十話:開発
「じゃあ、作ってみようか」
セレナがあっさりと言った。
「……今からか?」
「今だからこそ、だよ」
にやりと笑う。
「熱があるうちに形にしないと、いい案は逃げる」
「……相変わらずだな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
軽く流して、そのまま立ち上がる。
「厨房、借りるよ」
「勝手にしろ」
「うん、そうする」
迷いがない。
完全に“仕事モード”だ。
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厨房。
すでに材料は揃えられていた。
「卵、牛乳、砂糖……」
セレナが順に確認していく。
「思ったよりシンプルだね」
「だからいいんだろ」
「うん、だからいい」
納得したように頷く。
「シンプルなものは、応用が効くからね」
「……」
手際よく準備が進む。
卵を割り、混ぜる。
牛乳を温め、砂糖を溶かす。
「へぇ……」
セレナが少しだけ目を細める。
「“火を通す前の段階”で、すでに完成形が見えるのは面白い」
「そうか?」
「うん」
混ぜながら言う。
「大体の商品って、“途中”は不格好なのに、最後だけ綺麗になるものが多い」
「……」
「でもこれは、途中からすでに“それっぽい”」
くすっと笑う。
「売りやすいね」
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しばらくして。
蒸し終わったそれが、並べられる。
「……これが、プリンか」
セレナが覗き込む。
淡い黄色の、滑らかな表面。
揺らすと、ぷるりと震える。
「見た目はいいね」
「だろ」
「うん、これは強い」
迷いなく言う。
「まず“見た目で勝てる”」
すでに商品目線だ。
「食べてみていいかい?」
「どうぞ」
スプーンを取る。
すくって、口へ。
「……」
一瞬、止まる。
そして。
「……これは、売れるね」
即答だった。
「早いな」
「いや、これは分かる」
真剣な顔で言う。
「甘さ、食感、香り。全部ちょうどいい」
「……」
「何より、“軽い”」
「軽い?」
「うん」
もう一口食べながら続ける。
「今の菓子って、重いし量も多い。満足感はあるけど、気軽じゃない」
「……確かに」
「でもこれは違う」
一拍。
「“もう一つ食べたくなる”」
「……」
「これ、強いよ」
完全に確信している顔だった。
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だが。
そこで、セレナはふと動きを止めた。
「……いや」
「どうした」
「問題があるね」
「もうか」
「あるとも」
真剣な顔に変わる。
「これは――」
一拍。
「保存が効かない」
「……ああ」
「作ってすぐ食べるならいい。でも商品にするなら致命的だ」
「だな」
「持ち運びも難しい。崩れるし、温度で変わる」
「……」
完全に“商売の壁”に当たっている。
「じゃあどうする?」
レオンが聞く。
試すように。
「簡単だよ」
セレナは即答した。
「売り方を変える」
「……どういう意味だ」
「保存できないなら、保存しなければいい」
「は?」
「つまり」
にやりと笑う。
「“その場で食べさせる商品”にする」
「……店か」
「そう」
指を立てる。
「屋台でもいい。店でもいい」
「作りたてを提供する」
「そう」
セレナは頷く。
「それなら問題は一つ消える」
「……」
「むしろ」
さらに続ける。
「“出来たて”っていう付加価値がつく」
「……なるほどな」
「でしょ?」
楽しそうに笑う。
「あと一つ」
「まだあるのか」
「あるよ」
当たり前のように言う。
「器」
「器?」
「ええ」
プリンを指さす。
「これ、そのまま出すと味気ない」
「……」
「でも、綺麗な器に入れれば――」
一拍。
「“特別感”が出る」
「……貴族向けか」
「そう」
セレナは満足そうに頷いた。
「高く売れる」
迷いがない。
完全に道が見えている顔だった。
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「……すごいです……!」
リリアナが目を輝かせている。
「もう売ることまで考えてるんですね……!」
「当然だよ」
セレナはさらっと言う。
「いいものは、どう売るかまで考えて完成だからね」
「……」
シルフィアが、じっとプリンを見ている。
そして――
「……また食べる」
ぽつりと呟いた。
「ははっ」
セレナが笑う。
「いいね、その反応」
「それが一番大事なんだよ」
「……?」
「“また欲しい”って思わせること」
一拍。
「それが、商売の本質さ」
――そう言って。
セレナは、楽しそうに笑った。
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しばらくの間。
セレナは試作のプリンをいくつか食べ比べ、細かく調整を重ねていた。
「甘さはこれくらいがいいね。これ以上だとくどい」
「火の通りは?」
「もう少し滑らかにできる。火加減で調整できそうだ」
ぶつぶつと独り言のように呟きながらも、その目は真剣そのものだ。
――完全に仕事モード。
だが。
やがて。
「……よし」
小さく息を吐いて、手を止めた。
「今日はここまでにしよう」
「もういいのか?」
「うん」
軽く頷く。
「方向性は見えたし、あとは私の領分だ」
そう言って、手を軽く払う。
「レオンくんは、ここまでで十分だよ」
「そうか」
「うん。これ以上は、私の仕事」
その言葉には、妙な自信があった。
――任せておけ、という顔だ。
「お姉さま、もう帰るんですか?」
リリアナが少し寂しそうに聞く。
「そうだね」
セレナは、優しく微笑む。
「やることができたから」
「そっか……」
「でも、また来るよ」
ぽん、と軽く頭を撫でる。
「今度は、ちゃんと商品になったものを持ってね」
「はい!」
ぱっと顔を明るくするリリアナ。
その様子に、セレナは満足そうに頷いた。
そして。
ふと、こちらを見る。
「……それにしても」
少しだけ目を細めて。
「随分と賑やかになったじゃないか」
「そうか?」
「そうさ」
くすっと笑う。
「前は、もう少し静かだったよ」
「……」
「悪くない変化だと思うけどね」
ちらりと、シルフィアの方を見る。
「その子も含めて」
「……」
シルフィアは何も言わない。
だが、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「……ふふ」
それを見て、セレナが小さく笑う。
「じゃあ、私は行くよ」
軽く手を振る。
いつもの、軽い調子。
だが――
扉に向かって歩き出したところで、足を止めた。
「……レオンくん」
「なんだ」
振り返らないまま。
「今日は、いい日だったよ」
ぽつりと。
少しだけ、柔らかい声で言う。
「……そうか」
「うん」
短く頷く気配。
そして。
「ありがとね」
それだけ言って。
今度こそ、軽く手を振りながら部屋を出ていった。
――ぱたん、と扉が閉まる。
「……」
一瞬だけ、静けさが戻る。
「……いいお姉さまですね」
リリアナが、ぽつりと呟いた。
「……まあな」
短く返す。
「……」
シルフィアも、扉の方をじっと見ていた。
「……変な人」
「それは否定しない」
「……でも」
少しだけ間を置いて。
「……嫌いじゃない」
小さく、そう言った。
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