六話:妹
プリンを食べ終えたあとも。
しばらく、シルフィアは皿をじっと見つめていた。
「……」
もう中身は空だというのに。
名残惜しそうに、ほんの少しだけ身を乗り出している。
「……そんなに気に入ったのか」
「……別に」
視線を逸らす。
だが、ちらりともう一度皿を見るあたり、全く説得力がない。
「また作らせればいいだろ」
「……ほんとに?」
ぱっと、こちらを見る。
「ああ」
「……」
少しだけ迷うようにしてから。
「……じゃあ、また食べる」
「はいはい」
素直すぎる返答に、思わず苦笑が漏れる。
「ふふっ」
その様子を見て、リリアナが楽しそうに笑った。
「シルフィアさん、すごく気に入ったんですね」
「……うるさい」
小さく言い返すが、声に刺はない。
むしろ、どこか拗ねたような響きだった。
「ねぇねぇ」
リリアナが身を乗り出す。
「シルフィアさんって、いつも空を飛んでるんですか?」
「……まあ」
「いいなぁ……」
羨ましそうに目を輝かせる。
「私も飛んでみたいです!」
「無理」
「即答……」
しゅん、と肩を落とす。
だが、すぐにまた顔を上げる。
「じゃあ、ちょっとだけ触ってもいいですか?」
「やだ」
「また即答……」
今度はさっきよりも分かりやすく落ち込む。
……とはいえ。
完全に拒絶しているわけではない。
シルフィアはちらりとリリアナを見ると。
「……そのうち」
ぽつりと、そう付け加えた。
「えっ、ほんとですか!?」
ぱっと顔を明るくするリリアナ。
「約束ですよ!」
「……知らない」
そっぽを向くが、ほんの少しだけ頬が緩んでいる。
――さっきより、明らかに距離は縮まっていた。
「お兄さま!」
今度は俺の方を見る。
「シルフィアさん、優しいですね!」
「そうか?」
「はい!」
満面の笑みで頷く。
「最初はびっくりしましたけど、きっといい子です!」
「……」
その言葉に。
シルフィアは少しだけ目を伏せた。
だが――否定はしなかった。
代わりに、ふわりと宙に浮き直して。
俺の肩のあたりに、そっと寄ってくる。
さっきみたいに隠れるわけじゃない。
ただ、近くにいる。
それだけの距離。
「……変な家」
ぽつりと呟く。
「今さらだな」
「……うん」
小さく頷いた。
その声音は、どこか落ち着いている。
さっきまでの警戒が、少しだけ薄れていた。
「……」
静かな時間が流れる。
食後の、穏やかな空気。
誰も急かさない、ゆるい時間。
「……あの」
不意に、リリアナが口を開いた。
「ん?」
「その……」
少しだけもじもじとしながら。
視線を彷徨わせる。
「今日は……その……」
言葉が続かない。
何かを言いかけて、飲み込むように。
「……最近、あまり眠れなくて」
ぽつりと、そう零した。
「……」
「部屋、広いから……ちょっとだけ、静かすぎて……」
視線を落としたまま、続ける。
「……母さまがいないと、やっぱり少し……」
言い切らずに、口を閉じる。
「……」
レオンは何も言わない。
急かさず、ただ待つ。
「……帝都の社交会、長いですよね」
ぽつりと。
話題を変えるように、そう言った。
「そうだな」
「母さま、いつ頃帰ってくるのでしょうね」
小さく笑う。
けれど、その笑みはどこか少しだけ寂しげだった。
「……」
答えは分かっているはずだ。
それでも、口にしてしまうあたりが――子供らしい。
「……久しぶりに」
ちらりと、こちらを見る。
「お兄さまと一緒に寝てもいいですか?」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「だめ……ですか?」
不安そうに見上げてくる。
紫の瞳が、じっとこちらを見つめていた。
「……いや、別に構わないが」
「ほんとですか!」
ぱっと顔を輝かせる。
さっきまでの陰りが、一気に消える。
「やった……!」
嬉しそうに笑うその姿は、やっぱり年相応の子供だった。
