三十三話:初日
――翌朝。
空気が、違った。
いつも通りの朝だ。
水路は流れ、田は揺れ、人々は動いている。
だが――
十二人だけが、その流れから切り離されていた。
平原の外れ。
簡単に整えられた空き地。
訓練場。
そこに、全員が集まっている。
誰も、軽口を叩かなかった。
昨日、あれだけ笑っていたルミナでさえ、黙っている。
セラフィナは拳を握りしめている。
ミレイナは腕を組み、苛立ちを隠していない。
ルシアは目を閉じ、呼吸を整えていた。
シエルはただ、前を見ている。
逃げる気はない。
全員、同じだ。
「……始める」
レオンの一言で、空気が固まる。
「やることは単純だ」
一拍。
「魔力を使い切れ」
沈黙。
「……それだけ?」
ミレイナが眉をひそめる。
「ああ」
「で、回復して、また使う」
「それを繰り返す」
ルミナが首を傾げる。
「それで強くなるの?」
「なる」
即答。
「魔力は、使い切ってから回復すると、わずかに増える」
ルシアの目が開いた。
「……容量の拡張」
「ああ」
「器を空にしてから満たす」
「それを繰り返す」
レティシアが小さく呟く。
「なら、理屈は通りますね」
「通るだけだ」
レオンは続ける。
「問題は――苦痛だ」
一瞬、空気が冷える。
「魔力を使い切ると、体の奥を削られるような感覚になる」
「立てなくなる」
「吐く」
「意識が飛ぶ」
誰も笑わなかった。
「それでもやる」
一拍。
「五年だ」
その言葉が、重く落ちる。
だが――誰も目を逸らさない。
「今回は睡眠と食事による魔力回復を使う」
「食料は問題ない」
レオンが後ろを顎で示す。
そこには、積まれた米。
一年かけて作り、余るほどになった備蓄。
「食って回復する」
「寝て回復する」
「また削る」
シルフィアが小さく呟く。
「……本当に地獄だね」
「そうだ」
レオンは否定しない。
「地獄を五年だ」
ノクティアが笑う。
「なるほどのう。これは面白い」
「何をするのじゃと思ったが……確かに狂っておる」
「だが――理にかなっている」
「だからやる」
レオンは視線を十二人に戻す。
「始めろ」
最初に動いたのは、シエルだった。
何も言わない。
ただ、手を前に出す。
淡い光が灯る。
弱い。
だが、揺れない。
続いて、ミレイナ。
「……こんなんでいいの?」
「いいから出せ」
「はいはい……っ」
赤黒い魔力が手に集まる。
荒い。
だが量がある。
ルミナは小さな火花を散らす。
「出た!」
「喜ぶな。続けろ」
「はい!」
ルシアは最も精密だった。
だが、すぐに顔をしかめる。
「……非効率すぎますね」
「今はそれでいい」
セラフィナは必死だった。
「で、出ます……!」
出ない。
もう一度。
出ない。
「……っ、出て……!」
やっと、小さな光が灯る。
「出た!」
「続けろ」
「はい!」
数秒後、消える。
「……え?」
「もう一度だ」
「はい……!」
全員が、魔力を出し続ける。
ただそれだけ。
だが――
数分で、地獄が始まった。
「……っ、なにこれ」
ミレイナが歯を食いしばる。
「ただ出してるだけよね……?」
「だからだ」
「意味分かんないくらいキツいんだけど……!」
ルミナの火が揺れる。
「あ、やば……消える……!」
「消すな」
「無理!」
フィリアの呼吸が乱れる。
「……っ、体が、重い……」
アルティナはすでに震えていた。
「……っ、これ、だめ……」
エルミナが呟く。
「詰まる……流れない……」
「押せ」
「……無理」
「やれ」
セラフィナが崩れる。
「っ……!」
地面に手をつく。
それでも立とうとする。
「まだ……!」
「終わりだ」
「いやです……!」
「終わりだ」
レオンは動かない。
助けない。
ただ見る。
セラフィナは歯を食いしばり、震えながら立ち上がる。
そして――
もう一度、光を出そうとする。
出ない。
完全に空だ。
「……っ……」
その場に崩れた。
「……食え」
レオンが言う。
すぐに、器が並ぶ。
米。
温かい汁。
湯気が立つ。
「これも訓練だ」
セラフィナは震える手でそれを持つ。
一口。
飲み込む。
その瞬間。
「……あ……」
目が、わずかに見開かれる。
「……戻ってる……」
フィリアが息を呑む。
「本当に……」
「当たり前だ」
レオンは言う。
「だから削る」
「だから食う」
「それを繰り返す」
ルミナが器を抱える。
「……これ、何回やるの?」
「今日か?」
「うん」
「倒れるまでだ」
「……うわぁ」
ミレイナが笑った。
乾いた笑いだ。
「ほんとに地獄じゃん」
「言っただろ」
レオンは静かに言う。
「始まったばかりだ」
その言葉に。
誰も、逃げなかった。
「……やる」
シエルが言う。
短く。
それだけ。
再び、手を上げる。
弱い光が、また灯る。
続いて、ミレイナ。
「はいはい、やるわよ……!」
ルミナ。
「もう一回いく!」
セラフィナ。
「……はい……!」
次々と、魔力が灯る。
一回目より弱い。
一回目より不安定。
だが――消えない。
それを見て、レオンは目を細めた。
(……いい)
地獄は、まだ始まったばかりだ。
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