十二話:狂ってる世界
屋敷に戻った後。
「すみません、リリアナ様。この後、少しお話が――」
レイナがそう切り出すと、
「はい。大丈夫です」
リリアナはすぐに頷いた。
「私はシルフィアさんと、どこかで待っていますね」
柔らかく笑って、精霊の手を引く。
シルフィアも一瞬こちらを見て――何も言わず、そのまま連れて行かれた。
扉が閉まる。
静寂。
「……で」
先に口を開いたのは、俺だった。
「さっきのは、どういうことだ」
短く、低く。
レイナはわずかに視線を落とし――
「……説明いたします」
静かに言った。
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「まず、前提からお話しします」
感情のない、いつもの声音。
「魔力は――減るものです」
「……知ってる」
「そして、魔物と戦うには魔力が必要になります」
一拍。
「ですが、回復には限界があります」
「……回復方法は?」
「三つです」
迷いなく。
「睡眠、食事、そして――性行為」
わずかに、空気が冷える。
「……」
「騎士のような限られた者であれば、十分な食事によって回復は可能です」
「ですが、冒険者は違います」
「数が多すぎる」
「全員分の食料を用意することは、現実的ではありません」
「……睡眠は?」
「魔物が出る場所で、無防備に眠る者はいません」
即答だった。
「よって――」
一拍。
「彼らは、“それ以外”を選びます」
「……」
「戦いの合間に、すぐに中断できる方法」
「効率が良く、継続可能な方法」
「それが、性行為です」
淡々と。
まるで事実を並べるだけのように。
「……」
言葉が出ない。
「では、そのための“相手”はどう確保しますか」
「……」
「安定して供給できる仕組みが必要になります」
「……まさか」
「はい」
レイナは、少しも揺らがずに言った。
「それが――奴隷制度です」
「……っ」
喉が、詰まる。
「魔力回復のための“資源”として、人を管理する」
「それが、この世界の一部では、常識になっています」
「……ふざけてる」
思わず、漏れた。
だが――
「ですが、合理的です」
間髪入れず、返される。
「……っ」
理解は、できる。
できてしまう。
だからこそ――気持ち悪い。
「感情より、効率が優先されるのは当然かと」
「……」
反論できない。
理屈は、通っている。
だからこそ、否定しきれない。
「……じゃあ」
絞り出す。
「女は全員、そうなるのか」
「いいえ」
レイナは首を振る。
「魔力を持つ女性は、“価値ある存在”として扱われます」
一拍。
「ですが――」
ほんのわずか、間を置いて。
「魔力を持たない者は、価値が低いと判断されやすい」
「……」
視線が、自然と逸れる。
――街でのあの視線。
あの、囁き。
「……そうか」
低く、呟く。
「全部、繋がるな」
「……はい」
「……リリアナは」
言葉が詰まる。
「……いつからだ」
「……」
レイナは、少しだけ目を伏せて。
「……慣れておられます」
そう答えた。
「……っ」
胸の奥が、嫌に重くなる。
気づいていたはずなのに。
見ようとしていなかった。
「……クソみたいな世界だな」
「否定はいたしません」
静かな肯定。
「ですが」
「それが、現実です」
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その夜。
ベッドに横になっても、眠気は来なかった。
瞼を閉じても。
浮かぶのは、あの光景。
あの言葉。
――合理的。
――効率的。
――仕方がない。
「……」
理解は、できる。
理屈も通っている。
だが。
「……だからって、いいわけがないだろ」
小さく、吐き出す。
感情が、拒絶する。
だが――
理屈が、それを押し返してくる。
この世界では、それが“正しい”。
そうしなければ、成り立たない。
「……」
なら、どうする。
どうすれば――
一度、あの男に聞くしかない。
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翌朝。
空気は、妙に澄んでいた。
「レオン様」
準備を終えたレイナが声をかける。
「どちらへ向かわれますか?」
「本邸だ」
「……」
一瞬だけ、間。
だがすぐに。
「承知しました」
何も問わず、頭を下げる。
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馬車に揺られながら。
窓の外を、ぼんやりと眺める。
見慣れた街並み。
昨日と同じはずなのに――
どこか、違って見える。
「……」
もう、知らないでは済まされない。
見てしまった。
理解してしまった。
――だからこそ。
目を逸らすことはできない。
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やがて。
巨大な屋敷が視界に入る。
本邸。
この家の中心。
そして――あの男がいる場所。
「……」
馬車が止まる。
扉が開く。
ゆっくりと降りる。
足を踏み出すたびに、空気が重くなる。
五年前の記憶が、脳裏をよぎる。
――殺されかけた場所。
「……関係ない」
小さく、吐き捨てる。
今の自分は、あの頃とは違う。
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重厚な扉の前で、レオンは一度だけ息を整えた。
――迷いはない。
ノック。
「入れ」
短い声。
扉を開けると、父は書類から目を離さぬまま言った。
「……レオンか。久しぶりだな」
ゆっくりと視線が上がる。
「それで、なんの用だ?」
レオンは一歩踏み出した。
「父上。私は、あなたに話があります」
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