表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った弱肉強食世界で最強の俺は、魔力ゼロの妹のためにすべてを壊す  作者: 黒海苔
一章:教祖誕生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/44

八話:回想

リリアナが生まれる前の話です。

 転生してから、五年が経った。


 この世界にも、石鹸はあるにはある。


 だが――正直、使いづらい。


 獣脂をそのまま固めたような代物で、匂いはきつく、泡立ちも悪い。

 汚れは落ちるが、肌に残る感触がどうにも気持ち悪い。


 庶民に至っては、それすら使わないことも多い。

 水で流すか、布で拭くだけ。


 ――面倒くさい。


 脂は落ちにくいし、さっぱりしない。


 作ろうと思えば、もっとマシなものは作れる。


 だが、自分でやれば確実に目立つ。


「天才だ」とか、「特別だ」とか。

 そんな扱いは、正直ごめんだった。


 なら――


 きっかけだけ与えて、誰かにやらせればいい。


 ちょうどいい相手は、すぐ近くにいる。


 -------------------------------------


「……あれ」


 レオンは手を見つめた。


 昼に食べた肉の脂が、指に残っている。


 水で洗っても、ぬるぬるが消えない。


「レオン?」


 背後から声がした。


 振り返ると、セレナがこちらを覗き込んでいる。


「何してるの?」


「これ、落ちないなって」


 手を見せると、セレナは一瞥して肩をすくめた。


「油だもの。水じゃ無理よ。石鹸使えば?」


「さっき使ったけど、なんか微妙でさ」


「ああ……あれね」


 セレナも少し顔をしかめる。


「匂い残るし、あんまり好きじゃないわ」


「だろ?」


 レオンは少しだけ考えるように言う。


「さっき、暖炉の灰触ったあとだと、ちょっと落ちた気がする」


「灰?」


 セレナの目が、すっと細くなる。


「気のせいじゃない?」


「かも。でも、なんか違ったんだよ」


「へえ」


 一瞬の間。


 そして、セレナは笑った。


「じゃあ、試してみましょうか」


 -------------------------------------


 暖炉の灰を集め、水をかける。


「これで?」


「分からん」


「適当ね」


「うん」


 桶の底に溜まった水をすくう。


 見た目はただの濁った水。


 だが、指で触ると違った。


「……ぬるぬるする」


 セレナも同じように触れる。


「本当ね」


 油のついた手をこする。


「……落ちてる」


 完全ではないが、さっきより明らかに落ちていた。


 二人は顔を見合わせる。


「面白い」


 同時に笑った。


 -------------------------------------


「これ、今の石鹸よりいいんじゃない?」


 セレナがぽつりと呟く。


「匂いもないし」


「確かに」


「じゃあ――」


 彼女はすぐに次を考える。


「これを使って、ちゃんとした形にできないかしら」


「形?」


「今の石鹸って、ただの脂の塊でしょ?

