二十八話:ついにチートを手に入れた
――翌日。
空気は、明らかに変わっていた。
動きが速い。
指示を待たない。
無駄がない。
昨日までとは別物だった。
(……回り始めたな)
レオンは、焚き火の近くでそれを見ていた。
もう“群れ”ではない。
最低限の意思を持った集団。
ルシアが作業の順番を整理し、ミレイナが現場を怒鳴りながら回し、リュシエラが崩れそうな空気を柔らかく支えている。
フィリアは休ませる者と働ける者を見分け、エルミナは昨日作った道具をさらに改良していた。
ルミナは相変わらず明るく声を飛ばし、アルティナは土を見ている。
シエルとリゼは外周。
レティシアは少し離れた場所で水の流れを確認し、カルネリアは無言で木材を運んでいる。
「昨日より、みんな自然に動いてるね」
肩の上で、シルフィアが言った。
「ああ」
「褒美って、すごいんだね」
「報酬があると人は動く」
「言い方が冷たい」
「事実だ」
「でも、あの子たちにとっては、それだけじゃない気がするけどね」
シルフィアは、焚き火の向こうで笑うルミナたちを眺めながら言う。
「ちゃんと見てもらえたのが、嬉しかったんじゃない?」
「……そうかもな」
「お、ちょっと素直」
シルフィアがからかうように笑った、その時だった。
「……来たぞ」
背後から、低い声。
振り返ると――ノクティアが立っていた。
いつも通りの涼しい顔。
だが、その表情にはどこか余裕がある。
手ぶらだ。
――何も持っていない。
「遅い」
レオンが言う。
「無茶を言うな」
ノクティアは肩をすくめる。
「お主が言った“水辺に育ち、粒を食える作物”など、そう簡単には見つからん。しかも量を持ってこいときた」
「見つけたんだろ」
「当然じゃ」
口元が歪む。
「妾を誰だと思っておる」
「便利な黒竜」
「殴るぞ」
低い声。
だが――次の瞬間。
ノクティアが、片手を軽く持ち上げた。
「……見ておれ」
空間が、わずかに歪む。
空気が軋むような音。
何もない空間に――裂け目が走る。
黒い、深い穴。
底が見えない。
「――出ろ」
短い命令。
その瞬間。
――ドンッ!!
重い音と共に、何かが落ちた。
布袋。
膨らんだ袋。
さらに――
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!
次々と。
まるで雨のように。
空間の裂け目から、大量の袋が吐き出される。
「……は?」
ミレイナが呆然と呟く。
止まらない。
落ちる。
積み上がる。
袋、袋、袋。
あっという間に――
小山のような山ができた。
いや、一つではない。
いくつも。
積み上がり、重なり、地面を埋めていく。
白い粒が袋の口からこぼれ、陽光を反射する。
「……なにこれ」
ルミナがぽかんと口を開ける。
「量、って……」
セラフィナが震える声で言う。
「これ、“量”のレベルじゃないですよね……?」
最後の袋が落ちる。
ズシン、と地面が揺れた。
空間の裂け目が、すっと閉じる。
静寂。
そして――
目の前には、山。
袋が幾重にも積み上がり、まるで壁のようになっていた。
ノクティアは、その前に立つ。
腕を組み、堂々と。
「――持ってきたぞ」
一言。
それだけ。
だが――圧倒的だった。
「……いやいやいやいや」
ミレイナが頭を押さえる。
「規模おかしくない?」
「すごっ!!」
ルミナが目を輝かせる。
「なにこれ!宝の山じゃん!」
「食べ物……?」
アルティナが呟く。
目が離せない。
「全部……これが?」
フィリアが言葉を失う。
ルシアは冷静に見ていたが、その目もわずかに見開かれている。
「保存量としては……過剰ですね」
「過剰で済むかこれ」
ミレイナが突っ込む。
エルミナは袋を一つ叩く。
「運搬効率、無視してる」
「そりゃ空間から出してるからな」
レオンが淡々と言う。
シルフィアが肩の上で小さく笑った。
「……ねぇレオン」
「なんだ」
「これ、“ちょっと持ってきた”ってレベルじゃないよね」
「ああ」
一拍。
「“拠点を回す分”だ」
「規模感バグってるよ」
ノクティアが鼻を鳴らす。
「これでも抑えた方じゃ」
「抑えてそれかよ」
「お主が大量に持ってこいと言ったからだぞ?」
「これほどとは思わなかった」
「で、これで合っておるのか?」
ノクティアが袋の一つを足で軽く押した。
「南の湿地帯で見つけた。人間はあまり使っておらん土地じゃ。鳥どもがつついておったから、食えぬことはないじゃろう」
「鳥より先に人間が価値に気づけよ」
「知らぬものは価値にならん。そういうものじゃ」
ノクティアの言葉に、レオンはわずかに目を細めた。
確かにそうだ。
価値は、知っている者にしか見えない。
レオンは袋の紐を解いた。
