夜中の散歩で得たものは
「祥蘭様の?」
「はい。あの、わたしは公務侍女ですけど……」
公務侍女ということは後宮の全体的な侍女であり、彼女は白家から連れだった祥蘭様の専属侍女ということではないらしい。
「わたし、故郷を離れて後宮でお仕事をさせて頂いてるんですが、この国の出身ではないので……、目立ってしまうというか……」
言いながらメリカが俯いた。彼女の名前と、赤みのかかった髪色。確かにこの国では馴染みの薄い色合いのようにも思える。
「えぇっと、メリカさん」
「さん付けなど……! どうぞメリカとお呼び下さいませ」
「……じゃあ、メリカ。私と一緒だね」
「一緒……?」
「そう。知ってるでしょ? 私も遠いところから来たの」
見た感じ雛子と年もそう変わらないだろう。それもこの国の出身でないとすると、どことなく境遇が似てる気がして親近感を覚えた。
全くもって音沙汰のない陛下よりも、自分と共通点のある彼女の方が仲良く出来そうな気がする。
(……って、もう陛下のこと考えるのやめるんだってば)
「雛子様も、今まで異国にいらしたと聞いております」
「うん。だから大変だよね。私も知らないことたくさんあって困ってるよ」
礼儀作法とか文化とか、部下として役目を果たせてるのかとか。まぁ、陛下が来ないことには報告も出来ないんだけど。
「ありがとうございます。お妃様みたいな高貴な方が共感して下さるなんて……」
泣き止みかけてたメリカが、またもぼろぼろと泣き出した。それでいて、憧れにも似た雰囲気のなか雛子を見つめている。
雛子自身は高貴でも何でもないけれど、強力な後ろ盾を持って妃として後宮にあがったという事実からそんな印象を持たれることもあるのだろう。なんだか少しむず痒い。本当は妃でも何でもない、ただの部下だから余計に。
「……そんなことないよ。私、まだまだだし」
泣いてるメリカに声をかけたはずなのに、まるで自分に言い聞かせているみたいだ。
感激しているらしいメリカを見ていて、雛子はふとあることに気付く。
「……メリカ」
「はい?」
「もしかしてよく泣いてる……?」
「え? ……最近は、あの、祥蘭様のお付きとなってからは……。時々……」
歯切れの悪い返事に確信する。一番最初、陛下の部屋から見た女の子はメリカだろうと。遠目で顔も分からなかったけど、なんとなくそんな気がしてならない。
……確かめるには自分が陛下の部屋に居たことを伝えなければならないので、これ以上の詮索は出来ないけれど。
「……そっか。じゃあ何か言われるとしたら、祥蘭様たちに?」
「先輩たちにもです……」
否定しないどころか、彼女は侍女の間でも何か言われていると肯定した。俯くメリカをどう慰めて良いのか分からず、困りきっていた雛子は「あの……」とメリカに呼びかけられて顔を上げる。
雛子が自分の話を聞いてくれる相手だと思ったのか、メリカはおずおずと背に隠れてた箱を雛子の前に出し、そっとその蓋を開けた。
「……お菓子?」
中身が何か危ないものかもしれないと身構えていた雛子の目に入ったのは、なんてことない、薄付きの色合いに柔らかそうなお菓子だった。
(これ、この前玉麗たちとのお茶会で出されたものだ……!)
