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シンギュラリティ

「スラムの全住民に告ぐ。 我々はクロウラーズハイヴ及びパンドラシティ合同救援部隊である。 諸君らに対する攻撃の意志はない。 円滑な支援活動の為、可能ならば代表者との面談を願いたい」


 誰も踏みつぶさぬよう、空き地や郊外に狙いを定めて慎重に軟着陸する大型ポッドから響く紳士的な物言い。 それは焼け出された住民達を大いに戸惑わせる。 精鋭スカウト部隊の捜索によって連れてこられた遭難者を除き、地中探査ポッドを利用してノーマンズランドに訪れる者は、総じて腹に一物を抱える者ばかり。 僅かながら接触する機会を持つ者は、マフィアの犬のロクデナシか或いはハーメルンに飼われている仲介人以外にはほぼ無く、こうして面と向かって呼びかけられること自体、彼らにとって初めてのことだった。


 しかし外部からの侵略を受けたばかりなのが災いし、救援部隊の言う事を信じたのはごく少数。 幸いにも攻撃を行おうと試みる者は誰一人としていなかったが、その理由は理性的な考えでは無く諦観。


 片手で数えられる人数で革新派を悉くボコボコにするような手練れの同類が、潤沢な装備を揃えて山ほどやって来た。 その事実は、武力抵抗は単なる自殺行為に過ぎないという悲観的な考えを蔓延させ、立ち向かうという意志を根こそぎ奪い去っていた。


「す……すまねぇ、できることなら先に薬と食料をくれ……」

「案ずるな我々はレスキュー部隊だ。 無軌道にここで暴れ回った化け物や恥知らずの山賊共とは違う」

「おまけに物資は山のようにある! 故に都市機能が絶えても餓えて凍える心配は無い! 我々がこの都市の存在を認知した以上、衣食住で悩むことは無くなると保証しよう!」


 企業ロゴがデカデカと描かれたポッドから現れた兵士達が膝を付いた現地民達相手にやんわりとした態度で応じると、後続の労役ロボット達が支援物資が詰め込まれたコンテナを軽々と運び出し、簡易キャンプを続々と広げていく。


 くだらない無駄口を弄して不信感を抱かれるよりも先に、相手の不足したニーズを問答無用に埋め立てて文句を言わせないようにする。 強引だが合理的でもある企業のやり方は、力無く這いつくばるばかりだった現地民達の警戒心を瞬く間に拭い去り、助けを乞う声でポッド周辺を埋め尽くした。


 遠方で響く力無き人々の嘆きと求め。 それは向き合う二人のサイボーグと一人の兵士の元へも当然届くが、彼らにはそこまで気を回す余裕はない。


「まさかまた貴方に会うとは思いもしなかった。 現在もっともレジェンドに近いと目される偉大なクロウラー。 貴方ほどの人を上層部はどういう意図で再び俺達の所へ?」

「別に大した理由はない。 お前が適任だから行けと大金積まれた挙句お偉方直々に頭まで下げられた。 そこまでされては断る訳にはいかん。 プロだからな」


 思わぬ増援に喜びと疑いが入り混じる複雑な感情を抱きながらミサゴが問うと、対するフェニックスは首を軽く振って答えるのみ。


「それに俺の仕事はあくまで護衛であって現場の指揮は任されていない。 住民へのサポートはもっぱら企業共が主軸となる」

「……なんでパンドラシティのアホ共が今さらツラを出してくるんです? そもそも俺達がこんなところに落とされる原因になったのは奴等の粗相のせいだ」


 リスクヘッジなる重サイボーグが率いていたパンドラシティの清算人共の姿を思い出し、ミサゴはハンターキラーを一瞬横目で見るや顔を顰める。 奴等が余計なことをしなければ、下手にスラムの過激派を刺激せずに済んだかも知れないと。


 途端に醸される微かながらも確かな殺気。 それを察知したのかフェニックスは声のトーンをなるべく和らげながら言い宥める。


「そうビクビクする必要はない。 今ここにいる連中には既に別の首輪が付いている」

「別の首輪?」

「我らがハイヴのご意見番。 ミダス翁の首輪だ」

「何ですって? 世界一の金持ちが何故わざわざこんな辺鄙なスラムの案件に?」

「故人へのケジメだそうだ。 誰に対してかは知らん。 私も詳しい話は聞かされていない」


 フェニックスは肩を竦めつつ軽く首を振って話を切るが、ミサゴは全く納得がいかない。 とっくの昔に現役を引退しているはずの人間が、何故こうも自分の行く先々で何度も絡んでくる? 偶然にしては出来過ぎていると、根拠のない疑念が頭の中で少しずつ首を擡げ始める。


 だがそれを実際に口にするよりも早く、フェニックスが搭乗していた探査ポッドよりけたたましく何者かの大声が轟き、不満の声を無理矢理喉の奥へと押し戻した。


『おい若いの! いい加減始めてもいいかね! こっちはしょうもないモンはさっさと修理して例の物を見たいのだが!』

「おわっ!? ……なんですって? 直す?」

「ええ、いつでも始めてください。 その為に我々は貴方を招聘したのです。 偉大なるレジェンドが一人、発明王(シンギュラリティ)ゼペット殿」


 思わず耳を塞ぎながらも問い直すミサゴのすぐ横で、フェニックスはいかにも愛想笑いを浮かべ、ポッドに搭載された外部カメラに向かって敬礼した。


 その途端、ポッドの格納スペースに繋がる出入り口が大きく展開し、中から巨大な機械が排出される。


 人型というには余りに歪で、虫と形容するには余りに整った、およそ5メートルはあるだろう兵器とも作業機械とも似つかわしくない鋼の異形。


 胴体に何らかの有機物らしき物を収めたカプセルを有するそれは、フェニックスには目もくれずミサゴを、そしてハンターキラーをジッと見つめた後、腹這いになって一直線にレディオタワーの開口部目掛けて遮二無二突進していった。


「えっ!? ちょっ……」

『鼻垂れ小僧の指図は受けん! テクノロジーの素晴らしさを黙って見ておれ!』


 咄嗟に引き留めようとするミサゴの言葉を遮りつつ、異形の機械は狭い通路の中へ驚くほどスッポリ収まると、ミサゴの左眼すらサーチ出来なかった奥底へと乗り込んでいく。


 呆気に取られ思わず互いに顔を見合わすサイボーグ二人に、心底面倒くさげに頭を掻く精鋭兵士一人。 彼らの困惑など露知らず、ノーマンズランドに聳え立つ黒い巨塔はやがて、事態が鎮静化に向かいつつあることを声高に示した。


『新規レリックオーナーの登録を確認。 システムオールリブート。 対イミュニティ忌避装置動作再開します』

「何だって!? あの人一体何を……」

「ちょちょいとレリックとそれに繋がる機械を弄くってやっただけさ。 ……しかしイサクめ、奴らしくないものを遺して逝ったものだ。 私が面と向かってあんなものを造ると言えば、容赦なく顔面を凹まして来ただろうに」

「ッ!?」


 あっさりと問題が解決したことが信じられず唖然とするミサゴの耳に吸い込まれるのは、口調こそ老人臭いが甲高い子どものような声。


 ハイヴが子どもを送ってくる程無責任な組織であるはずがないと、咄嗟に振り返った先に佇んでいたのは、身体の各部をアンプによって強化された美少年。


 フェニックスが乗って来たポッドから勿体ぶった足取りで階段を鳴らしつつ降りて来た少年は、終始困惑しっぱなしのミサゴの顔を黙って見上げると、生意気な、それでいて悪い笑みを浮かべた。

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