二十四話:役割
――昼前。
太陽が少し高くなり、平原の空気が温まり始めていた。
作業は、すでに軌道に乗り始めている。
とはいえ、順調とは言い難い。
木は硬く、土は思ったより締まっている。
水場はまだ遠い。
そして――
「ちょっとぉ、これ重すぎなんだけど!」
不満げな声が響いた。
声の主は、紫がかった髪を後ろで雑に束ねた少女だった。
吊り気味の目。
細身だが、立ち方に妙な安定感がある。
太い枝を持ちながら、露骨に眉をひそめている。
「こんなの一人でやらせるとか、頭おかしいでしょ!」
文句は止まらない。
だが――手は止まっていない。
むしろ、周囲を見れば分かる。
彼女が持っている枝は、他の誰よりも太い。
普通なら二人がかりで運ぶものだ。
「お前、名前は」
レオンが声をかける。
少女は枝を持ったまま、こちらを睨んだ。
「ミレイナ」
「文句が多いな」
「文句くらい言わせなさいよ。働いてるんだから」
「手は止めてない」
「当たり前でしょ。止めたら終わらないじゃない」
言いながら、ミレイナは近くの男に視線を向けた。
「ほら! そっち持ちなさいよ!」
「は、はい!」
二人で持ち上げる。
だが。
「遅い! こうやって持つの!」
ミレイナは位置を直し、持ち方まで指示する。
そして、ぐい、と引きずる。
動く。
重いはずの木が、しっかりと進んでいく。
(……文句を言いながら仕事を進めるタイプか)
レオンは遠くから見ていた。
不満はある。
態度も悪い。
だが、結果は出す。
そして、周囲を動かす。
ああいう人間は、放っておいても現場を回す。
「……見てないで手伝いなさいよ!」
ミレイナがこちらに気づき、怒鳴った。
「お前が回してるだろ」
「当たり前でしょ! だからって楽していい理由にはならないんだけど!?」
「なら他に回せ」
「……は?」
「お前が全部やると、他が育たない」
一瞬、ミレイナの動きが止まった。
考えている。
ほんの一拍。
そして。
「……ちっ」
舌打ち。
だが、次の瞬間には声を張っていた。
「そこの二人! これ持ちなさい!」
「え、でも……」
「いいからやるの! 私が見てるから!」
任せる。
だが、完全には放さない。
その距離感。
(理解は早いな)
ミレイナは単に生意気なだけではない。
状況を読める。
そして、変えられる。
それは、強さだ。
「ねぇ、レオン」
肩の上で、シルフィアが小声で言った。
「あの子、口悪いけど面倒見いいね」
「使える」
「またそれ?」
「事実だ」
「女の子の評価、だいたい“使える”で終わるのどうかと思うよ」
「必要な判断だ」
「はいはい」
シルフィアは呆れたように笑った。
少し離れた場所では、一人の少女が木陰の近くで静かに作業していた。
薄い翠色の髪を背に流し、整った顔立ちに似合わないほど、表情は硬い。
周囲の喧騒とは少しだけ距離を置き、地面にしゃがみ込んでいる。
手にした枝で土を軽く掘り、何かを確かめていた。
「お前は」
レオンが近づく。
少女は顔を上げた。
目が合う。
怯えは薄い。
だが、何かを隠している目だった。
「……レティシアです」
「何を見ている」
「土です」
レティシアは指先で土をすくい、匂いを確かめる。
「水分、柔らかさ、日当たり。ここなら、畑に使えます」
「分かるのか」
「多少は」
声は静かだが、迷いはない。
その横顔に、一瞬だけ遠いものを見るような影が落ちた。
森。
整えられた大地。
手入れされた畑。
そんな記憶があるような顔。
だが、レティシアはすぐに表情を戻した。
「……ここ、使えます」
「そうか」
その声に気づいたのは、ルミナだった。
「ほんと?」
いつの間にか近くまで来ている。
「うん。ここなら、水も通しやすい」
「すごーい! じゃあここ畑にしよ!」
迷いがない。
ルミナはすぐに他の者を呼ぶ。
「こっちいい場所見つけたよー!」
人が集まる。
作業が始まる。
レティシアは何も言わない。
ただ、一歩下がる。
中心には立たない。
(前に出る気はない、か)
レオンは見る。
能力はある。
知識もある。
だが、目立つことを避けている。
理由はまだ分からない。
それでも、使えるのは確かだ。
「レオン」
シルフィアが小さく言う。
「あの子、ちょっと普通じゃないね」
「ああ」
「なんか隠してる」
「だろうな」
「聞かないの?」
「今はいい」
「ふーん。レオンって雑なようで、そういうところは待つんだね」
「必要なら話す」
「……話さなかったら?」
「使える範囲で使う」
「やっぱり怖い」
シルフィアは肩の上で身を縮めた。
別の場所では、やわらかな声が響いていた。
