十七話:ギリギリセーフ
――深夜。
森の手前。
月明かりの下、整然と並ぶ兵団。
その中央に――
レグナス・ヴァルディス・アルヴァルト。
腕を組み、静かに前方を見据えていた。
視線の先は、アルセリア平原。
戦いはすでに終息している。
だが、空気はまだ張り詰めていた。
(……おかしい)
レグナスの内心は冷静だ。
(黒竜が動いたにしては、被害が少なすぎる)
(何かが介入した……?)
その時――
背後。
ほんのわずか。
風が揺れた。
「……」
レグナスの視線が、横に動く。
だが――
誰もいない。
「どうしました、隊長」
「……いや」
気のせい、か。
だが、引っかかる。
(今のは……気配?)
ほんの一瞬。
だが確かに、“何か”が通った感覚。
それも――
(……速い)
常人ではあり得ない速度。
だが、それ以上追わない。
理由は明確。
(敵意がない)
そして――
(こちらに干渉してこない)
ならば、優先は変わらない。
「……警戒を維持しろ」
「はっ!」
兵たちが応じる。
レグナスは再び前を見る。
だがその胸中には――
(何かが動いている)
確信だけが残った。
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一方、その“何か”。
――レオン。
(危ねえ……)
帰ろうとしたところ、俺の兄のレグナス率いる兵団が待ち構えていたとは……
さすがに、戦闘が激しすぎたか……
木々の影を滑るように移動する。
呼吸を殺し、気配を消し、魔力すら抑える。
ノクティアが小声で呟く。
「今の、バレておらんのか?」
「ギリギリな」
「ほう」
少し楽しそうに目を細める。
シルフィアが肩の上でひそひそと。
「いや普通にヤバかったでしょ今……」
「黙ってろ」
(兄貴か……)
一瞬だけ、レグナスの姿を思い出す。
(あれに正面から見られてたらアウトだったな)
レオンはそのまま森を抜ける。
屋敷へ――
何事もなかったかのように戻るために。
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――深夜。
別邸。
本来、レオンが住む屋敷。
人気はない。
静まり返っている。
扉を開ける。
中へ入る。
その瞬間――
「……遅かったな」
「――っ」
止まる。
視線の先。
そこにいたのは――
アルディウス・ヴァルディス・アルヴァルト。
椅子に座り、静かにこちらを見ている。
灯りは一つ。
影が深い。
「……」
一瞬の沈黙。
そして、レオンは言う。
「……なんで、あんたがここにいる」
素直な疑問。
それでいて、牽制。
アルディウスはわずかに口元を動かす。
「それはこちらの台詞だ」
一拍。
「お前こそ、どこへ行っていた?」
直球。
逃げ場はない。
レオンは肩をすくめる。
「散歩だ」
「深夜にか?」
「問題あるか」
数秒。
沈黙。
視線がぶつかる。
先に崩したのは、父だった。
「……アルセリア平原」
「……」
「何があった?」
レオンは答えない。
ただ、見返す。
「……知らないな」
嘘。
だが、表情は崩さない。
アルディウスは静かに指を組む。
「お前を疑っている」
「……は?」
あえて、少しだけ反応を出す。
「理由は三つ」
淡々と続ける。
「一つ」
「お前は五歳の時点で、規格外の魔力量を持っていた」
一拍。
「今なら、黒竜に匹敵していても不思議ではない」
レオンは無言。
「二つ」
「今日、久しぶりに話したな」
視線が鋭くなる。
「……何かを決めた顔をしていた」
(見てやがったか)
内心で舌打ち。
「三つ」
「タイミングだ」
静かに言う。
「お前が動いた夜に、黒竜クラスの戦闘が発生した」
一拍。
「偶然にしては出来すぎている」
沈黙。
レオンは息を吐く。
「……証拠は?」
「ない」
即答。
「だが、十分だ」
この男にとっては。
「……面倒だな」
「自覚はあるか」
「さあな」
一歩、距離を詰める。
空気が張り詰める。
だがその時――
「……で」
アルディウスの視線が、レオンの後ろへ向く。
「それは何だ」
「……あ?」
振り返る。
そこには――
腕を組んで立つ、ノクティア。
堂々と。
隠れる気ゼロ。
「ふん」
顎を上げる。
「我は――」
「拾った」
レオンが即座に被せる。
「は?」
ノクティアが固まる。
「……拾った?」
アルディウスが繰り返す。
「ああ」
「落ちてた」
「落ちてないわ!!」
小声でキレるノクティア。
シルフィア(小声)
「雑すぎでしょそれ……」
アルディウスは数秒、黙って見つめる。
レオンを。
ノクティアを。
そして――
「……まあいい」
追及しない。
だが、目は笑っていない。
「お前が何をしているかは問わん」
一拍。
「だが、覚えておけ」
静かに言う。
「力は隠すものではない」
「使い方で価値が決まる」
それだけ言って、立ち上がる。
扉へ向かう。
去り際。
「……監視はする」
短く告げる。
扉が閉まる。
静寂。
「……はぁ」
レオンが息を吐く。
「完全にバレかけてるじゃん」
シルフィアが言う。
「確定はしてない」
レオンは答える。
ノクティアが笑う。
「面白い父じゃのう」
「……否定はしない」
レオンは小さく呟く。
そして歩き出す。
その後ろを、
精霊と竜がついてくる。
静かに。
だが確実に――
“何か”が動き始めていた。
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