九話:新商品
――そして。
気づけばセレナは、本当に商会を立ち上げていた。
最初は石鹸だけだったはずだ。
だが、一つ売れれば、次を考える。
一つ当たれば、その利益でまた次を試す。
そんなことを繰り返しているうちに、気づけば扱う商品は増え、規模も広がっていった。
今では、十四歳にして商会長。
しかも、それを“周囲のお飾り”ではなく、本当に回しているのだから大したものだ。
……いや、大したものなんて言葉では足りないか。
単純に、化け物じみている。
俺がヒントを出したのは、最初だけだ。
そこから先は、ほとんどセレナ自身が広げた。
商品をどう見せるか。
誰に売るか。
どうやって価値を作るか。
そういうことを、あいつは最初から自然に分かっていた。
だから今でも、たまにこうして俺のところへ来る。
新しい商品の話を持って。
いや――
正確には、“使えそうな発想がないか探りに来る”と言った方が近いかもしれない。
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「……って感じでね」
セレナは、どこか楽しそうに肩をすくめた。
「今の私があるのは、案外レオンくんのおかげなんだよ?」
「初期だけだろ」
「その初期がなかったら始まってないさ」
さらっと返される。
「お兄さま、すごいです……!」
リリアナが、目を輝かせながらこちらを見る。
「石鹸を考えたんですね!」
「考えたっていうか、きっかけを出しただけだ」
「またまた」
セレナが口元に笑みを浮かべる。
「そうやってすぐ自分の手柄を小さく見せるんだから」
「事実だろ」
「どうだか」
完全に面白がっている顔だ。
「……」
そのやり取りを、シルフィアが黙って聞いていた。
そして。
「……やっぱり、変」
ぽつりと呟く。
「何がだ」
「……あなた」
じっとこちらを見る。
「変な人間だと思ってたけど……思ったより、ずっと変」
「褒めてるのか、それ」
「……たぶん」
少し迷ってから、そんなことを言う。
「ははっ」
セレナが楽しそうに笑った。
「いいね、その子。見る目がある」
「そうか?」
「あるとも」
そう言ってから、セレナはふっと表情を変えた。
遊びの色を少し引かせて。
「で、本題なんだけどね」
「やっぱりそれがあるのか」
「当然だろう?」
にやりと笑う。
「久しぶりに可愛い弟に会いに来たのも本当だけど、それだけで来るには少し距離があるからね」
「正直だな」
「商人だからね」
まったく悪びれない。
「それで?」
「新しい商品を考えてるんだよ」
セレナはそう言って、近くの椅子に腰掛けた。
「石鹸ほど日用品じゃない。
でも、うまくいけば貴族に強く売れるもの」
「ふうん」
「で、ちょっと詰まってる」
そこで、ちらりとこちらを見る。
「何か、妙な発想はないかい?」
「妙な発想って言い方やめろ」
「でも事実だろう?」
「否定しないのかよ」
「しないさ」
セレナは即答した。
「普通の子供は、灰と脂を見て石鹸なんて思いつかない。
普通の子供は、“香りに金を払う”なんて理屈を五歳で言わない」
「……」
「だから、私は君に聞きに来るんだよ」
そう言って、頬杖をつく。
その目は完全に、商売人のそれだった。
――やれやれ。
どうやら、今日は簡単には帰ってくれそうにない。
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「で?」
セレナが頬杖をついたまま、こちらを見る。
「今回は何を考えてるんだ」
「うーん……」
少しだけ視線を上に向ける。
「石鹸みたいな“必需品”じゃないんだよね」
「ほう」
「でも、“欲しくなるもの”にしたい」
「また曖昧だな」
「曖昧な段階だからね」
あっさりと言い切る。
「一応、候補はいくつかあるんだけど……決め手に欠ける」
「例えば?」
「香油の強化版とか、装飾品とか」
「無難だな」
「無難すぎて面白くない」
即答。
「売れるだけならそれでもいい。でも、それじゃつまらない」
にやりと笑う。
「どうせなら、“今までになかったもの”を出したいじゃないか」
「商人の台詞じゃないな」
「利益もちゃんと出すよ?」
「ならいいけどな」
「当然さ」
軽く笑ってから。
セレナは改めてこちらを見る。
「で、何かない?」
「……」
少しだけ考える。
とはいえ、答えを出す必要はない。
こいつは、ヒントさえあれば勝手に走る。
「そうだな……」
一つ、適当に口にする。
「“香り”はもうやったよな」
「やったね」
「じゃあ、“味”は?」
「味?」
セレナの目が、わずかに細くなる。
「食べ物の話かい?」
「食べ物に限らなくてもいい」
「……どういうこと?」
「例えば」
少しだけ間を置く。
「“甘い匂い”とか、“美味しそうな感覚”とか」
「……」
セレナの思考が止まる。
いや、止まったように見えて――
一気に回り始めている。
「……なるほど」
ぽつりと呟く。
「“食欲”に寄せる、か」
「別にそこまで言ってない」
「でもそういうことだろう?」
口元が楽しそうに歪む。
「香りって、“気分”だけじゃなくて“欲求”にも直結する」
「……」
「甘い香りでリラックスさせる。
あるいは、食欲を刺激する」
指先で机を軽く叩く。
「面白いね」
完全に乗った。
「……」
「待てよ」
さらに続く。
「香りだけじゃなくてもいい」
「ほう」
「“味”そのものを商品にすることもできる」
「どういう意味だ」
「例えば――」
一瞬だけ考えてから。
「手軽に食べられる甘いもの」
「……菓子か」
「そう」
セレナは頷く。
「でも、この世界の菓子って、どれも重いし雑でしょ?」
「まあな」
「保存も効かないし、持ち運びもしにくい」
「確かに」
「だったら」
にやりと笑う。
「“手軽で”“美味しくて”“見た目もいい”菓子を作ればいい」
「……」
「それだけで、価値になる」
「単純だな」
「単純だからいいんだよ」
即答。
「難しい理屈より、“欲しい”と思わせた方が勝ちなんだから」
「……」
完全にスイッチが入っている。
「……ねぇ」
不意に。
リリアナが口を挟む。
「甘いものって……プリンみたいなのですか?」
「プリン?」
セレナが首を傾げる。
「なんだいそれ」
「お兄さまがこの前に新しく考えたお菓子です」
「へぇ?」
セレナの目が、わずかに鋭くなる。
「どんなものだった?」
「えっと……柔らかくて、甘くて、とろっとしてて……」
「……」
「すごく美味しかったです!」
「……」
セレナが、ゆっくりとこちらを見る。
「レオンくん?」
「なんだ」
「それ」
一拍。
「詳しく聞かせてもらおうか」
「……」
やっぱり食いついたか。
「……別に大したものじゃない」
「君が“大したことない”って言うものは、大体当たりなんだよ」
「偏見だろ」
「経験則だよ」
にこりと笑う。
完全に逃がす気がない顔だ。
「……」
シルフィアが、そのやり取りをじっと見ている。
そして――
「……あれ、美味しかった」
ぽつりと呟いた。
「……ほう」
セレナの目が、さらに細くなる。
「精霊まで保証付きとはね」
「勝手に評価するな」
「するさ」
楽しそうに笑う。
「これは、面白くなってきたね」
完全に“商売の顔”だった。
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