「……」
そのやり取りを。
シルフィアが、じっと見ている。
少しだけ不思議そうに。
そして――ほんの少しだけ。
羨ましそうに。
「……変なの」
小さく呟いた。
だが、その声はどこか柔らかかった。
-------------------------------------
夜。
屋敷の廊下は、昼間とは打って変わって静まり返っていた。
灯りだけが、やわらかく床を照らしている。
そんな中――
とん、とん、と。
控えめなノックの音が響いた。
「お兄さま……起きてますか?」
「起きてるぞ」
短く返すと。
ゆっくりと扉が開いた。
隙間から、ひょこっと顔を出す。
「……入ってもいいですか?」
「だからさっき許可しただろ」
「えへへ……ですよね」
少し照れたように笑ってから、部屋に入ってくる。
白を基調にした寝間着姿。
昼間とは違って、どこか幼く見えた。
「……」
その後ろで。
ふわり、と。
小さな影が浮かぶ。
――シルフィアだ。
壁際から、こっそり様子を見ている。
どうやら完全に寝るわけではなく、気になってついてきたらしい。
「お兄さまの部屋……久しぶりです」
きょろきょろと見回すリリアナ。
特に変わったものはないはずだが、それでも楽しそうだ。
「何も変わってないだろ」
「そうなんですけど……なんか落ち着きます」
そう言って、ベッドの端にちょこんと座る。
ぽす、と軽い音。
「……いいのか?」
「はい?」
「一緒に寝るんじゃなかったのか」
「あっ……」
一瞬、固まる。
それから、じわじわと顔が赤くなる。
「……い、いきなり言わないでください……!」
「お前が言い出したんだろ」
「そ、そうですけど……!」
もじもじとしながら、視線を逸らす。
その仕草が妙に子供っぽい。
「……」
少しだけ間を置いて。
おそるおそる、こちらを見る。
「……隣、いいですか?」
「好きにしろ」
「……はい」
小さく頷いて。
そっと、隣に横になる。
距離は、ほんの少しだけ近い。
触れるか触れないかの距離。
「……」
しばらく、何も言わない。
ただ静かな時間が流れる。
「……お兄さま」
「なんだ」
「今日、楽しかったです」
ぽつりと。
柔らかい声で言う。
「シルフィアさんと話せて」
「そうか」
「はい」
くすっと笑う。
「なんだか、家族が増えたみたいで」
「……」
その言葉に。
少しだけ、間ができる。
だが、否定はしない。
「……シルフィアさんも、きっと優しい子ですよね」
「まあな」
「最初はびっくりしましたけど……」
ちらりと視線を動かす。
部屋の隅。
そこにいる、小さな精霊へ。
「ちゃんと仲良くなりたいです」
「……」
その言葉に。
シルフィアが、ぴくっと反応する。
だが、出てこない。
まだ少し距離を保ったまま。
「……」
リリアナは、少しだけ体を寄せる。
ほんのわずかに、肩が触れる。
「……お兄さまって、優しいですよね」
「唐突だな」
「だって」
ふわっと笑う。
「約束、ちゃんと守るし」
「……」
「だから私、好きです」
あっさりと。
何の迷いもなく言う。
――重くない。
ただ純粋な「好き」。
「……そうか」
「はい」
満足そうに目を細める。
「……」
やがて。
ゆっくりと目を閉じる。
「……おやすみなさい、お兄さま」
「ああ」
静かな返事。
すぐに、寝息が聞こえ始める。
本当に安心しきった顔だった。
「……」
その様子を。
少し離れた場所から、シルフィアが見ている。
じっと。
しばらく見つめて。
それから――
ふわりと浮かび上がり。
ベッドの端に、そっと近づく。
リリアナの寝顔を覗き込む。
「……ほんとに、変な子」
小さく呟く。
だが、その声はどこか優しい。
そして――
ほんの少しだけ。
その距離が、縮まった。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