 だったら、こっちをベースにした方が良さそう」


 レオンは少しだけ考えたふりをする。


「油と混ぜたらどうなるんだろうな」


「……やってみましょう」


 -------------------------------------


 厨房から脂をもらい、鍋で溶かす。


 白い塊が、ゆっくりと液体になる。


「匂うわね」


「仕方ない」


 そこに、灰の水を加える。


 混ぜる。


 最初は分離していた。


 だが、混ぜ続けるうちに――


「……あれ?」


 セレナが声を上げた。


「白くなってきてない?」


 透明だった液体が、濁り始める。


 さらに混ぜる。


 重さが変わる。


「落ちるの遅くなってる」


「油じゃなくなってきてるな」


 セレナは楽しそうに笑った。


「いいわね、これ」


 -------------------------------------


 型に流し込む。


 -------------------------------------


 翌日。


「やる?」


「ああ」


 水をつけて擦る。


 すると。


「……泡」


 白い泡が立った。


「出てる」


 そして。


「落ちてる」


 油が、すっと消える。


 セレナは何度か試し、満足そうに頷いた。


「できたわね」


「ああ」


「これ、売れるわ」


「早いな」


「当然でしょ」


 セレナは石鹸を見つめ、楽しそうに笑う。


「だって、今までのよりずっと使いやすいもの」


 一拍。


「こんなの、流行らないわけがないじゃない」


 レオンは軽く肩をすくめた。


「じゃあ次は?」


「匂いね」


 即答だった。


「いい香りがしたら、貴族にも売れるわ」


 もう次を見ている。


 レオンは何も言わず、頷いた。


 -------------------------------------


 完成した石鹸は、正直見た目が良くなかった。


「……地味ね」


 セレナはそう言いながら、机の上の塊をつついた。


 くすんだ白色。形も不揃いで、表面もざらついている。


「まあ、初めてだしな」


「ええ。でも――」


 彼女は石鹸を持ち上げ、光にかざす。


「これじゃ売れないわね」


 あっさりと言い切った。


「そんなにか?」


「ええ。だって、“商品”に見えないもの」


 レオンは少し考える。


「でも、汚れは落ちるぞ?」


「それは分かる人にしか分からない」


 セレナは肩をすくめた。


「市で売られてる石鹸だって、一応は汚れは落ちるわ」


「……まあな」


「でも、みんな仕方なく使ってるだけ」


 一拍。


「“欲しくて買うもの”じゃないのよ」


 にやりと笑った。


 -------------------------------------


「じゃあどうする?」


「難しくないわ」


 セレナは指を一本立てる。


「まず、“ちゃんとした品”に見せる」


「見せる?」


「ええ。形と見た目」


 彼女は石鹸を並べ直しながら言う。


「市にある石鹸って、雑に切っただけでしょ?」


「そんな感じだな」


「だから安っぽく見えるの」


 二本目の指が立つ。


「次に、香り」


「やっぱりそこか」


「当然でしょ?」


 セレナは軽く笑う。


「貴族が香油を使う理由、知ってる?」


「……匂い消し?」


「それもあるけど、“気分”よ」


 一拍。


「いい香りは、それだけで価値になるの」


 -------------------------------------


 数日後。


 庭や市場で手に入る花や香草を使い、試行錯誤が始まった。


「これ、どう?」


 レオンが差し出したのは、花をすり潰して混ぜたものだ。


 セレナは香りを確かめ、小さく首を振る。


「……弱いわね」


「そうか?」


「嫌な匂いは消えてる。でも、それだけ」


 少し考え込む。


「香油みたいに、もう少しはっきりした香りが欲しいわね」


「香油か……」


「作れなくても、近づけることはできるでしょ?」


 セレナはすぐに切り替える。


「混ぜましょう」


「混ぜる?」


「一つでダメなら、組み合わせるの」


 すり潰し、混ぜ、試す。


 何度も失敗する。


 強すぎて鼻に残るもの。

 逆にすぐ消えてしまうもの。


 だが――


「……これ」


 ある組み合わせで、セレナの手が止まった。


「いいわ」


「ほんとか?」


「ええ」


 彼女は石鹸に混ぜ、水をつけて擦る。


 ふわりと、柔らかい香りが広がった。


「強すぎない。でも、ちゃんと残る」


 満足そうに頷く。


「これなら、“使いたくなる”わね」


 -------------------------------------


「次は形ね」


 セレナはそう言って、木片を手に取った。


「何してるんだ?」


「型を作るの」


「型?」


「市の菓子職人だって、型を使うでしょ?」


「ああ、確かに」


「同じよ。揃ってる方が“ちゃんとしてる”ように見えるの」


 四角く削り、枠を作る。


 そこに流し込む。


 -------------------------------------


 数日後。


 机の上には、整った石鹸が並んでいた。


 色は均一で、形も揃い、ほのかに香りがする。


 最初のものとは、明らかに違っている。


「……いい感じだな」


「ええ」


 セレナは腕を組み、満足そうに頷く。


「これなら売れる」


「今度は本当に?」


「もちろん」


 彼女は一つ手に取り、軽く掲げた。


「これはね、“汚れを落とすもの”じゃないの」


「違うのか?」


「ええ」


 一拍。


「“気分を変えるもの”よ」


 レオンは少しだけ眉を上げる。


「気分?」


「そう」


 セレナは微笑む。


「いい香りで、さっぱりして、少し気分が上がる」


「それが?」


「それにお金を払うのよ、人は」


 迷いのない声だった。


 -------------------------------------


「じゃあ、いくらで売る?」


「そうね……」


 セレナは少し考え、すぐに決める。


「最初は高めにいきましょう」


「高め?」


「ええ」


 彼女は石鹸を見つめながら言う。


「市にある石鹸より少し高い程度じゃ意味がないわ」


「どういうことだ?」


「同じ“石鹸”として見られるからよ」


 一拍。


「これは別物にするの」


「……なるほど」


「だから値段も、それに合わせる」


 にやりと笑う。


「貴族向けね」


「最初からそこ狙うのか」


「当然でしょ?」


 即答だった。


「広める前に、“特別な物”にするの」


 -------------------------------------


 石鹸を並べたまま、彼女は満足そうに頷いた。


「いいわね」


「何が?」


「これ」


 指で軽く叩く。


「面白いし、売れるし、まだまだ良くできる」


 一拍。


「長く稼げるわ」


 レオンは小さく息を吐いた。


 ――完全に商売の顔だ。


 ここまで来れば、もう自分の出る幕は少ない。


「じゃあ、次は?」


「決まってるわ」


 セレナは迷いなく言った。


「売るのよ」


 その目は、すでに“市場”を見ていた。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