中を見る。
白い粒。
一粒一粒は小さく、弱そうに見える。
だが――その瞬間、レオンの思考が静かに回り始めた。
(……来たな)
指で一粒つまむ。
軽い。
頼りない。
だが、この小さな粒こそが。
(これが、一番強い)
周囲の者たちは理解していない。
当然だ。
見たこともない。
価値も知らない。
だが、レオンは違う。
(小麦があるのに、わざわざこれを探させた理由)
それは単純だ。
(効率が違いすぎる)
頭の中で、数字が並ぶ。
米は収穫倍率がチートだ。
一粒を植える。
それが何粒になるか。
古い時代でも十から二十。
時代が進めば三十、四十。
(それでも十分バケモノだが)
さらに、今の知識があれば引き上げられる。
一方で、小麦はきつい。
古い農法では、一を撒いて二、三。
良くて四。
近世でも五、六。
(話にならない)
同じ労力。
同じ土地。
それで得られる量が、桁違いに違う。
つまり――
(少ない労力で、多くの人間を養える)
それが意味するもの。
人口が増える。
余剰が生まれる。
時間ができる。
そして――戦力になる。
それだけじゃない。
(米の本質は、もう一つある)
土。
連作障害がほぼない。
同じ作物を作り続けると、土地は弱る。
栄養が偏る。
病気が出る。
小麦はその典型だ。
続ければ、確実に弱る。
だから輪作が必要になる。
だが米は違う。
水を使う。
土を洗い、環境を整え、雑菌も流れる。
(同じ場所で回し続けられる)
つまり、管理が楽で、安定する。
これがどれだけ異常か。
(素人でも運用できる農業になる)
そして――組織に向いている。
水を引く。
区画を分ける。
人を動かす。
収穫する。
蓄える。
配る。
全部、集団運営と相性がいい。
レオンは袋の中の米を指で転がした。
(これで変わる)
肉だけでは限界がある。
狩りだけでは安定しない。
だが、これは違う。
育てられる。
蓄えられる。
増やせる。
「……米か」
レオンが呟く。
「そう呼ぶのか?」
ノクティアが聞く。
「ああ」
一拍。
「当たりだ」
それだけ言う。
だが、その一言に僅かな重みがあった。
シルフィアが肩の上から袋を覗き込む。
「これが、レオンが探してたやつ?」
「ああ」
「こんな小さいのが?」
「そうだ」
「ほんとにすごいの?」
「すごい」
即答だった。
シルフィアは首を傾げる。
「レオンがそこまで言うなら、相当だね」
「分かるか」
「分からないけど、レオンの顔が怖い」
「どういう意味だ」
「何か悪いこと考えてる顔」
「正しいことを考えてる」
「余計怖い」
そのやり取りを聞いていたノクティアが、くつくつと笑った。
「主よ。その粒で何をする気じゃ」
「増やす」
「どれほど」
「この拠点を食わせる程度には」
「ほう」
ノクティアの目がわずかに細くなる。
「それは面白い」
「全員、集めろ」
レオンが言った。
声は大きくない。
だが、すぐに伝わる。
人が集まる。
十二人も、その中心に来る。
「……なんだ?」
ミレイナが眉をひそめる。
「また何か始まるの?」
ルミナは楽しそうだ。
「食べ物ですか?」
セラフィナがすぐに袋を覗こうとして、ミレイナに襟首を掴まれる。
「近い。邪魔」
「すみません!」
フィリアは袋を見て、不思議そうに目を瞬かせた。
「これは……粒、ですか?」
ルシアはすでに観察している。
「乾燥している。保存できるものですか?」
エルミナは一粒を見て、淡々と言った。
「軽い。運びやすい」
アルティナは少しだけ顔を近づけ、匂いを確かめる。
「……草の種、みたい」
レティシアは何も言わない。
だが、その目は静かに細まっている。
知らないものに対する警戒と、知識欲。
その両方があった。
レオンは袋を開いたまま見せた。
「食い物だ」
その一言で、空気が少し動く。
「これが?」
「こんな小さいのが?」
「食べられるのか……?」
疑問。
当然だ。
「これを――育てる」
一拍。
「土に植える」
「水を使う」
「時間をかける」
簡潔な説明。
だが、周囲の理解は追いついていない。
「……そんなことして、増えるの?」
アルティナが不安そうに言う。
「ああ」
即答。
「そして、これがあれば」
レオンは一歩前に出た。
「食い物に困らなくなる」
その言葉。
全員の表情が変わった。
食い物。
それは、最も強い言葉だ。
「……ほんとに?」
誰かが呟く。
「ああ」
レオンは迷いなく言った。
「小麦でも食える」
一拍。
「だが、それじゃ足りない」
視線が、全体をなぞる。
「お前らを全員、生かすにはな」
ざわめきが広がる。
今度のざわめきは、恐怖ではない。
期待と困惑が混じったものだった。
「これなら足りる」
短く言う。
理由は分からない。
