因果の清算
「馬鹿な! あれがアイオーンだと!?」
『素晴らしいでしょう? 彼女は本来生まれるべきだった姿へと自らの意志で歩み寄ってるの。 ヒトなどという欠陥生命体の真似事はやめるのだという、あの子の意志表現よ』
煌々と立ち昇る光の柱の中、怪物と称すべき形へと変貌し佇むアイオーンの姿を、呆然として見つめるミサゴの電脳内にアルコーンの嘲るような哄笑が木霊する。
敵意は無い。 そう語った割りには残酷な淫魔が紡ぐ言葉には明確な悪意と蔑みが滲み出る。 しかし彼女が嘯く言葉と裏腹に、アイオーンの視線は偽りの空ではなく、腕に抱いた死体にしか向かっていなかった。 それも、アイオーンが友達だと語った人物と思われる死体へと。
「偉そうにほざく割りには嘘が下手だなアンタ。 本当は違うだろう? あの子があんな姿になった理由は」
『へなっちょろい癖に生意気ねアナタ。 ……この瞬間も危機に晒されているとも知らずに』
「何だと?」
どういうことだと言葉を続けようとするも、死角から飛んできた何かが頬を掠め、その言葉を無理矢理呑み込ませる。 咄嗟に顔へ触れると血のねばつく様な感触をミサゴは確かに感じた。
「ぐっ……これは!?」
『あら残念。 所詮単細胞の紛い物にはこんな雑なやり方が限界かしら』
「紛い物だと!?」
『気付いてないのかしら? アナタがこの穴に飛び込んでからずっとヤツは見てるわよ。 今度こそ完全に死なせるために』
「チッ!」
アルコーンの語る言葉を完全に認識するよりも早く、ミサゴがスラスターを下方へ全開にすると、噴き出した紅炎が削り取られるように歪な形状へとねじ曲がる。
空間を直接抉り取る凄まじい攻撃。
それにミサゴは見覚えがあった。
否、忘れるはずも無かった。
一度は自分を屠ったおぞましい現象を。
「……まさか」
地に這うような前傾姿勢で墜落同然に着地したミサゴの頬を、無意識に脂汗が滴り落ちる。 もう二度と会うことはないと考えていた脅威を目の当たりにして。
「またかとうせいぶつ……いいかげんむかつくなぁ……」
ミサゴを追って地面へと激突し、濛々と立ち昇る砂煙の中、破滅そのものが形を為したかの如き禍々しい存在が、異常に巨大化した左腕にミシミシと力を籠めつつミサゴを見据える。
「おまえ、このまえぐちゃぐちゃにしたいもむし。 なぜまだいきている?」
「テメェなんぞに教えてやる義理はない!」
即答と同時、キャノンから榴弾を叩き込み、爆風に紛れて後逸する。敵の攻撃はいわば単純な連打。だが当たれば即死する一撃を、間断なく浴びせられる恐怖は理屈で測れるものじゃない。
『あれで殺せたと考えているのなら、とんだ間抜けよアナタ』
「欠片も思ってねぇから黙ってろ!」
ギリギリと歯を固く噛み締め、左眼で周辺をサーチする。 爆炎の中には既に反応はない。 であればと、咄嗟に生成したブレードを気配を感じる場所目掛けて打ち鳴らした。 空気が破裂する甲高い悲鳴が轟くと共に、地面を裂く程の衝撃が煙に隠れていた影へ直撃する。
以前殺された時の事をミサゴは忘れていない。 動きこそとろいが、悠然と佇むタイプの敵でもない。
「……これも駄目か」
『あら、思ったより感が良いじゃない。 花丸をあげるわ』
「そんなんゴミ箱にでも叩き込んどけ!」
間断なく移動と斬撃を繰り返す中、地面を丸ごと抉り抜く未曾有の圧力が絶えずそばを掠める。
止まれば死ぬ。 確実な予感が脳裏をよぎるが、今さら退くつもりもない。 どんな攻撃が通るかなど今さら考える暇もなく、自分を励ます為の軽口が自然と零れる。
「偉そうにする割りにはチョンボが続くな。 そういえば俺を殺した後テメェに殴りかかったボスはどうした? まさかムザムザ逃がしたのか?」
「しらん、しね」
頭の片隅に薄らとこびり付いていた疑問を呈するや、ミサゴを殺すためだけにしては無駄に巨大な力場が逃げ道を塞ぐように多数発生し、無数のクレーターを大地に刻んだ。 その隙間を縫うように難なく潜り抜けながら、ミサゴは薄く笑う。
「なるほど? この地底に潜む凄まじい存在とやらも案外大したことないんだな。 たった一人の人間も満足に殺せないとは」
「……しね」
ミサゴの煽りが気に障ったのかは分からない。 しかし、周囲に吹き荒ぶ死の風は確実に勢いを増していく。
「くっ!」
『愚かしいわねアナタ。 殴ったり斬ったりするだけでどうにかできると本気で考えてるの?』
「生きている相手なら殺せるはずだ!」
『生きている? あんなものが? その認識自体が既にお門違いなのよ』
この瞬間にも絶命の恐怖に抗い続けるミサゴの意識へ、酷薄な淫魔の淡々とした語りが直接刷り込まれていく。
『かつてこの星の環境維持を目的として生み出され、外から入り込んだ異物の排除も担当していた星の抗体。 分解と再構築という事象そのものに形とルールを与えられたもの。 制御を失った今の彼らを私は勝手に“エラッタ”と呼んでいる』
