三話:精霊
「……なんだ、これ」
少女がいた。
いや、人間じゃない。
透き通るような肌。
淡い光を纏う髪。
小さな体。
――精霊。
その少女は、瓶の内側からこちらを見ていた。
怯えと警戒が混じった瞳。
――当然だろうな。
「……レイナ」
「はい」
「俺はこいつと話す。人が来ないか見張っててくれ」
「……分かりました。無茶はしないでくださいよ」
そう言って、レイナは路地の入り口へと下がっていく。
その背を確認してから、再び瓶の中へ視線を戻す。
「さて」
軽く瓶を指で叩く。
こん、と乾いた音が響いた。
「聞こえてるか?」
しばらくの沈黙。
やがて――
「……誰?」
頭の奥に直接響く、かすかな声。
だがその声には、明確な拒絶が含まれていた。
「通りすがりだ」
「……嘘」
即答だった。
その小さな体が、わずかに後ずさる。
「どうせ、あなたも同じでしょ」
「同じ?」
「私を攫った人間たちの仲間」
吐き捨てるような言葉。
だがその声は、微かに震えていた。
「優しくして、油断させて……そのあと、また使うつもりなんでしょ」
「……」
「もう分かってるの」
ぎゅっと、小さな手を握りしめる。
「だから、もういい」
顔を上げる。
その瞳には、諦めが浮かんでいた。
「どうせ、最後は同じなんだから」
――死ぬ覚悟はできている。
そう言っているような目だった。
だが。
その小さな体は、はっきりと震えていた。
「……さっき」
俺は口を開く。
「助けてくれって、言ってただろ」
「――っ」
精霊の目が見開かれる。
「……聞こえてたの?」
「ああ」
頷く。
「ちゃんと聞こえてた」
「……そう」
小さく呟く。
だが、その視線はまだ疑っていた。
「なら、どうするの?」
「どうする、って?」
「助けるふりして、また絶望させるの?」
試すような声。
だが、その奥には、ほんのわずかな期待が混じっていた。
「……さあな」
肩をすくめる。
「口で言っても信じないだろ」
「……当たり前でしょ」
「だよな」
だから――
「行動で示す」
手をかざす。
瓶を縛る鎖に、魔力を流し込む。
――軋む音。
次の瞬間。
バキン、と。
鎖が弾け飛んだ。
「え……?」
精霊が、呆然とする。
さらに、瓶の口に手をかざし――
――パリン。
ガラスが砕け散る。
閉じ込められていた空間が、あっさりと壊れた。
「ほら」
手を差し出す。
「出ろよ」
「……」
精霊は、動かない。
ただ、信じられないものを見るような目でこちらを見ている。
「……どうした」
「……あの鎖……」
ぽつりと呟く。
「並の魔力じゃ、壊せない……」
それから、ゆっくりと俺を見る。
「それに……あなた、私の声も聞こえた」
「そうだな」
「……」
何かを考え込むように、視線を落とす。
やがて。
小さく息を吐いて――
「……もし」
顔を上げる。
「これが罠だったとしても」
「ん?」
「今なら……逃げられるよね」
「まあな」
頷く。
「好きにすればいい」
それだけだ。
別に、引き止める理由もない。
「……」
しばらくの沈黙。
そして――
「じゃあ」
精霊は、ゆっくりと瓶の外へと足を踏み出した。
ふわりと浮かび、こちらへと近づいてくる。
「私は、あなたについていく」
「……は?」
思わず声が漏れる。
「いいのか? 罠かもしれないんだろ」
「うん。でも」
少しだけ、困ったように笑う。
「信じることにした」
「急だな」
「それに」
お腹のあたりを押さえる。
「……お腹すいた」
「は?」
「ここ最近、何も食べてなくて……もう限界」
真顔だった。
……なるほど。
「死ぬ覚悟は?」
「あるけど、お腹すいた方がつらい」
「そうか」
納得した。
「じゃあ、飯でも食わせるか」
「ほんと?」
「ああ」
精霊の表情が、少しだけ明るくなる。
「ありがとう」
「気にするな」
そう言って、軽く手を振る。
「レイナ、戻れ」
呼びかけると、すぐにレイナが姿を現した。
「終わりましたか?」
「ああ。こいつ連れて帰る」
「……は?」
精霊を見て、眉をひそめる。
「説明してください」
「あとでな」
「はぁ……」
深いため息。
「本当に、面倒ごとばかり増やしますね」
「そうか?」
「自覚ないんですか?」
「ないな」
肩をすくめる。
その横で、精霊が小さく口を開いた。
「……シルフィア」
「ん?」
「私の名前」
まっすぐこちらを見る。
「シルフィア」
「そうか」
頷く。
「俺はレオンだ」
「……レオン」
その名前を、確かめるように呟く。
「よろしく」
「よろしく」
軽く返す。
「で、飯だろ?」
「うん」
素直に頷く。
「じゃあ帰るか」
そう言って、歩き出す。
その後ろを、シルフィアがふわりとついてくる。
さらにその後ろで、レイナが小さくため息をついた。
――こうして。
俺たちは、三人で屋敷へと戻ることになった。
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