理屈も知らない。
だが――確信だけは伝わる。
シエルが一歩前に出た。
白銀の髪が風に揺れる。
「……それ、作れば」
一拍。
「もう、奪い合わなくていい?」
「ああ」
レオンは答えた。
「蓄えればな」
シエルの猫のような耳が、わずかに動く。
「……なら、やる」
迷いはなかった。
「私、やる」
「私も!」
ルミナがすぐに続く。
「食べ物増えるなら絶対やる!」
「ふーん、面白そうじゃん」
ミレイナが笑う。
「でも、ちゃんとやるなら水の管理が要るでしょ」
「必要です」
ルシアが即座に頷く。
「水路を作るなら、傾斜と流量を管理します」
「土は……私、見ます」
アルティナが小さく手を上げた。
まだ声は控えめだが、昨日よりはっきりしている。
「水が多すぎる場所と、少なすぎる場所……多分、分かります」
「私も手伝います!」
セラフィナが拳を握る。
「何すればいいか分からないけど、やります!」
「それはそれで不安だな」
ミレイナが呆れる。
リュシエラは静かに微笑んだ。
「人手が要るなら、組を分けましょう。焦らせると失敗します」
フィリアも頷く。
「体調を見ながら進めた方がいいです。水場の作業は体が冷えますから」
「道具、作る」
エルミナが短く言う。
「水を運ぶもの。土をならすもの。必要」
カルネリアは袋を見てから、静かに言った。
「掘るなら、力がいる」
「お前は力仕事だな」
「問題ない」
リゼは森の方を見た。
「……周囲、見る。作業中、無防備になる」
レティシアは最後に口を開いた。
「育てるなら、最初は区画を分けるべきです。全て同じ条件で試すより、水量と土の深さを変えた方がいい」
レオンはそれを聞き、わずかに目を細める。
(……いい)
理解はまだ浅い。
だが、それぞれが自分の役割で考え始めている。
これが組織だ。
「区画を分ける」
レオンが指示を飛ばす。
「水路を引く」
「地面を整える」
「最初は小さく試す。失敗しても潰れないようにだ」
今度は違う。
誰も止まらない。
すぐに動く。
ルシアが人員を分け、ミレイナが掘る組を動かす。
アルティナが土を確認し、エルミナが簡単な道具を作る。
カルネリアが固い地面を崩し、セラフィナがそれを運ぶ。
ルミナが声を張って人を集め、フィリアが無理をする者を止める。
リュシエラが混乱を抑え、レティシアが区画の配置を見ている。
シエルとリゼは外周に出た。
食料のために、全員が動き出す。
(……食い物は、やっぱ強いな)
レオンは小さく息を吐いた。
理想でも。
思想でもない。
現実。
それが、人を動かす。
シルフィアが肩の上で、袋の中の米をじっと見つめていた。
「ねぇ、レオン」
「なんだ」
「これが増えたら、みんなお腹いっぱい食べられるの?」
「ああ」
「毎日?」
「回ればな」
「……そっか」
シルフィアは少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、これ、すごいね」
「だから探させた」
「黒竜をお使いに出してまで?」
「黒竜だから早い」
「妾を便利な鳥扱いするでない」
ノクティアが不満げに言う。
シルフィアが笑った。
「でも、ちゃんと持ってきたじゃん」
「妾は優秀じゃからな」
「便利な黒竜だね」
「お主も言うか!」
ノクティアが目を吊り上げる。
そのやり取りを聞いたルミナが、遠くから笑う。
「ノクティアさん、便利な黒竜なんですか?」
「違うわ!」
「でも食べ物持ってきてくれたから、すごい黒竜ですね!」
「……ふん。分かっておるではないか」
ノクティアは少しだけ機嫌を直した。
単純だな、とレオンは思ったが、口には出さない。
人が動く。
畑を作るために。
生きるために。
そして――まだ誰も知らない。
この小さな行動が、後に大きな力になることを。
ノクティアが、レオンの横に並ぶ。
「主よ」
「なんだ」
「面白くなってきたのう」
「そうか」
「うむ。人間が“土地を持つ”というのは、こういうことか」
「違うな」
レオンは、短く言った。
「これは――奪う準備だ」
ノクティアの口元が、にやりと歪む。
「ほう」
シルフィアが肩の上で小さくため息をついた。
「また怖いこと言ってる」
「事実だ」
「何を奪うの?」
「未来だ」
一拍。
「奪われる側から、奪う側になる」
風が吹く。
草が揺れる。
その中で、“田”が作られ始めていた。
まだ小さい。
だが、確実に。
世界を変える形が、そこにあった。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。
ちなみに地球で稲作中心の地域の全体の人口は、それ以外の全ての地域の人口よりも多いです。
米はマジでチート作物です。




