図書館の数は?」
『ゼロです』
「うちの図書館で貸し出しを始めたいんだけど、何か問題ある?」
『想定外ですが対応可能です』
「よしっ!」
日本の図書館だって、昔は有料のうえに閉架閲覧制だったのが、今では貸し出すのが当たり前になったんだから、この世界の図書館もいずれは変わっていくのかもしれない。
本の貸し出しをするために必要なものといえば……まずは図書館利用カードね。あれがないと借りられないもの。確か、名まえと住所と生年月日。子どもは学校名が必要だったかな。
庶民の子どもたちは学校に行ってないみたいだから、名まえと住所と生年月日だけ登録してもらえばいい。とりあえず、一冊だけ借りられることにして、返却期日は十日後にしようかな。同じ曜日だからわかりやすいよね。
借りた本に、本の題名と返却期日の書かれた貸出票を挟んで渡す。これも前世の図書館の真似。
今はどこの図書館もコンピューター方式だけど、昔はブラウン方式といって、貸出券、ブックカード、返却期限票を組み合わせることで貸出記録を作っていた。
だけど、私はそんな面倒なことはやりたくない。
というわけで、昔ながらの貸出ノートを作ることにした。
インベントリからA4サイズのノートを出し、縦に四本の線を引く。左から、貸出日、利用者名、題名、返却予定日、返却日。確か、学校の図書カードがこんな感じだった。
一番上の欄に、8/12 リュカ 『世界妖精図鑑』 8/22 と記入した。
「ナビ、貸出ノートを作成したから、ここに書いてある本は返却予定日を過ぎたら図書館に戻るように、回帰魔法の設定を変えてくれる?」
『了解です。貸出ノートと同期し、回帰魔法の設定を変更しました』
これで、あの本はリュカに貸し出されていることになり、盗難はなかったことになる。
フレイア様がヒントをくれなかったら、こんな変則技思いつかなかったわ。
私は〈祈りの部屋〉で、フレイア様に深い感謝の気持ちを伝えた。
リュカくんへの言伝は、アルベールさんに頼んだ。
「これをリュカくんに渡してくれますか? 本のあいだに挟んで持ってくるように伝えてください」
「貸出票?」
「はい。以前、図書館で借りた『世界妖精図鑑』の返却期限が迫ってるので」
意味ありげに伝えると、アルベールさんはにやりと笑った。
「わかった。早く返せって言っておくよ」
数日後、リュカくんがお父さんと妹のドロシーちゃんと一緒に図書館に来た。
ちゃんと貸出票を本に挟んでる。無事に入館できて良かった。
「おねえちゃん、ほんをかしてくれてありがとう」
「迷惑かけて、申し訳なかったです」
リュカくんとお父さんが頭を下げると、ドロシーちゃんも真似してペコリと頭を下げた。
「いいんですよ。ご返却ありがとうございました。ぜひまた遊びに来てください」
「またきていい?」
リュカくんはキラキラした目でお父さんを見た。
「いいけど、もう迷惑かけんなよ」
「うん!」
「あの、館長さん。息子がえらいことしちまったのに、大ごとにしねえでくれて感謝しとります。怪我をしてクビになってから、くさくさしちまって、こいつらにもひでえことしたって反省しとりますんで。あの男前の騎士様のおかげで、補助金とやらをもらえたし、おかげさんで仕事も見つかりました」
「それは良かったですね」
「はい。んじゃあ、これで失礼します。リュカ、ドロシー、帰ろう」
「おねえちゃん、ばいばい」
「ねーたん、ばばーい」
可愛く手を振る兄妹に、ブンブンと手を振り返した。




