幕間:ある冒険者の日常
世界観の説明です。
「おい、そっちの奴隷、水」
昼前の酒場。
冒険者たちの笑い声と、酒と汗の臭いが混ざる空間で、少女はすぐに立ち上がった。
「……はい」
木の杯に酒を注ぐ。
少しだけ手が震えていた。
昨日買われたばかりだからだ。
「こぼすなよ」
「すみません……」
謝罪は早い。
教育されている。
遅い謝罪は殴られる。
先に謝れば、機嫌が悪くない限りは許される。
「お前、名前なんだっけ」
「……ナナ、です」
「今日から荷物持ちな」
「はい」
少女は頷いた。
拒否権はない。
冒険者登録もしていない奴隷に、選択権は存在しない。
酒場の隅では、別の奴隷商人が商品を並べている。
首輪をつけた獣人の少女。
耳長のエルフ。
痩せた人族の子供。
年齢は様々だった。
「その白髪、いくらだ?」
「そっちは高いぞ。魔力耐性持ちだ」
「へぇ」
「回復役に使える。三日も潜れば元は取れる」
商談は軽い。
家畜を選ぶような口調だった。
その横を、探索帰りの冒険者たちが通っていく。
血の臭い。
泥。
刃こぼれした剣。
その後ろを、奴隷少女が荷物を抱えて歩いていた。
足元は裸足。
肩には噛み跡。
首輪には、所有者を示す鉄札。
「また壊れたのか?」
酒場の店主が聞く。
「三階層でオークにビビって動けなくなった」
「役立たずだな」
「まぁ、安物だったしな」
冒険者は笑いながら、後ろの少女の髪を掴んだ。
少女は抵抗しない。
抵抗すると蹴られるからだ。
「次はもうちょい丈夫なの買うわ」
「最近値上がってるぞ」
「知ってる。クソだるい」
酒場の奥では、別の冒険者が奴隷少女の膝を枕代わりにしていた。
少女は無表情で座っている。
慣れている。
「おい、飯」
「はい」
少女は立ち上がり、厨房へ向かった。
歩き方が少しぎこちない。
昨日、深層帰りの冒険者たちに回されたからだ。
だが、誰も気にしない。
本人すら気にしていなかった。
気にすると壊れる。
壊れると捨てられる。
だから考えない。
考えないように教育される。
「そういや、東の門の方また魔物増えたらしいな」
「あー、聞いた聞いた」
「新人死にまくってるって」
「ならまた奴隷増えるな」
笑い声。
誰も沈黙しない。
それは、景気の話だった。
人が死ねば、奴隷が増える。
奴隷が増えれば、値段が下がる。
値段が下がれば、使い潰しやすくなる。
単純な循環。
「最近はガキの方が人気あるぞ」
「従順だしな」
「教育楽なんだよなぁ」
「泣くけど、すぐ慣れる」
カウンター席の冒険者が、笑いながら酒を飲む。
昼間から酔っている。
その隣では、十歳くらいの獣人の少女が空になった皿を舐めていた。
許可されていない。
だが、止められない。
腹が減っているからだ。
「おい」
声が飛ぶ。
少女の身体が跳ねた。
「誰が食っていいって言った?」
「……ぁ」
皿が奪われる。
次の瞬間、頭を蹴られた。
小さな身体が床に転がる。
だが、酒場の空気は変わらない。
誰も止めない。
店主はグラスを拭き、冒険者は笑いながら酒を飲み、奴隷たちは目を伏せる。
「腹減ってんならダンジョンで働け」
「役に立ったら食わせてやる」
獣人の少女は何度も頭を下げた。
「すみません」
「すみません……」
「次やったら売るぞ」
「はい……」
それで終わりだった。
誰にとっても、珍しくない光景だった。
外では、鐘が鳴っている。
昼の鐘。
探索者たちが動き出す時間だ。
「じゃ、潜るか」
「今日は四階層まで行くぞ」
「回復用、ちゃんと連れてけよ」
「分かってるって」
冒険者たちは立ち上がる。
武器を持つ。
荷物を背負う。
そして、奴隷に荷車を引かせる。
それが、この街の日常だった。
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