不死鳥、舞い降りる
ノーマンズランド全域に妖しい光を下ろしていた巨大な紫紺の火柱が、まるで風に煽られた蝋燭の火のように散り散りに乱れた後、大気の中へ渦を巻きながら少しずつ無へと帰していく。
しかし、たったそれだけでも偽りの空を舞うエネルギーの奔流は凄まじく、旗色悪しと見てか天井付近で増援を待っていた制圧ドローンの群れは一機残らず膨大な熱量の渦に巻き込まれ、文字通り跡形残らず消滅していった。
数分前の容赦ない戦いが嘘のように静寂が澄み渡り、誰かが気まぐれに放った銃声がタァンタァンと小さく響くのみ。
「へっ……、なんだいもう終わりか? ようやく身体が温まってきたってのにツレないねぇ」
『痩せ我慢はやめとけ。 お前のバイタルはこっちから見えてるぞピースキーパー』
「ハッ、余計なお世話だよモヤシ」
うず高く積み上がった死体と鉄屑の山の頂で、ピースキーパーは自らの引き裂かれた白いスーツを包帯代わりにして宛がい、ふぅふぅと弱々しく呼吸しながら必死に通信に対して強がりを言う。
戦いの最中、抗う術を持たない民草を庇って大量の銃弾を浴びたせいで、彼女の身体から流れ出たおびただしい鮮血が濡れ羽色の毛並みを汚す。 常人ならば即死するような攻撃を何度も受けて生きていられるのは、忌まわしい怪物から授けられた呪いのおかげか。
『すぐに医療キットを持ってそっちに向かう。 そこで大人しく寝ているんだ分かったな“エメライン・ウルフスタン”』
「……これだからハッカーってヤツはデリカシーがないから嫌いだ」
普段の小賢しくみっともない態度が嘘のように冷静な態度を保つアンダードッグは、未だ名乗られてもいなかったピースキーパーの本名を当然のように呼び、彼女の燃え尽きかけたアドレナリンに苛立ちという名の火を灯す。 もっとも、そこに嘲るような侮蔑の意図は感じられず、ピースキーパーも必要以上の罵声を返さなかった。
誰もが戦いの終わりを予感し、肩の力を抜いてその場にへたり込む者すら出る中、消えた火柱の根本に位置していた深淵から赤い箒星が天に向かって駆け上がる。 その腕の中には昏々と眠る二人の乙女。 アイオーンとゾーラの姿。
彼女らの姿は敵襲以前のものへと無事に戻っており、二人とも無事に人として生きている。 理解不能の化け物でなければ温度の無い死体でもない。
「……この子も君にとって俺と同じだったんだな。 アイオーン」
彼女の治療に精魂尽き果てたのか、ゆっくりと深い呼吸を繰り返す乙女の美しい寝顔を見つめ、ミサゴは眦を緩めた。 ついさっきまで隣でウダウダと文句を言っていたアルコーンの姿も既に無く、ノーザンクロスが逐次伝達してくる周囲の戦闘データの更新も止まっている。
「頼むからお代わりなんて来てくれるなよ……」
素人のようにあっさり終わったと考えられるほど能天気ではなく、ミサゴは壊れたバラックの影に置かれていた安物のベッドに二人を並べて寝かせると、次に備えて一息付く。
それに加え、遠方より響くレディオタワー内からのアナウンスが、問題が根本から解決していないことをミサゴに強く知らしめた。
「新たなレリックオーナーの選定だったか? 誰だか知らないが融通が利かないモンを建てやがって」
思わず毒づくも、それで問題が解決に向かうはずも無く、力無い溜息が廃墟の中に響いた。 ミサゴが察するに、イミュニティ共が突然逃げていったのもアイオーンの凄まじい力によるもの。 彼女が眠った以上、恐らくはここにすぐ戻って来るだろうと悲観的な予測だけが頭を支配する。
「結局はあれを頼る羽目になるか……」
アンダードッグが数秒に満たない時間動かしただけでもアンプに無視できないダメージが入った大型レリック。 あれ以上動かせば一体どれほどのダメージが齎されるのか知れないが、スラムを護り抜く為ならば贅沢など言ってはいられない。
既にハイヴへ救援を要請してからしばらく経つが、それ以降のコンタクトは皆無。 フラクタス内特有の異常環境のせいか、それとも単に士気が低いだけなのか。 分かっていることは今この状況ではアテにすること自体が危険だということのみ。
「騎兵隊ってのはいつだって来るのが遅い」
できることなら全てを誰かに押し付けてそのまま寝入ってしまいたいが、やれる人間が動かなければ皆殺しにされるだけ。 選択肢は他に無かった。
「アンダードッグ、今動けるか」
『文句付ければ人が思う通りに動くと思うなよ。 言いたいことは分かってるから先にあのガラクタの近くで待ってろ』
レリック起動のサポートをさせるべくアンダードッグへ通信を送るも、返って来たのは誰かの痛ましい呻きが混じる中紡がれる辛辣な言葉だけ。 優先順位が分からないかとミサゴは思わず怒鳴りそうになるが、絶えず繰り返される浅い呼吸音から、現地がどれだけ悲惨な状況なのかを察すると黙って通信を切った。
本来ならばふん縛ってでも連れていくのが正解だろうが、本質が甘い男であるミサゴは無意識にその選択を捨てる。 幸い、レリックとの接続方法はノーザンクロス自体が記憶している。 レリックによる乗っ取りを防ぐサポート要員がいないのは極めて危険だが、背に腹は代えられない。
「……動けるのが俺だけでもやるしかない」
フッと軽く息を吐き、ミサゴが覚悟を決めて立ち上がろうとしたその時、ブモーッブモーッと牛のような唸り声が廃墟に向かって近づいて来る。 一瞬、中型イミュニティの呼吸音と誤認しかけたが、ガシャンガシャンとけたたましく響く足音がそれを言外に否定する。