食べ損ねた珍しいお菓子が、箱ごと目の前にぼんと出されたのだ。でもよく見ると片方に寄ってしまっていて、形が崩れているようにも見える。
「はい、そうです。これを明日のお茶請けに出す予定だったんですが、この通り形が崩れてしまって……、祥蘭様にお出しできなくなったんです」
「あー、確かに崩れてはいるけど……。味は変わらないんだし、……って訳にもいかないのね」
途中雛子の台詞によってどんどんメリカの顔色が悪くなっていき、後半部分で彼女は力強く首を縦に振った。
「祥蘭様に型崩れしたものをお出しして、お怒りにでも触れたら……! それなのにみんな、わたしに何とかしろと言って丸投げです」
「代わりのものは?」
「一応手配はしたんですが、間に合いそうにもないんです。祥蘭様はその、安いものやよく流通してるものを好まれませんので……」
お眼鏡に叶うものを用意するのも一苦労、ということらしく、えぐえぐと泣きべそをかくメリカをやっぱり雛子は放ってはおけない。
お菓子、お茶請けのお菓子……、頭の中で留めておけず、口に出して呟いた雛子が口をつぐむ。
「……お菓子、あるかも」
「え?」
「そうだ! あるよ! 私のところに届いてる!」
今日は疲れてて確認できていないけど、あの贈り物のなかには毎日何かしらのお菓子があるんだから、きっと今日も届いてるはずだ。もし今日の分に無かったとしても、昨日確認したものはある。そのお菓子も、自分の元に届いた時点で安全なものだと判断されている訳だし、なにせ周家の令嬢にと届けられる贈り物はどれも高価そうなので、きっと祥蘭様の前に出しても問題ないだろう。
名案だ。自分にしてはなかなか良い気付きだと、雛子は自画自賛する。
「雛子様に届いたもの、ですか?」
「そう! どうせ私、今はゆっくりお茶して食べる余裕もないし……。それじゃ代わりにならないかな?」
「十分です! 雛子様、本当によろしいのですか……!?」
助かったと言わんばかりに、涙声のメリカが雛子を見た。
「いいよ。朝一番に取りに来れる? 流石にみんなを起こして用意してもらうには時間が悪いから……」
「勿論です! 朝ですね、必ずお伺いいたします! あぁよかった……! これも心置きなく処分できます!」
「処分? そのお菓子、処分しちゃうの……?」
型崩れしたお菓子を指差して、雛子が続ける。
「お出ししないものは廃棄することになってますし、これはわたしが受け取るわけにもいきませんから……」
「……あの、もし処分するくらいなら、私がもらっても良いかな?」
食い気丸出しで恥ずかしいが、この前食べ損ねたものが目の前にあると思うと、しかもそれが味に問題はないのに処分されるのだと思うと、どうしても我慢ができなかった。
(だってなかなか手に入らない珍しいものだっていうし……!)
恥ずかしさ全開の雛子に対して、メリカはにこにこと笑みを浮かべ始めた。
「どうぞ! 祥蘭様にお出しできないものを雛子様に渡すのは、とも思うんですが、やっぱり廃棄するには惜しいですから貰っていただけると嬉しいです」
「良いの? これ、珍しいんでしょ? 言っておいてなんだけど、そんなに簡単に貰っても良いのかな……?」
「祥蘭様のご実家からお菓子はたくさん届いてますし、きっとすぐにまた送られて来ますから。大丈夫だと思います」
ほっとしつつ菓子を受け取った雛子は、泣き止んだメリカと別れて深呼吸する。
(戻ろうかな……)
そろそろ帰って寝なければ明日に支障が出そうだと、結局考える基準が礼儀作法の講義になってることへ一人苦笑いしつつ、夜中の散歩は切り上げて自室へと帰ることにした。
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「嘘でしょ……」
小脇に抱えた箱を揺らさないように気をつけながら、足を窓にかけた。ところまでは良かった。
ぱっと視線をやった部屋の中にいたのは、これまで音沙汰もなかったその人で。
「……何をしてるんだお前は」
タイミングが良いのか悪いのか、とにかく信じ難いものを見ていると、口に出してこそいないものの、雛子を捉える両目は口以上に雄弁な語りを見せる。
「……陛下、何故ここに……?」
「それは俺の台詞だろう。一体何があってそんなところに居るんだ」
ごもっともな切り返しに、雛子はその場で固まるしかなかった。なにか悪さをした訳でも、頭から責められてる訳でもないのに、だ。




