七話:姉
朝。
窓から差し込む柔らかな光が、部屋の中をゆっくりと照らしていく。
「……ん」
うっすらと目を開ける。
見慣れた天井。
――いつもの朝だ。
……いや。
少しだけ違う。
「……」
視線を横に向ける。
すぐ隣。
リリアナが、静かに眠っていた。
小さな寝息を立てながら、俺の腕を軽く掴んでいる。
まるで、離れないようにするみたいに。
「……」
……まあ、昨日の流れだしな。
そっと手を抜こうとすると。
「……んぅ……」
ぴくっと反応する。
少しだけ眉を寄せて、ぎゅっと力が強くなる。
「……」
起こすのも面倒だ。
しばらく、そのままにしておく。
「……」
ふわり、と。
別の気配が動いた。
視線を上げると。
枕元の少し上。
シルフィアが、宙に浮いたままこちらを見ていた。
「……起きてるのか」
「……さっきから」
小さく頷く。
どうやら先に目を覚ましていたらしい。
「……よく寝てた」
ぽつりと呟く。
「そりゃどうも」
「……変な寝方」
「放っとけ」
軽く言い返すと。
シルフィアはくすっと小さく笑った。
昨日より、明らかに表情が柔らかい。
「……」
その時。
「……お兄さま……」
寝言混じりの声。
リリアナが、少しだけ身を寄せてくる。
頬が触れる距離。
「……」
シルフィアが、それをじっと見ている。
「……ほんとに、変な関係」
「余計なお世話だ」
「……でも」
少しだけ間を置いて。
「……嫌じゃない」
小さく、そう付け加えた。
「……」
返す言葉はない。
ただ、少しだけ静かな時間が流れる。
やがて。
「……ん」
リリアナが、ゆっくりと目を開けた。
「……あれ……」
ぼんやりとした視線が、こちらに向く。
「……お兄さま……?」
「おはよう」
「……おはようございます……」
まだ眠そうな声。
それでも、少しずつ意識がはっきりしてくる。
「……あ」
ぱちっと目が覚める。
状況を理解したらしい。
「……す、すみません……!」
慌てて離れる。
顔がほんのり赤い。
「別にいい」
「でも……その……」
もじもじとしながら視線を逸らす。
……本当に分かりやすいな。
「それより」
軽く話を切り替える。
「朝飯にするぞ」
「あっ、はい!」
ぱっと表情が明るくなる。
「シルフィアさんも、一緒に行きましょう!」
「……」
一瞬だけ間を置いて。
「……行く」
小さく頷いた。
――昨日より、迷いがない。
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朝食の後。
相変わらずリリアナは、シルフィアに話しかけ続けていた。
「シルフィアさん、甘いもの好きなんですね!」
「……別に」
「でも、すごく夢中で食べてましたよ?」
「……うるさい」
そっぽを向く。
だが否定しきれていないあたり、分かりやすい。
「ふふっ」
リリアナが楽しそうに笑う。
――そんな穏やかな空気の中。
コンコン、と扉がノックされた。
「失礼いたします」
レイナが入ってくる。
「レオン様」
「なんだ」
「セレナ様がお見えです」
「……」
一瞬だけ、間が空く。
「……あいつが?」
「はい」
「……珍しいな」
そう呟いた、次の瞬間。
「やぁ、やぁ」
ノックもそこそこに。
ひょい、と軽い調子で扉が開く。
「久しぶりだね、レオンくん」
にこりと笑う少女。
銀に近い髪に、整った顔立ち。
落ち着いた雰囲気と――どこか遊びのある目。
俺の姉。
セレナだ。
「……勝手に入るな」
「いいじゃないか、減るものでもないだろう?」
軽く肩をすくめる。
「それより」
じっとこちらを見る。
「元気そうで何よりだよ」
「そっちもな」
「うん、絶好調だよ」
あっさりと答える。
その言い方が、いかにも“できる側”の人間だ。
「お姉さま!」
リリアナがぱっと駆け寄る。
「おはようございます!」
「おはよう、リリアナ」
優しく微笑みながら、頭を撫でる。
「今日も元気そうで安心したよ」
「はい!」
嬉しそうに笑うリリアナ。
その様子を見てから。
セレナは、ゆっくりと視線をずらす。
「……で?」
目が細くなる。
「そっちの可愛らしいのは、何かな?」
「……」
シルフィアがぴたりと動きを止める。
だが、昨日のように隠れはしない。
警戒しながらも、その場に留まっている。
「精霊だ」
「へぇ……」
セレナの口元が、少しだけ楽しそうに歪む。
「また面白いものを連れてきたね、レオンくん」
「拾ってきたわけじゃない」
「似たようなものだろう?」
くすっと笑う。
完全に流されている。
「……」
シルフィアが、じっとセレナを見る。
「……この人」
「ん?」
「……なんか、怖い」
「はは、正直でいいね」
まったく気にした様子もない。
「まあ、商人だからね」
「商人……?」
シルフィアが小さく首を傾げる。
「そう」
セレナは軽く一歩前に出る。
「十四歳にして商会長をやっている、そこそこ優秀なお姉さんだよ」
「自分で言うな」
「事実だから仕方ない」
あっさりと言い切る。
「……すごい」
シルフィアがぽつりと呟く。
その反応に、セレナは満足そうに目を細めた。
「まあね」
軽く流してから。
ふっと、こちらに近づく。
距離が少しだけ詰まる。
「……それで」
にやり、と笑う。
「今日はちゃんと時間、空いてるのかな?」
「……何の話だ」
「決まってるだろう?」
くい、と顎で示す。
「商会の話さ」
「……またか」
「まただよ」
即答。
「だってさ」
少しだけ声のトーンが変わる。
「君に聞くのが、一番早いし、一番当たる」
「……」
「それに」
ほんの少しだけ、楽しそうに。
「君と話すの、嫌いじゃないからね」
「……」
ため息が出る。
「お兄さまとお姉さま、仲いいですね!」
リリアナが嬉しそうに言う。
「お前には、これが仲良さそうに見えるのか?」
「え、違うんですか?」
だが。
セレナは、くすっと笑って。
「いや、違わないよ。たまに会いに来るくらいだからね。」
「一方的にだがな…」
なぜ姉が俺に会いに来るようになったのか。それは俺が五歳の頃にまで遡る。
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