「事象だと!? 馬鹿な! 単なる雨風の類が意思を持って殺しに来ていると言いたいのか!?」
『“私達”を生んだ文明はそれを可能とする域まで到達していたのよ坊や。 アナタ達ヒトの築いた文明と比べれば、天とマントル層の底ほどに格の違いがある』
「好き勝手言いやがる。 だったらその未開惑星とやらからさっさと出ていけばいいだろ。 汚い畜獣の臭いなんぞ二度と嗅がずに済むぞ」
『できることならさっさとそうしているわ。 この“忌まわしい星”の中に囚われた高位文明種は、皆すべてそう思ってる』
「……どういうことだ?」
『おしゃべりしている暇があるの? このままじゃまた死ぬわよアナタ』
気だるげにアルコーンが指し示した先が突如陥没し、ミサゴは咄嗟に回避行動を取るも完全に避け切ることができない。 微かに震える虚無の空間は防弾コートとスラスターの片方を呑み込むと、瞬く間に粒子状へ分解してしまった。 外装を剥がれたことによるダメージフィードバックは即座に為され、ミサゴの背部を激痛が襲う。
「痛ッ……!」
『だから言ったのよ私は。 そろそろ身の程を知ったらどう?』
「黙れ! 俺が逃げたら彼女はどうなる!? この間の偉そうな虫も執拗にアイオーンを攫おうとしていた。 何が目的か知らないが放っておけるか!」
『逃げない理由は、本当にそれだけ?』
「……ッ」
アルコーンが何気なく放った問いに、ミサゴは何故か即答することが出来なかった。
アドレナリンが極限まで感覚を引き伸ばし、ゆっくりと流れていく時間の中で自問自答するが明確な答えを出すことが出来ない。 そうするうちにも、揺らぐ空間の中を当然の様にすり抜けてエラッタが迫る。
分解と再構成の化身。 その話が本当であれば肉体に触れられた瞬間に死ぬ。 咄嗟に突き出したブレードに有りっ丈のエネルギーを注ぎ込んで盾とするが、人間一人に格納できるリアクターが叩き出せる出力などたかが知れている。
「……俺は」
『本当に馬鹿ねアナタ』
抵抗の甲斐なくブレードの先端が分解される様を目撃し、死を予感するミサゴ。 その脳内にアルコーンの微かに棘が取れた嘲りが響いた。
刹那、左眼の中を地球上には存在しない文字で作られたプログラム構文が一行流れ落ち、それを契機として横溢する紫紺の0と1の奔流が視界の中を荒れ狂う。
>_
外部より有益なファイルのダウンロードを確認
提供されたプログラムの安全性確認終了
骨格及び人工筋肉ブループリント更新
四肢アタッチメントアップグレード
メインリアクター出力バランス変更
エンハンスブレード強制展開
以前アルコーンの電子攻撃を防いだ時同様、ミサゴの意志を逸脱して行われる北極星による無言のシステムへの介入。 超常存在の手を借りた電子情報の書き換えは、地球上での理屈を超えて物理的情報の改竄にすら及び、現象そのものであるはずのエラッタを易々と吹き飛ばした。
「当たった!?」
破れかぶれで振り抜いたブレードに物がぶち当たる感触から確かな手ごたえを感じ、ミサゴは戸惑いながら右腕に視線を向ける。
ブレード全体を覆うようにぼんやりと揺らめく不吉な赤朽葉の波動の底。 そこには消滅しつつあったはずの刀身が完全な状態で存在し、鎬の部位にミサゴが解読できない紋章の羅列が深々と刻まれていた。
「これは……」
『そうね。 アナタが住まう星の故事にちなんで“ダモクレスの剣”とでも呼びましょうか』
「何故だ? アンタ自身が散々原始人と揶揄してきた相手に何故手を貸す?」
『勘違いしないで。 全てはあの子の為よ、アナタが突然いなくなったらあの子が寂しがるでしょう』
空中で艶めかしく足を組み、頬杖を突いて笑うアルコーンの視線の先。 そこでは今まで何の感情らしいものを見せなかったエラッタが、歯の根をカチ鳴らして怯えている。
「ばかな……なぜだ……なぜおまえがそんなものを……」
「そんなこと俺は知らない。 分かってるのは、今ならお前を殺せるということだけ」
真っ赤な雫を肩口から滴らせ激痛に顔を顰めながらも、ミサゴは確かな意志を以て歩みを進める。 逃げようにも緩慢にしか動けないエラッタへと向かって。
「これは因果だ。 一度は俺を殺したお前が招いた結末だ。 ならばお前自身の命できっちり清算しろ」
ゆっくりと歩を刻んでいた殺意はやがて駆け足、疾走へと加速すると、悪あがきに広げられた分解の障壁を難なく抉り、擬人化した破滅の使徒を貫いた。
「プロノイアが……わたしを……」
血も涙も零せず、ただ意味が分からないことを呟き続ける異形の影。 それは力無く膝を折って座り込むと、粘土が水に呑まれるように闇の中へ溶けていった。
振り撒いたおぞましき災厄と反比例し、そこにいたという痕跡すら遺さずに。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。
たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。