ほどなくして、各部に小さく傷が付いた大きな機械鎧が壊れた窓の向こうからヌッと顔を出した。 彼は複眼状のアイカメラを力無く瞬かせると、ミサゴとその横に寝かされた活発そうな乙女へ視線を投げかける。
「無事だったのかハンターキラー。 まぁ、その格好では死のうと思っても簡単には死ねないだろうが」
彼を労わるようにミサゴがポンポンと肩の装甲を軽く叩いてやると、彼はそれに各部から軽く蒸気を吹き出して応える。 しかしその視線はベッドに身を横たえた、ミサゴがまだ名を知らぬ乙女にだけ向けられていた。
「ゾーラ……」
「その子の名か? 心配いらない。 彼女は間違いなく生きている」
「……あぁ」
昏々と眠り続けるゾーラの柔らかい頬を、機械の無骨で大きな指がまるで慈しむようにひと撫でする。 しかしその後何を思ったかハンターキラーはいきなり廃墟の外へ飛び出すと、ブースターを吹かしてタワーの方角へと繰り返し大ジャンプしていった。
「おい待て! 一体何をするつもりだ!?」
突然の行動にミサゴは咄嗟にその後を追い、叫ぶ。 確証があったワケではないが、彼が飛び立つ寸前に醸す雰囲気が尋常ではなかった。 何か無茶をやろうとしていると経験則的に判断し、大きな背中へ取り付く。
「何を考えているかは知らないが、早まるのはやめろ!」
平手で強く凹んだ装甲板をひっ叩くがハンターキラーの動きは止まらず、やがて彼は大空洞の中央に座するレディオタワーのすぐ足元へ着地した。 周辺には爆撃に巻き込まれた建物の残骸が犇めくように倒れ込んでおり、さながら建築物の墓場と呼ぶべき有様と化している。
「惨い」
瓦礫に圧し潰されて真っ二つに裂かれた死体や、爆撃により原型を留めぬほど焼き尽くされた犠牲者の遺骸が視界に入り、ミサゴは悼むように両手を合わせる。 すると、今までミサゴに対してあまり積極的なコミュニケーションを取ろうとしなかったハンターキラーが、自分から手を伸ばして来た。
長いお喋りができない代わり、彼はミサゴの背を軽く小突いて自らの方へと向かせると、感謝するように片膝を付いて頭を下げる。
「……俺に礼なんていらない。 それより何をやろうとしていたのか教えろ。 さっきの思い詰めた態度を見るにろくでもないことなんだろう」
自分の目の前まで目線を下げて来た重サイボーグを、怯むことなく真っすぐに見据えるミサゴ。 言葉を話せない相手に丁寧な説明を求めるほど酷薄ではない。 ただ、どこで何をやろうとしていたのか知りたいと思った。 大切な者を置いていくまでやるべきことなのかと。
その真意が通じたのか定かではないが、ハンターキラーはミサゴについてくるよう手招きをすると、レディオタワーに向かって歩き出した。 大きな瓦礫を難なく押しのけ、往く道に遺骸が転がっていればせめて辛くない姿勢で寝かせてやる。 それを何度か繰り返すうち、瓦礫で埋まっていたタワーの外郭へと辿り着いた。 漆黒の装甲に包まれたそれは、周囲の建築物とは対照的に傷一つない。
たった一つ損傷があるとすればただ一か所だけ。 中枢への通路を封鎖する扉が跡形残らず吹き飛ばされていたことのみ。 ミサゴが軽く中を覗いているも、暗視機能が搭載されている左眼であっても何故かその奥を見ることができなかった。
「どうなってるんだ? アンプの調子が悪いワケではないはずだが……」
思わず左眼へ自発的にアクセスし、感覚を調節しながら再び内部の様子を伺う。 今度こそ中の仔細を確かめようと。
だがその瞬間、左眼の中を凄まじいノイズが駆け抜け、けたたましいアラートと共に赤い警告メッセージが視界のど真ん中に浮かんだ。
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████████████████████
未登録プロセスによる割り込みを確認
........その先に踏み込むな。 お前が向かうべき場所はそこじゃない。
「なっ……これは!?」
アンプのシステムによる猛烈な妨害に、思わずミサゴは後逸して内部へ潜り込むのをやめた。 そして、その様を間近で見ていたハンターキラーも微かに動揺したのか、巨大な足をタワー内部へ踏み込ませるのを躊躇する。
何をどうするべきか分からず、思わず立ち竦む二人。
するとその時、大空洞の天井に前触れも無く新たな風穴が開き、複数のポッドが風を切って落ちてきた。
機体の側面にアスクレピオスの杖を示す紋章と、所属する企業のロゴが描かれた救援用大型ポッド。 それらはスラムの空きがある土地をサーチして慎重に減速しながら着陸すると、搭乗していた保安要員を展開しつつ格納していた支援物資を次々と吐き出す。
そのうちの一機。 ハイヴの所属であることを示す蜂と六角形の意匠が刻まれたポッドが、搭乗していたクロウラーを一名外部へ排出しつつ、タワーのすぐそばに着陸した。
「完全に無傷というワケではないようだが、命はまだあったようで安心したぞピルグリム」
「……事態が多少落ち着いた時に来て貰ってもありがたみが薄いですよ。 フェニックスさん」
軽い溜息と共に不満げな表情をしたミサゴの視線の先に現れたのは、いかにもスタンダードな特殊部隊員という恰好をした兵士。
個人認識の為、肩口に不死鳥を象ったワッペンを貼り付けた男は、ミサゴの文句に思わず苦笑すると、軽く敬礼の仕草を返した。
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