「はいはい、そこはもう少し間隔を空けて」
声の主は、青みがかった長い髪をゆるく結んだ少女だった。
目元は穏やかで、どこか眠たげにも見える。
だが、見ている場所は的確だ。
木を組んで、簡単な囲いを作っている者たちに声をかけている。
「お前、名前は」
「リュシエラです」
「何をしている」
「崩れないように見ています」
リュシエラは微笑んだまま、作業中の木を指した。
「詰めすぎると、後で崩れます。少し余裕を持たせた方がいいです」
「でも、早く終わらせた方が……」
「崩れたら二度手間でしょ?」
柔らかい口調。
だが、言っていることは的確だ。
押し付けない。
だが、自然と従わせる。
「……あ」
一人の少女が手を滑らせ、木を落としかける。
瞬間。
リュシエラが一歩踏み込んだ。
すっと手を添える。
支える。
「大丈夫。ゆっくりでいいのよ」
「す、すみません……」
「いいのいいの。ほら、もう一回やりましょう?」
責めない。
焦らせない。
それだけで、空気が変わる。
(場を安定させるタイプか)
レオンは遠くから見ていた。
命令ではない。
強制でもない。
だが、あの周囲は崩れない。
安心感。
それを自然に作れる人間は、貴重だ。
その少し外で、黙々と何かを組み立てている影があった。
灰色がかった髪を短く切りそろえた少女。
口数は少なそうだが、手元の動きが速い。
木片と石を組み合わせ、何かを作っている。
「お前は」
レオンが声をかける。
少女は手を止めずに答えた。
「……エルミナ」
「何を作っている」
「水を運ぶもの」
短い返答。
彼女は木片を組み合わせ、石で固定した。
簡単な器具。
手で抱えるより安定し、こぼれにくい。
「これ、使って」
近くの者に渡す。
「え?」
「手で持つより楽」
説明はそれだけ。
だが、使ってみれば分かる。
「お、おお……!」
「軽い……!」
声が上がる。
エルミナはそれ以上何も言わない。
また別のものを作り始める。
(道具で全体の効率を上げるタイプか)
レオンは視線を向けた。
ああいう人間がいると、開拓の速度は一気に上がる。
個人の力ではない。
全体を底上げする力。
それがある。
「ねぇ」
シルフィアが目を輝かせる。
「あの子、便利なもの作るね」
「ああ」
「ノクティアより便利?」
「用途が違う」
「黒竜と工作少女を同じ便利枠で考えないであげて」
「お前が言ったんだろ」
「そうだけど!」
シルフィアが抗議している間にも、エルミナの作った器具はすぐに数人へ渡り、水運びの動きが明らかに軽くなっていった。
そして、最も外れ。
人の少ない場所。
そこに、少女はいた。
白に近い灰髪。
長身。
無表情。
ただ一人、大きな木の前に立っている。
「お前は」
レオンが声をかける。
少女は斧を肩に担いだまま、ゆっくりとこちらを見る。
「……カルネリア」
「何をしている」
「木を倒す」
「一人でか」
「問題ない」
それだけ言って、カルネリアは斧を振った。
音が響く。
また振る。
止まらない。
呼吸も乱れない。
ただ、繰り返す。
誰も近づかない。
近づけない。
空気が違う。
だが――その木は、確実に削られている。
やがて、倒れる。
ゆっくりと。
音を立てて。
カルネリアはそれを見届けると、すぐに次へ向かった。
何も言わずに。
何も求めずに。
(あれは放っておいていい)
いや、むしろ――
(ああいうのがいるから、全体が回る)
目立たない。
だが、一番仕事をしている。
そういう存在だ。
「……すご」
シルフィアがぽつりと言った。
「あの子、人間?」
「人間だ」
「ほんとに?」
「多分な」
「レオン、今ちょっと自信なかったでしょ」
「気のせいだ」
気づけば、平原の景色が少し変わっていた。
木が倒れ、道ができる。
土が整い、区画が見える。
人が動き、流れが生まれる。
まだ未完成。
だが――確かに、前に進んでいる。
「……ふん」
レオンは小さく息を吐いた。
(悪くない)
最初にしては、上出来だ。
そして。
この流れは、まだ止まらない。
シルフィアが肩の上で、少しだけ楽しそうに言った。
「ねぇ、レオン」
「なんだ」
「この子たち、みんな違うんだね」
「ああ」
「でも、ちゃんと噛み合いそう」
「噛み合わせる」
「うわ、言い方」
レオンは答えず、動き始めた平原を見た。
この後、最初の“形”ができる。
そして――十二人が、さらに浮き上がることになる。
(ここからだな)
レオンは、静かに目を細めた。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




