十八話:撤収
――深夜。
森の手前。
整然と並ぶ兵団。その先頭に、レオンの兄、レグナス・ヴァルディス・アルヴァルトが立っている。
視線は、ただ前へ。
すでに戦闘音は止んでいた。
だが――
(……妙だ)
違和感だけが残る。
黒竜が動いたにしては、あまりにも静かすぎる。
(痕跡も、気配も……薄い)
本来ならば、もっと“残る”。
あの存在が暴れたなら、地そのものに刻まれるはずだ。
だが今は――
(まるで“収められた”かのような……)
その時。
「隊長、伝令です!」
背後から声。
「言え」
「当主様より命令――撤収せよ、とのことです」
「……そうか」
即答。
迷いはない。
(父上がそう判断したなら、それが最適なんだろう)
だが――
視線を、もう一度だけ森へ向ける。
(……何かがいる)
確信に近い感覚。
だが、それ以上は追わない。
「全隊、撤収」
「はっ!」
兵たちが動き出す。
整然と、無駄なく。
その中で、レグナスは最後までその場に残る。
ほんの数秒。
静かに森を見据える。
(……もし次に会うことがあれば)
目が、わずかに細まる。
(その時に、確かめる)
踵を返す。
闇の中へと、兵団は消えていった。
-------------------------------------
――翌朝。
レオンの屋敷。
カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込む。
「……」
レオンは目を開ける。
静かな朝。
だが、胸に残るのは――昨夜の父の視線。
「……」
(完全に疑われてるな)
小さく息を吐く。
その時。
――コン、コン。
「入れ」
扉が開く。
「おはようございます、レオン様」
専属メイド、レイナ。
いつも通りの無表情。
だが――その視線だけが、わずかに鋭い。
じっと、レオンを見る。
「……昨夜、旦那様とお会いになりましたか?」
「……」
(……直球か)
レオンはわずかに眉をひそめる。
「……ああ」
「やはり」
即答。
「やはりってなんだ」
「いえ」
淡々と続ける。
「深夜に旦那様がこの屋敷にいらしていましたので」
一歩、距離を詰める。
「もしかして、と思いまして」
「……」
(見られてたか)
「で?」
レオンが視線を返す。
「何が言いたい」
「簡単です」
一拍。
「何をされたんですか?」
直球。
「してねえ」
「本当に?」
「本当だ」
レイナは、しばらく無言で見つめる。
沈黙。
そして――
「……そうですか」
あっさりと引く。
だが。
「では深夜、旦那様に“ちゃんと見張っておけよ”と釘を刺された件も――」
ほんのわずかに、目が細まる。
「なかったということにしておきます」
「……勝手にしろ」
「はい」
くるりと背を向ける。
だが、扉の前で止まる。
「ただ」
「次は、もう少し分かりやすく誤魔化してください」
一拍。
「雑ですので」
「あと、朝食の準備が整っておりますので、お越しください」
「……」
ガチャ。
扉が閉まる。
「……鋭えな」
レオンが呟く。
その瞬間。
「いや普通にバレてるでしょ今の」
シルフィアが姿を現す。
「バレてねえ」
「いや絶対怪しまれてるって」
「ほう」
ノクティアが腕を組んで現れる。
「なかなか面白い屋敷じゃの」
「お前は黙ってろ」
「嫌じゃ」
「……」
レオンは額に手を当てる。
(外も内も、面倒なことになってきたな)
だが――
視線は、自然と外へ向く。
アルセリア平原の方角。
「……まあいい」
ゆっくりと立ち上がる。
迷いはない。
「……だが、次はもう少し慎重に動こうか」
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




