十五話:竜
風が、静まっていた。
さっきまで大地を抉っていた戦いが嘘のように、ただ草が揺れている。
「……終わった、か」
レオンは肩で息をしながら、前を見る。
目の前には――
巨大な黒き竜。
だが今は、その巨体を伏せ、頭を下げていた。
完全な敗北。
完全な服従。
「……」
数秒。
互いに動かない。
やがて――
竜の体が、淡く光り始めた。
「……?」
魔力が収束する。
圧が、変わる。
巨大な存在が――圧縮されていく。
光が弾けた。
次の瞬間。
そこに立っていたのは――
黒い翼を持つ、一人の少女だった。
長い黒髪。
黄金の瞳。
小さな角。
そして――
人ではないと一目で分かる、圧倒的な存在感。
「……ふん」
少女は腕を組み、レオンを睨む。
「人の身で、よくやったものじゃな」
上からの物言い。
だが――その頬に、ほんのわずかに悔しさが滲む。
「……お前が、さっきの竜か」
「他におるか?」
即答。
「……なんかムカつく」
「貴様、精霊か」
「何その言い方」
「我はこの地の主じゃぞ」
胸を張る。
小さいのに、態度は完全に“王”。
「本来ならば、貴様など塵にしておるところじゃが――」
一拍。
ほんの僅かに視線を逸らし、
「……今回は、その……見逃してやる」
「……負けたんだろ」
「うるさい!!」
即否定。
だが耳が少し赤い。
「……まぁいい」
レオンは一歩、近づく。
「ここは使う」
「文句あるか?」
少女はじっと見る。
数秒。
「……本来ならある」
「じゃが、今はない」
腕を組んだまま、そっぽを向く。
「この地は、力ある者のものじゃ」
「我が負けた以上……一応、貴様の縄張りで良い」
「一応な」
「はいはい」
「軽いわ!!」
レオンは気にせず続ける。
「で、どうする」
「帰るか?」
「……は?」
少女の動きが止まる。
「帰る、じゃと?」
「別にお前が居なくても困らん」
「……っ」
一瞬、言葉に詰まる。
ほんのわずかに、眉が寄る。
「……勘違いするなよ」
低く言う。
「我は、貴様に従う気などない」
「ただ――」
一拍。
ほんの少しだけ視線を外し、
「……興味が湧いただけじゃ」
「人の身で、我を退けた存在にな」
「……だから」
レオンをちらっと見る。
「しばらく傍に居てやる」
「光栄に思え」
「……勝手にしろ」
「……なんじゃその反応は」
「別に」
「もっとこう……あるじゃろ!?ありがたがるとか!!」
「いらん」
「……っ」
言葉に詰まる。
そして、
「……ふん!!」
そっぽを向く。
だが。
その口元が、ほんの少しだけ緩んでいる。
レオンが歩き出す。
数歩後ろ。
少女がついてくる。
無言で。
だが、確実に距離を保ちながら。
ふと、レオンが振り返る。
「……名前は?」
「アビス=ノクティアじゃ」
「長い」
「は?」
「ノクティアでいいな」
一拍。
「……好きに呼べ」
そっぽを向く。
だが――
小さく、呟く。
「……別に、嫌ではない」
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深夜。
戦いの跡がまだ残る大地。
レオンは簡単な地形を確認していた。
「……水はあっちか」
「土も悪くないな」
「……」
その少し後ろ。
ノクティアが腕を組んで立っている。
そして――
「……何じゃ、貴様は」
視線の先。
「それ、こっちのセリフなんだけど?」
レオンの肩に座りながら、じとーっと睨む。
「人の肩に勝手に座るな、精霊」
「は?ここ私の定位置なんだけど?」
「主の肩を占有するとは、随分図々しいのう」
「はぁ!?アンタこそ何なのよ急に出てきて!」
「……うるせえな」
ボソッ。
だが、二人は完全無視。
「我はこの地を治めておった者――黒竜アビス=ノクティアじゃぞ?」
胸を張る。
「もっとも、今は主に敗れた以上――」
一拍。
「この地は主のものだがな」
視線をレオンに向ける。
「ならば、その主の隣に立つのは我でもおかしくはあるまい?」
「は?」
ピクッと眉が動く。
「何勝手に決めてんの?」
「レオンと契約してるのは私なんだけど?」
「契約?」
鼻で笑う。
「そんなもの、竜にとっては遊びにもならぬ」
「……は?」
空気が一気に冷える。
「今の、もう一回言ってみなさい?」
淡い光が滲む。
精霊の魔力がわずかに漏れる。
「ほう?」
楽しそうに目を細める。
「やる気か、小さき精霊」
翼がわずかに広がる。
空気が重くなる。
「おい」
止めに入るが――
氷の魔力。
竜の魔力。
空気が歪む。
「レオンは私と戦ったの!」
「我とも戦ったが?」
「最後に一緒に戦ったのは私!」
「最後に屈したのは我じゃ!」
「それ負けてるじゃん!!」
「黙れ!!」
「……いい加減にしろ」
ピタッ。
二人同時に止まる。
「……」
「……」
同時にレオンを見る。
「どっちも必要な戦力だ」
「……」
シルフィアが少しだけ頬を膨らませる。
「……」
ノクティアが不満そうに目を逸らす。
「くだらねえことで潰し合うな」
「やるなら、敵にやれ」
数秒。
「……じゃあ」
シルフィアがチラッとノクティアを見る。
「私の方が上ってことでいいよね?」
「ほう?」
即反応。
「言ったな?」
「お前らな……」
「じゃあ勝負する?」
「面白い」
「レオンの役に立てた方が上ね」
「望むところじゃ」
「勝手にやれ。ただし――」
二人を見る。
「邪魔はすんなよ」
「「しない」」
「……ほんとか?」
「「……」」
(目逸らす)
「はぁ〜……お前らなぁ……」
その日から。
シルフィア vs ノクティアの静かなマウント合戦が始まった。




